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第10話 荒くれる港と、痺れる警棒(ライオット・コントロール)
しおりを挟むクレイグ男爵との経済戦争に勝利し、ベルナ領には平和が訪れた――わけではなかった。
むしろ、私の執務室に持ち込まれるトラブルの種は、日に日に種類を変え、数を増している。
「アレン様! また港で喧嘩です!」
騎士団長のヴァルガスが、血相を変えて飛び込んできた。
彼の鎧には、酒の臭いと泥がついている。歴戦の猛者である彼が、どこか疲弊しているように見えた。
「今度は何だ? 漁師と仲買人の揉め事か?」
「いえ、移民と地元の若者たちです。『新入りがデカい顔をするな』『古株が仕事を独占するな』……そんな些細な言い争いが、五十人規模の大乱闘に発展しましてな」
ヴァルガスは兜を脱ぎ、乱暴に机に置いた。
「止めに入った部下が、あやうく剣を抜きそうになりました。……アレン様、これ以上は限界です。我々騎士団は『敵』を殺す訓練は受けていますが、領民を『傷つけずに鎮圧する』訓練など受けておりません」
彼の言う通りだ。
現在、ベルナ領の治安維持は、領主軍である騎士団が兼任している。
だが、殺傷能力の高い剣や槍を持った騎士が街を練り歩けば、住民は萎縮するし、いざ暴動が起きれば大惨事になる。
かといって、素手で荒くれ者を止めるのは危険すぎる。
「……警察(ポリス)が必要だな」
「ポリス? なんです、それは」
「軍隊とは違う、街の治安を守る専門部隊だ」
私は窓の外、喧騒に包まれた港街を見下ろした。
金が回れば酒が入る。酒が入れば気が大きくなる。
特に、過酷な労働環境にいる港湾労働者や、故郷を離れた移民たちはストレスが溜まっている。ガス抜きが必要だが、爆発させてはいけない。
「ヴァルガス。騎士団の中から、腕は立つが頭に血が上りにくい冷静な者を二十名、選抜してくれ。彼らを『警備隊(セキュリティ)』として再編成する」
「武器はどうします? 剣を取り上げるのですか?」
「ああ。街中で剣を振り回すわけにはいかない。その代わり……『制圧用装備』を私が作る」
◇
私は工廠へ向かった。
ドワーフのゴーディは、先日の水中翼船の改造で徹夜続きだったため、工房の隅でいびきをかいていたが、容赦なく叩き起こした。
「ゴーディ、仕事だ。今度は『棒』を作ってくれ」
「……んぁ? 棒だぁ? ただの鉄パイプか?」
「いや、魔導回路を組み込む。相手を殺さず、一撃で無力化する武器だ」
私が設計図を描く。
長さ六十センチほどの、黒い金属製の警棒。
その先端には、微弱な雷属性の魔石が埋め込まれている。
「『スタン・バトン』だ。スイッチを入れると、先端に高電圧の電流が走る。触れれば大の男でも一瞬で筋肉が麻痺して動けなくなる」
「痺れさせるだけか? そんなんであの荒くれどもが止まるかよ」
「止まるさ。人間は痛みには耐えられても、神経の遮断には抗えない。それに、もう一つ」
私はもう一枚の図面を見せた。
『捕縛網(ネットランチャー)』だ。
風魔法の圧縮空気を利用して、網を射出する筒状の装置。
「暴れる奴はこれで絡め取る。剣で斬る必要はない」
◇
その日の夕方。
港の酒場で、再び騒ぎが起きた。
原因は、賭け事のもつれだ。
移民の男が、地元の商人を殴り飛ばしたのをきっかけに、店内の客が総立ちになり、椅子やボトルが飛び交う乱闘が始まった。
「やってやろうじゃねえか! よそ者が!」
「ここは俺たちの街だ! 出て行け!」
殺気立った男たちが、ナイフや割れた瓶を手に睨み合う。
そこへ、笛の音が鳴り響いた。
ピーッ! ピーッ!
「そこまでだ! 全員、武器を捨てろ!」
入り口に現れたのは、紺色の新しい制服に身を包んだ一団。
率いるのは、騎士団長のヴァルガスだ。
だが、彼らは剣を持っていない。腰に下げているのは、黒い棒だけだ。
「あぁ? なんだ騎士様か? 剣もねえのに何ができる!」
「俺たちは遊びじゃねえんだ! 引っ込んでろ!」
酔った男の一人が、ナイフを振り回しながらヴァルガスに襲いかかった。
ヴァルガスは動じない。
男が間合いに入った瞬間、腰の棒を抜き、スイッチを入れた。
バチバチッ!
青白い火花が散る。
「……ッ!?」
ヴァルガスは冷静に、男の手首を警棒で叩いた。
骨を折るような強打ではない。軽く触れただけだ。
だが次の瞬間、男は「あがっ!?」と奇妙な声を上げ、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。身体が痙攣している。
「な、なんだ!?」
「魔法か!?」
騒然とする暴徒たち。
ヴァルガスは倒れた男を一瞥もしないまま、警棒を構え直した。
「これは『雷撃棒』だ。死にはしないが、一晩中、身体が痺れて酒の味も分からなくなるぞ。……まだやりたい奴はいるか?」
それでも興奮した数人が、椅子を投げつけようとした。
ヴァルガスが合図を送る。
後ろに控えていた隊員たちが、筒状の装置(ランチャー)を構えた。
ポンッ、ポンッ!
圧縮空気の破裂音と共に、網が飛び出す。
暴れていた男たちは、瞬く間に網に絡め取られ、床に転がった。
「ぐわっ! なんだこれ、取れねえ!」
「粘着液がついている。無理に動けば締まるぞ」
あっという間の制圧劇だった。
血は一滴も流れていない。
店の中が静まり返る。
「……よく聞け」
ヴァルガスが低い声で告げる。
「この街はアレン様が作った、誰にでもチャンスがある街だ。古株も新入りも関係ない。だが、そのチャンスを暴力で潰す奴は、俺たちが許さん」
彼は倒れている男たちを見下ろした。
「こいつらは牢屋で頭を冷やしてもらう。……他のみんなは、酒に戻れ。ただし、次は仲良く飲むんだな」
一瞬の沈黙の後、店内に安堵の空気が広がり、やがて拍手が起きた。
それは、暴力への恐怖ではなく、秩序への感謝の拍手だった。
◇
翌日。
執務室に報告に来たヴァルガスは、昨日とは打って変わって晴れやかな顔をしていた。
「アレン様。あの棒、素晴らしいですな。手加減を考えずに振るえるというのが、これほど楽だとは」
「気に入ってくれて何よりだ。で、牢屋の住み心地はどうだった?」
「はっ。今朝には全員、痺れが取れて反省しておりました。……実は、喧嘩していた両方のリーダー格を同じ房に入れましてな」
ヴァルガスはニヤリと笑った。
「一晩中、痺れた身体で転がりながら話をさせました。今朝出す頃には、『お互い苦労してるな』と肩を組んで出て行きましたよ」
「……荒療治だな。だが、悪くない」
これで、街の「治安維持システム」が稼働し始めた。
軍隊(対外防衛)と警察(対内治安)の分離。
近代国家への第一歩だ。
だが、人が増えれば増えるほど、足りないものがもう一つある。
それは「知識」だ。
今回の喧嘩も、元を正せば「言葉が通じない」「契約書が読めない」といった無知からくる誤解が原因だったケースが多い。
文字が読めない労働者は、いつまでたっても単純労働から抜け出せない。それではベルナ領の産業高度化は望めない。
「次は学校か……」
私は窓の外、建設中の工場群を眺めた。
あそこで働くには、マニュアルを読める人材が必要だ。
教育。
金も時間もかかるが、最もリターンの大きい投資。
そろそろ、その種を撒く時期かもしれない。
そう考えていた矢先、シオンから報告が入った。
王都から、一人の「学者」が訪ねてきたという。
なんでも、私の作った「海水淡水化プラント」の理論に興味を持ち、押しかけてきた変人らしい。
(……ちょうどいい。教師役の候補か?)
私は期待半分、警戒半分で、その学者を迎えることにした。
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