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第14話 墜落した飛竜と、親知らずの抜歯(メンテナンス・オブ・ドラゴン)
メディシス家との提携から一週間。
ベルナ領の物流は、まさに「動脈」と呼ぶにふさわしい太さと速さを手に入れていた。
リリアーナ嬢との契約に基づき、銀鱗商会の馬車はすべてサスペンション仕様に改造され、王都との間を昼夜問わず往復している。
海からは、海水淡水化プラントの副産物である「雪塩」が、近隣諸国へと輸出されていく。
人と物と金が回る。
領主代行としての私の仕事も、ようやく軌道に乗った――そう思った矢先だった。
ヒュオオオオオッ……!
ドガァァァァン!!
港の倉庫街に、突如として巨大な影が落下し、轟音を立てた。
土煙が舞い上がる。
悲鳴が響く。
「な、なんだ!? 空から何かが落ちてきたぞ!」
「魔物か!?」
私は執務室を飛び出し、現場へ急行した。
そこには、半壊した倉庫の残骸の中で、翼を広げて暴れ回る巨大な生物の姿があった。
緑色の鱗に覆われた巨体。鋭い鉤爪と、皮膜の張った翼。
ワイバーン(飛竜)だ。
「グルルルルッ! ギャオオオオン!」
ワイバーンは狂ったように首を振り回し、周囲の木箱を尾で薙ぎ払っている。
その足元で、革鎧を着た男が必死になだめようとしていた。
「落ち着け疾風(ハヤテ)! どうしたんだ、急に!」
男は空輸ギルドの配達員、ゲイルだ。
王都から急ぎの書状や軽量の荷物を運ぶ「飛竜便」の乗り手である。
だが、相棒であるはずのワイバーンは、主人の声も聞こえない様子で暴れ続けている。
「くそっ、目が血走ってる……! 『狂竜病』か!? 離れろみんな! 殺処分するしかない!」
ゲイルが涙ながらに剣を抜いた。
狂った竜は災害だ。街に被害が出る前に首を落とす、それが空の掟だ。
騎士団長のヴァルガスも駆けつけ、部下に弓を構えさせた。
「待て!」
私は叫び、ゲイルとワイバーンの間に割って入った。
「アレン様! 危険です! そいつはもう正気じゃありません!」
「いいや、違う。……よく見ろ、こいつは『泣いて』いる」
私は暴れるワイバーンの正面に立った。
恐怖はない。
私の目――【構造解析(ブループリント)】には、この生物の体内が透けて見えているからだ。
「起動……スキャン開始」
視界に青い骨格図が浮かび上がる。
翼の骨折? いいや、正常だ。
内臓疾患? 胃袋は空だが、異常はない。
脳神経? ……ここでエラーが出ている。
痛覚信号が限界突破(レッドゾーン)。
発生源は――
「……右上の奥歯か」
私は呆れたように溜め息をついた。
ワイバーンの口元を見る。
右の牙の奥、歯茎が赤く腫れ上がり、膿が溜まっているのが見えた。
ただの虫歯ではない。顎の骨を圧迫するほど深く根を張った、いわゆる「埋伏智歯(親知らず)」の炎症だ。
人間でものたうち回るほどの激痛が、この巨体を襲っているのだ。
「ゲイル。こいつは病気じゃない。ただの『歯痛』だ」
「は? はつう? 歯が痛いってのか?」
「ああ。人間で言えば親知らずが腫れて、神経を圧迫している。そりゃあ暴れたくもなるさ。飛行中の気圧変化で、さらに痛みが増したんだろう」
私はヴァルガスに指示した。
「ヴァルガス、弓は下ろせ。代わりに太いロープと、丸太を用意しろ。……緊急手術(オペ)だ」
◇
港の広場が、即席の「歯科診療所」になった。
ヴァルガスたちがロープでワイバーンを拘束し、口を開かせて丸太を噛ませる。
ワイバーンは暴れたが、私が氷魔法で患部を冷やして麻痺させると、少し大人しくなった。
「いい子だ。すぐに楽にしてやるからな」
私は工廠から持ってきた道具を取り出した。
巨大なペンチ(やっとこ)と、ドリルだ。
普通の治療師なら治癒魔法をかけるところだが、原因である「圧迫している骨」を取り除かなければ完治しない。
これは医療行為というより、土木工事だ。
「患部を切開。……見えた、これだ」
歯茎を切ると、横向きに生えて隣の歯を押している巨大な牙が見えた。
私はドリルで邪魔な骨を削る。
ガガガガガッ!
ワイバーンがビクリと震えるが、麻酔が効いているので暴れない。
「よし、掴んだ。……せーのっ!」
私はペンチで牙の根元を掴み、全身全霊で引っ張った。
身体強化の魔法も併用する。
ミシミシ……バキッ!
鈍い音と共に、拳大の腐った牙が抜け、大量の膿が噴き出した。
「ギャオ……?」
ワイバーンの目が、すっと正気に戻った。
痛みが消えたのだ。
私はすかさず、洗浄液(アルコールと薬草の混合液)で患部を洗い、傷口を糸で縫合した。
「終わりだ。……ほら、これが元凶だぞ」
私は抜いた牙をゲイルに放り投げた。
ゲイルは呆然とそれを受け取り、そして愛竜に駆け寄った。
「疾風! 分かるか、俺だ!」
「クルルル……」
ワイバーンは甘えるようにゲイルに頭を擦り付けた。
広場から、ワッと歓声と拍手が沸き起こった。
「すげえ! 若様、竜の歯を抜きやがった!」
「歯医者もできるのかよ!」
◇
騒動が落ち着いた後。
ゲイルが私の前に跪いていた。
「アレン様。なんと御礼を言えばいいか……。疾風は俺の家族です。それを、殺さずに救ってくれた」
「礼はいらないよ。壊れているなら直す、それが私の流儀だ」
私はワイバーンの身体を撫でた。
硬い鱗の下に、しなやかな筋肉と、魔力袋(飛行器官)を感じる。
素晴らしい「機体」だ。
馬車より速く、船より自由。
これがあれば、山脈も海も関係なく、最短距離で荷物を運べる。
「ゲイル。君に提案がある」
「提案、ですか?」
「君のワイバーン、虫歯以外にもガタが来ている。翼の付け根の関節が磨り減っているし、胃腸も弱っている」
【構造解析】で見えたのは、過酷な労働による金属疲労ならぬ「生体疲労」だった。
空輸ギルドの扱いは雑だ。彼らはワイバーンを乗り潰す道具としか見ていない。
「私が、君たちの専属メカニック……いや、主治医になろう。最高の餌と、定期的なメンテナンスを提供する。その代わり……」
私はニヤリと笑った。
「ベルナ領専属の『空輸部隊』を作ってくれないか? 君がリーダーだ」
「なっ……!?」
ゲイルは目を見開いたが、すぐに疾風の顔を見た。
健康を取り戻し、気持ちよさそうに喉を鳴らす相棒。
答えは決まっていた。
「……喜んで。この命、アレン様に預けます!」
◇
こうして、ベルナ領に新たな翼が加わった。
最初はゲイルと疾風の一組だけだったが、噂はすぐに空の男たちの間に広まった。
『ベルナに行けば、死にかけた竜も治してくれるらしい』
『あそこの領主は、竜の言葉が分かるらしい』
行き場を失ったはぐれライダーや、傷ついたワイバーンたちが次々とベルナへ集まり始めた。
私は彼らを治療し、リハビリさせ、組織化した。
『ベルナ空輸騎士団』。
まだ小規模だが、彼らは既存の空輸ギルドとは一線を画す精鋭部隊となる。
なぜなら、私が彼らのために「専用の鞍(シート)」や「風避けのゴーグル」、さらには「投下式コンテナ」まで開発したからだ。
陸、海、そして空。
すべての物流ネットワークが私の手の中に揃いつつある。
だが、空へ進出したことで、私の視界には、まだ見ぬ「外の世界」――国境の向こう側が映り始めていた。
そして、空からの視察中。
私は海岸線に漂着している、奇妙な「漂流物」を見つけることになる。
それは、異国の言葉が書かれた木箱と……一人の記憶喪失の少年だった。
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