没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第11話 読めない警告文と、好奇心の塊(アカデミック・マッド)

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 ある日の午後。
 港の工業区画に、ドカン! という爆発音と黒煙が上がった。
「火事だ! 水をまけ!」
「怪我人は!?」
 私は執務室を飛び出し、現場へ急行した。
 幸い、ボヤ程度で済んだようだが、原因を聞いて愕然とした。
「……バルブの操作ミスか?」
「へ、へい……申し訳ねえ、若様」
 煤だらけになった若い工員が、震えながら頭を下げている。
 彼は最近雇ったばかりの移民の青年だった。
「『圧力計が赤になったら、右のバルブを閉めること』と書いてあったはずだ。マニュアルを読まなかったのか?」
「そ、それが……俺、字が読めなくて……」
「……え?」
 私は言葉を失った。
 彼の横にいたベテランの工員が、気まずそうに補足する。
「若様。こいつだけじゃねえんです。新入りの半分以上は、字が読めねえか、自分の名前を書くのがやっとでして……。俺たちが口で教えてるんですが、覚えきれなくて」
 私は額に手を当てた。
 盲点だった。
 前世の日本人の感覚で「マニュアルを貼っておけば大丈夫だろう」と思い込んでいたが、この世界の識字率は低い。特に、農村出身の移民たちは教育を受ける機会などなかったのだ。
 文字が読めなければ、安全管理もできないし、高度な技術も伝えられない。
 これでは、いつまで経っても私がつきっきりで指示を出さねばならず、産業の自律的な成長など夢のまた夢だ。
「……教育だ。学校を作る」
「学校? 子供たちのですか?」
「いや、大人もだ。働きながら学べる『職業訓練校』が必要だ」
 だが、問題は誰が教えるかだ。
 私は領主代行として多忙を極めているし、ガルシアやエレナも手一杯だ。
 読み書きだけでなく、計算や、基礎的な理科の知識を教えられる人材が欲しい。
 そんな時だった。
 工場の入り口で、警備兵と押し問答をしている老人が目に入った。
「通せと言っておるじゃろ! わしは怪しい者ではない! ただ、あの『白い煙が出る塔(淡水化プラント)』の仕組みを知りたいだけなんじゃ!」
「ダメです! 関係者以外立ち入り禁止です!」
 ボサボサの白髪に、瓶底のような分厚い眼鏡。
 着ているローブは継ぎ接ぎだらけで、片手には奇妙な実験器具を持っている。
 どう見ても不審者だが、その目は異様な熱量で輝いていた。
「……おい、通してやれ」
「わ、若様!? しかしこいつは……」
 私は老人に近づいた。
「あなたが、噂の学者先生ですか?」
「おお! 話の分かる若造がおるではないか! わしか? わしは王立アカデミーを追放された……いや、自主退学した天才、レイノルズじゃ!」
 レイノルズ。
 その名は聞いたことがある。
 かつて王都で「魔法を数式で解明しよう」として異端視され、学会を追われた変人学者だ。
「して、若造。あの塔はなんじゃ? 魔力もほとんど感じないのに、海水を沸騰させておる。あれは『気圧』を操作しておるのか? それとも『熱力学』の応用か?」
 矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
 しかも、核心を突いている。
 この世界で「気圧」や「熱力学」という単語を知っている人間は皆無に近い。
 ……当たりだ。
 私はニヤリと笑った。
「正解ですよ、レイノルズ博士。あれは『真空蒸発缶』です」
「シンクウ……? なんと! やはり空気の圧力を下げて沸点を……! 素晴らしい! 誰が設計したんじゃ!?」
「私です」
 老人が絶句し、眼鏡をずり落とした。
 まじまじと私を見る。
「……お主が? この若さで? ……信じられんが、その目は嘘をついておらんな。知識の深淵を覗いた者の目じゃ」
 彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
「見せてくれ。中を。設計図を。頼む! この通りじゃ!」
 天才学者が地面に土下座しようとした。
 私は彼を止めた。
「いいですよ。全てお見せしますし、私の知っている『物理法則(フィジックス)』も教えましょう」
「本当か!?」
「ええ。ただし……条件があります」
 私は工場の作業員たちを指差した。
「彼らに『読み書き』と『計算』を教えてやってください。あなたの知識を、噛み砕いて」
          ◇
 翌日から、ベルナ領の公民館は「夜間学校」へと変貌した。
 仕事終わりの労働者たちが、眠い目をこすりながら集まってくる。
 教壇に立つのは、白衣に着替えたレイノルズ博士だ。
「えー、いいかお前ら! 文字というのは魔法陣のルーンと同じじゃ! 覚えるだけで世界が変わるぞ!」
 彼の授業は独特だった。
 ただ黒板に文字を書くだけではない。
「例えば『水』という字。これはただの記号ではない。H2Oという分子が……あー、面倒じゃな。とにかく、水をどう扱えば蒸気になって、どうすれば力になるか。それを知るための鍵じゃ!」
 彼は実験を見せながら教えた。
 フラスコで水を沸騰させ、コルク栓をポン! と飛ばす。
 「おおーっ!」と歓声が上がる。
「すげえ! 湯気って力があるんだな!」
「それを計算するのが『算術』じゃ。さあ、今日はこの計算ができなければ帰さんぞ!」
 最初は嫌々だった労働者たちも、次第に目の色が変わっていった。
 「学ぶこと」が、自分たちの仕事に直結し、給料アップに繋がると理解したからだ。
 マニュアルが読めるようになれば、現場監督になれる。
 計算ができれば、商売ができる。
「へへっ、若様。俺、自分の名前が書けるようになったぜ」
「俺は掛け算を覚えた! これで仲買人に誤魔化されずに済む!」
 一ヶ月もすると、工場内の事故率は激減した。
 マニュアルが遵守され、効率的な作業手順が浸透し始めたのだ。
          ◇
 ある夜。
 授業を終えたレイノルズ博士と、私は酒を酌み交わしていた。
「……どうです、教師生活は」
「悪くはないわい。王都の貴族どもの前で講義するより、よほど手応えがある。あやつらは知識を『飾り』だと思っておるが、ここの連中は『武器』だと思って食いついてくるからの」
 博士は満足そうに笑い、そして真剣な顔になった。
「しかしアレン。お主の知識……あれは異常じゃ。この世界の体系とは根本が違う。まるで『別の世界』から持ってきたような……」
「……さあ、どうでしょうね」
 私ははぐらかしたが、博士はそれ以上追求しなかった。
 その代わり、ニヤリと笑って一枚の紙を出した。
「わしもタダで教え子を増やしているわけではないぞ。……見ろ。お主の理論を元に、新しい『動力機関』の設計図を引いてみた」
 そこには、私がまだ構想段階だった『蒸気機関(スチーム・エンジン)』の原型が描かれていた。
 しかも、魔力補助を使ったハイブリッド型だ。
「……参ったな。生徒に教えるつもりが、先生に追い抜かれそうだ」
「かっかっか! わしを甘く見るなよ、若造! さあ、次はこれを作ろうぞ! 馬車なんぞ目ではない、鉄の馬車をな!」
 教育は、時に予想以上の化学反応を生む。
 変人学者レイノルズという頭脳(ブレイン)を得て、ベルナ領の技術レベルは一気に加速しようとしていた。
 だが、そんな平和な学び舎の窓の外。
 遠く王都の方角から、不穏な雲が近づいていた。
 メディシス侯爵家。
 国内最大の経済権力が、ベルナ領の「異常な成長」と「借金」に目をつけ、ついに直接行動に出ようとしていたのだ。
(教育の次は、金(マネー)か……)
 私は飲み干したグラスを置き、次なる試練の予感に身を引き締めた。
 
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