没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

文字の大きさ
14 / 15

第14話 墜落した飛竜と、親知らずの抜歯(メンテナンス・オブ・ドラゴン)

しおりを挟む


 メディシス家との提携から一週間。
 ベルナ領の物流は、まさに「動脈」と呼ぶにふさわしい太さと速さを手に入れていた。
 リリアーナ嬢との契約に基づき、銀鱗商会の馬車はすべてサスペンション仕様に改造され、王都との間を昼夜問わず往復している。
 海からは、海水淡水化プラントの副産物である「雪塩」が、近隣諸国へと輸出されていく。
 人と物と金が回る。
 領主代行としての私の仕事も、ようやく軌道に乗った――そう思った矢先だった。
 ヒュオオオオオッ……!
 ドガァァァァン!!
 港の倉庫街に、突如として巨大な影が落下し、轟音を立てた。
 土煙が舞い上がる。
 悲鳴が響く。
「な、なんだ!? 空から何かが落ちてきたぞ!」
「魔物か!?」
 私は執務室を飛び出し、現場へ急行した。
 そこには、半壊した倉庫の残骸の中で、翼を広げて暴れ回る巨大な生物の姿があった。
 緑色の鱗に覆われた巨体。鋭い鉤爪と、皮膜の張った翼。
 ワイバーン(飛竜)だ。
「グルルルルッ! ギャオオオオン!」
 ワイバーンは狂ったように首を振り回し、周囲の木箱を尾で薙ぎ払っている。
 その足元で、革鎧を着た男が必死になだめようとしていた。
「落ち着け疾風(ハヤテ)! どうしたんだ、急に!」
 男は空輸ギルドの配達員、ゲイルだ。
 王都から急ぎの書状や軽量の荷物を運ぶ「飛竜便」の乗り手である。
 だが、相棒であるはずのワイバーンは、主人の声も聞こえない様子で暴れ続けている。
「くそっ、目が血走ってる……! 『狂竜病』か!? 離れろみんな! 殺処分するしかない!」
 ゲイルが涙ながらに剣を抜いた。
 狂った竜は災害だ。街に被害が出る前に首を落とす、それが空の掟だ。
 騎士団長のヴァルガスも駆けつけ、部下に弓を構えさせた。
「待て!」
 私は叫び、ゲイルとワイバーンの間に割って入った。
「アレン様! 危険です! そいつはもう正気じゃありません!」
「いいや、違う。……よく見ろ、こいつは『泣いて』いる」
 私は暴れるワイバーンの正面に立った。
 恐怖はない。
 私の目――【構造解析(ブループリント)】には、この生物の体内が透けて見えているからだ。
「起動……スキャン開始」
 視界に青い骨格図が浮かび上がる。
 翼の骨折? いいや、正常だ。
 内臓疾患? 胃袋は空だが、異常はない。
 脳神経? ……ここでエラーが出ている。
 痛覚信号が限界突破(レッドゾーン)。
 発生源は――
「……右上の奥歯か」
 私は呆れたように溜め息をついた。
 ワイバーンの口元を見る。
 右の牙の奥、歯茎が赤く腫れ上がり、膿が溜まっているのが見えた。
 ただの虫歯ではない。顎の骨を圧迫するほど深く根を張った、いわゆる「埋伏智歯(親知らず)」の炎症だ。
 人間でものたうち回るほどの激痛が、この巨体を襲っているのだ。
「ゲイル。こいつは病気じゃない。ただの『歯痛』だ」
「は? はつう? 歯が痛いってのか?」
「ああ。人間で言えば親知らずが腫れて、神経を圧迫している。そりゃあ暴れたくもなるさ。飛行中の気圧変化で、さらに痛みが増したんだろう」
 私はヴァルガスに指示した。
「ヴァルガス、弓は下ろせ。代わりに太いロープと、丸太を用意しろ。……緊急手術(オペ)だ」
          ◇
 港の広場が、即席の「歯科診療所」になった。
 ヴァルガスたちがロープでワイバーンを拘束し、口を開かせて丸太を噛ませる。
 ワイバーンは暴れたが、私が氷魔法で患部を冷やして麻痺させると、少し大人しくなった。
「いい子だ。すぐに楽にしてやるからな」
 私は工廠から持ってきた道具を取り出した。
 巨大なペンチ(やっとこ)と、ドリルだ。
 普通の治療師なら治癒魔法をかけるところだが、原因である「圧迫している骨」を取り除かなければ完治しない。
 これは医療行為というより、土木工事だ。
「患部を切開。……見えた、これだ」
 歯茎を切ると、横向きに生えて隣の歯を押している巨大な牙が見えた。
 私はドリルで邪魔な骨を削る。
 ガガガガガッ!
 ワイバーンがビクリと震えるが、麻酔が効いているので暴れない。
「よし、掴んだ。……せーのっ!」
 私はペンチで牙の根元を掴み、全身全霊で引っ張った。
 身体強化の魔法も併用する。
 ミシミシ……バキッ!
 鈍い音と共に、拳大の腐った牙が抜け、大量の膿が噴き出した。
「ギャオ……?」
 ワイバーンの目が、すっと正気に戻った。
 痛みが消えたのだ。
 私はすかさず、洗浄液(アルコールと薬草の混合液)で患部を洗い、傷口を糸で縫合した。
「終わりだ。……ほら、これが元凶だぞ」
 私は抜いた牙をゲイルに放り投げた。
 ゲイルは呆然とそれを受け取り、そして愛竜に駆け寄った。
「疾風! 分かるか、俺だ!」
「クルルル……」
 ワイバーンは甘えるようにゲイルに頭を擦り付けた。
 広場から、ワッと歓声と拍手が沸き起こった。
「すげえ! 若様、竜の歯を抜きやがった!」
「歯医者もできるのかよ!」
          ◇
 騒動が落ち着いた後。
 ゲイルが私の前に跪いていた。
「アレン様。なんと御礼を言えばいいか……。疾風は俺の家族です。それを、殺さずに救ってくれた」
「礼はいらないよ。壊れているなら直す、それが私の流儀だ」
 私はワイバーンの身体を撫でた。
 硬い鱗の下に、しなやかな筋肉と、魔力袋(飛行器官)を感じる。
 素晴らしい「機体」だ。
 馬車より速く、船より自由。
 これがあれば、山脈も海も関係なく、最短距離で荷物を運べる。
「ゲイル。君に提案がある」
「提案、ですか?」
「君のワイバーン、虫歯以外にもガタが来ている。翼の付け根の関節が磨り減っているし、胃腸も弱っている」
 【構造解析】で見えたのは、過酷な労働による金属疲労ならぬ「生体疲労」だった。
 空輸ギルドの扱いは雑だ。彼らはワイバーンを乗り潰す道具としか見ていない。
「私が、君たちの専属メカニック……いや、主治医になろう。最高の餌と、定期的なメンテナンスを提供する。その代わり……」
 私はニヤリと笑った。
「ベルナ領専属の『空輸部隊』を作ってくれないか? 君がリーダーだ」
「なっ……!?」
 ゲイルは目を見開いたが、すぐに疾風の顔を見た。
 健康を取り戻し、気持ちよさそうに喉を鳴らす相棒。
 答えは決まっていた。
「……喜んで。この命、アレン様に預けます!」
          ◇
 こうして、ベルナ領に新たな翼が加わった。
 最初はゲイルと疾風の一組だけだったが、噂はすぐに空の男たちの間に広まった。
 『ベルナに行けば、死にかけた竜も治してくれるらしい』
 『あそこの領主は、竜の言葉が分かるらしい』
 行き場を失ったはぐれライダーや、傷ついたワイバーンたちが次々とベルナへ集まり始めた。
 私は彼らを治療し、リハビリさせ、組織化した。
 『ベルナ空輸騎士団』。
 まだ小規模だが、彼らは既存の空輸ギルドとは一線を画す精鋭部隊となる。
 なぜなら、私が彼らのために「専用の鞍(シート)」や「風避けのゴーグル」、さらには「投下式コンテナ」まで開発したからだ。
 陸、海、そして空。
 すべての物流ネットワークが私の手の中に揃いつつある。
 だが、空へ進出したことで、私の視界には、まだ見ぬ「外の世界」――国境の向こう側が映り始めていた。
 そして、空からの視察中。
 私は海岸線に漂着している、奇妙な「漂流物」を見つけることになる。
 それは、異国の言葉が書かれた木箱と……一人の記憶喪失の少年だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?

無色
恋愛
 子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。  身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。

追放された地味村人、実は神々が恐れる最強存在だった件 〜本人はただの村起こし中〜

えりぽん
ファンタジー
辺境の村で“平凡な村人”として暮らしていた青年リアムは、村を豊かにするための独自魔術を開発していた。だが、目立たぬ努力は「禁忌の力」と誤解され、彼は追放される。落ち込む間もなく、流れ着いた地で助けた少女たちは、次々と国や神族の重要人物だと判明し──。本人はただの村再建を目指しているだけなのに、世界は彼を伝説の救世主だと崇めはじめる。 無自覚最強が巻き起こす異世界大逆転ストーリー。 ざまぁとハーレムと勘違い救国譚、ここに開幕!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

転生幼子は生きのびたい

えぞぎんぎつね
ファンタジー
 大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。  だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。  神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。  たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。  一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。 ※ネオページ、カクヨムにも掲載しています

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...