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第15話 嵐の海の救難信号と、異国の種(エア・レスキュー)
上空五百メートル。
私はワイバーン『疾風』の背に跨り、ベルナ領の沖合を飛行していた。
前には手綱を握るゲイル。
抜歯治療を終えた疾風は、絶好調で空を駆けている。
「アレン様! あれを見てください!」
ゲイルが海面を指差した。
眼下には、荒れ狂う波間に漂う木片の数々が見える。難破船の残骸だ。
そして、ひときわ大きな板切れの上に、ぐったりとした小さな人影があった。
「生存者だ! ゲイル、急降下できるか?」
「任せてください! 疾風、行くぞ!」
ヒュオオオオッ!
風を切る音と共に、私たちは海面スレスレまで降下した。
波の高さは三メートル近い。船で近づけば、二次遭難しかねない荒れ模様だ。
だが、空からなら関係ない。
「掴まれ! 今だ!」
疾風が海面スレスレを滑空する一瞬の隙に、私は風魔法で身体を軽くし、板切れの上の少年に手を伸ばした。
ガシッ!
少年の腕を掴み、引き上げる。
ずぶ濡れで冷え切った身体。年齢は十二、三歳くらいか。異国風の服を着ている。
「確保した! 上昇!」
「了解!」
グンッ、とGがかかり、私たちは空へ舞い上がった。
これが、結成されたばかりの『ベルナ空輸騎士団』の初仕事――海難救助(エア・レスキュー)となった。
◇
港の診療所。
運び込まれた少年は、高熱を出してうなされていた。
私は【構造解析(ブループリント)】で彼の身体をスキャンした。
「……酷い栄養失調と、脱水症状だ。それに、壊血病の初期症状が出ている」
「助かるんですか、若様?」
心配そうに見守るゲイルに、私は頷いた。
点滴(錬金術で作った生理食塩水とブドウ糖)を行い、ビタミン剤を投与する。
数時間後、少年の呼吸が安定した。
私は彼が握りしめていた「荷物」に目を向けた。
防水加工された油紙の包み。
彼は意識がない間も、これだけは離そうとしなかった。
「……なんだ、これは?」
包みを開くと、中には小さな麻袋が三つ入っていた。
一つ目の袋には、黄金色の籾(もみ)がついた穀物。
二つ目の袋には、丸くて黒い豆。
三つ目の袋には、強烈な香りを放つ黄色い粉末。
「米、大豆……それに、カレー粉(スパイスミックス)か?」
私は驚愕した。
この世界には「小麦」はあるが、「米」は東方の遥か彼方の国にしかないと聞いていた。
この少年は、東方からの交易船に乗っていたのか?
そして、このスパイス……。
その時、少年がうっすらと目を開けた。
「……ここ、は……?」
「ベルナ領の診療所だ。君は助かったんだ」
少年はキョロキョロと周囲を見回し、自分の荷物があることを確認すると、安堵の涙を流した。
言葉は通じるようだ。
「僕は……ハルト。東の島国から来ました。……船が嵐で沈んで、父様も母様も……」
「そうか。辛いことを聞かせてすまない」
ハルトと名乗った少年は、涙を拭い、私にその袋を差し出した。
「これは、父様が『西の大陸で広めるんだ』って言っていた種と、薬です。……僕の命より大事なものです」
私は袋を受け取った。
米と大豆。これがあれば、食文化が変わる。
醤油(しょうゆ)や味噌(みそ)が作れる。
そして何より……。
「……ハルト君。君の父親の遺志、私が継ごう」
私は黄色い粉末の袋を見た。
これだ。
海軍のセシリアが悩んでいた「兵士の食糧問題」。
そして、栄養満点の「米」。
全てのピースが揃った。
「君を助けたのは、空を飛ぶ竜だ。そして君が持ってきたこの種は、海を渡る船乗りたちを救うことになる」
◇
数日後。
回復したハルトは、農業区画の一角で、私と共に土を耕していた。
米(ライス)の試験栽培だ。
私の水魔法と土魔法で、即席の「水田」を作り、籾を撒く。
「アレン様、本当にここで育つでしょうか?」
「大丈夫だ。ベルナ領の水は私が管理している。それに、肥料なら売るほどある」
下水道の浄化槽から出たスラッジ(汚泥)を発酵させた堆肥だ。
循環型農業の完成である。
そして、もう一つの「種」――スパイス。
私はこれを元に、海軍提督の娘、セシリアへの「提案」を準備することにした。
「……タイミングが良いな」
港の方角から、重厚な汽笛が聞こえてきた。
海軍の軍艦が入港してきたのだ。
前回、修理をしてやった縁で、補給に立ち寄ったのだろう。
だが、甲板に立つ兵士たちの顔色は悪い。長期航海による疲労と、ビタミン不足が見て取れる。
「役者は揃った」
私はハルトに微笑みかけた。
「行こうか。君のスパイスで、海の男たちの胃袋を掴みに行くぞ」
ここでようやく、以前語ろうとしていた「海軍カレー」の物語へと繋がる。
だが今回は、ただの料理ではない。
異国の少年ハルトと、空輸部隊、そして海軍を結びつける、壮大な「食の同盟」の始まりだった。
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