没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第13話 黄金の山と、商売令嬢の計算機(カウンター・オファー)

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 運命の期日。
 朝からベルナ子爵邸の空気は張り詰めていた。
 応接室には、一ヶ月前に訪れたメディシス家の代理人――黒服の男が、ふんぞり返るように座っている。
「……お時間ですな」
 男は懐中時計をパチンと閉じた。
 その顔には、勝利を確信した薄笑いが張り付いている。
「残念ですが、約束の金貨三千枚、ご用意いただけなかったと見なしてよろしいですかな? 泥濘(ぬかる)む街道、相次ぐ雨……物理的に輸送が不可能だったことは同情いたしますが、契約は契約です」
「気が早いな。まだ午前中だぞ」
 私は対面のソファで紅茶を啜った。
 隣に控える家令のガルシアは、緊張で顔色が青白くなっているが、その目はかつてないほど鋭く光っている。
「往生際が悪い。……では、港の権利書にサインをいただきましょうか。これからは我々メディシス家が、あの素晴らしい港を『正しく』運営させていただきますので」
「その必要はない」
 私が指を鳴らすと、控えていた騎士たちが重そうな革袋を次々と運び込んできた。
 ズシン。ズシン。
 テーブルの上に、革袋が山のように積まれていく。
 テーブルの脚がミシミシと悲鳴を上げるほどの重量だ。
「な……!?」
 代理人の男が目を丸くした。
 私は一番上の袋の紐を解き、中身をぶちまけた。
 ジャラララッ!
 黄金の輝きが、部屋中を照らし出す。
「金貨三千二百枚。元金と、期限までの利息分だ。……数えてみるか?」
「ば、馬鹿な……! 一ヶ月前、貴家の金庫には八百枚しかなかったはず! この悪天候の中、どうやってこれだけの現金を……!?」
 男は狼狽し、金貨を手に取って本物かどうか確かめ始めた。
 偽造ではない。全て王家発行の正真正銘の金貨だ。
「商売で稼いだ金だよ。……文句はないな?」
「ぐぬぬ……」
 男は脂汗を流しながら、何度も数え直し、やがて力なく項垂れた。
 完璧な返済だ。契約上、彼らはもう何も言えない。
 男は震える手で領収書にサインをし、逃げるように立ち上がった。
「お、覚えておれ……! メディシス家に恥をかかせたこと、ただで済むと……」
 捨て台詞を吐いて部屋を出て行こうとした、その時だ。
「――お待ち」
 廊下から、凛とした、しかし絶対的な命令を含んだ少女の声が響いた。
 代理人の男が、ビクリと硬直する。
 ドアが開かれた。
 現れたのは、燃えるような赤髪を縦ロールにし、豪奢なドレスを纏った少女だった。
 年齢は十六、七歳ほど。
 手には扇子を持ち、その琥珀色の瞳は、獲物を値踏みするような鋭い光を宿している。
 リリアーナ・メディシス。
 この国の経済を牛耳る「黄金の天秤」、メディシス侯爵家の令嬢。その人だった。
「リ、リリアーナお嬢様!? なぜこのような辺境へ!?」
「黙りなさい、無能。あなたが『確実に取れる』と言うから任せたのに、まんまと返り討ちに遭っているではありませんか」
 彼女は代理人を冷たく一瞥すると、私の方へ向き直った。
 そして、優雅にカーテシー(膝を折る挨拶)をした。
 その動作は完璧だが、纏うオーラは貴族というより、百戦錬磨の商人のそれだ。
「初めまして、アレン・フォン・ベルナ子爵令息。わたくしが、今回の件を指示したリリアーナですわ」
 悪びれる様子もない。
 むしろ、楽しそうに私を観察している。
「借金は返しましたよ、リリアーナ嬢。もう用はないはずですが」
「いいえ、これからが本題です」
 彼女は扇子で、テーブルの上の金貨の山を指した。
「わたくしが興味あるのは、この金貨ではありません。……これを『運んだ方法』ですわ」
 リリアーナは窓の方へ歩み寄り、外を指差した。
 そこには、王都から戻ったばかりの銀鱗商会の馬車が停まっている。
 泥だらけだが、車軸には私が取り付けた「板バネ」と「ベアリング」が黒く光っている。
「ここに来る途中、貴家の馬車とすれ違いましたの。……異常でしたわ。あの悪路を、減速もせずに滑るように駆け抜けていく。しかも、荷台のガラス瓶は微動だにしない」
 彼女は私に向き直り、ニッコリと微笑んだ。
「調べさせました。貴家が王都で売り捌いた『海産物のオイル漬け』。瓶の破損率はゼロ。……通常なら三割は割れるはずの悪路で、ゼロです。これは魔法ですか?」
「いいえ。技術(テクノロジー)ですよ」
「技術……!」
 彼女の目が、カシャン! と音を立てて計算機のように動いた気がした。
「素晴らしいですわ! その技術があれば、卵も、完熟トマトも、高級磁器も、無傷で運べます。輸送コストは半減、利益は倍増……いいえ、回転率を考えれば三倍!」
 リリアーナは興奮気味にまくし立てると、私の目の前に身を乗り出した。
 甘い香水の香りが漂う。
「アレン様。単刀直入に申し上げます。その『揺れない馬車』の技術、当家に売りなさい。金貨一万枚で買い取りますわ」
 一万枚。
 ガルシアが「ひっ!」と息を呑むほどの提示額だ。
 借金を返してもお釣りが来る。普通の貴族なら即決するだろう。
 だが、私は首を横に振った。
「お断りします」
「……あら? 安すぎました? では二万枚?」
「金額の問題じゃありません。この技術は、ベルナ領の物流を支える心臓部だ。切り売りはしません」
 リリアーナの表情がスッと冷たくなった。
「……残念ですわ。メディシス家を敵に回すおつもり? 借金は返せても、当家が本気になれば、流通ルートを封鎖して……」
「脅しは効きませんよ。それに、貴女はそんな非効率なことはしない」
 私はテーブルの上の羊皮紙に、さらさらと新しい図面を描いた。
 サスペンションの改良型。さらに、大型馬車への応用案だ。
「リリアーナ嬢。技術を売る気はありませんが……『提携』なら考えてもいい」
「提携?」
「ええ。メディシス家の持つ広大な販売網と、私の技術。……手を組みませんか? 貴女の馬車を全てこの『サスペンション仕様』に改造します。その代わり、利益の三割を技術料として頂く」
 彼女が目を丸くした。
 買収に来た相手に、逆に出資を持ちかけるとは予想外だったのだろう。
 彼女はしばらく沈黙し、扇子で口元を隠して考え込んだ。
 その瞳の奥で、猛烈な勢いでソロバンが弾かれているのが分かる。
 やがて、彼女はパチンと扇子を閉じた。
「……三割は高すぎますわ。一割になさい」
「二割五分。これ以下なら他を当たります。クレイグ男爵あたりなら喜んで飛びつくでしょうね」
「ッ……! あの豚男爵にこの技術を渡すなど、許せませんわ!」
 彼女は悔しそうに唸り、そして不敵に笑った。
「よろしい。二割で手を打ちましょう。その代わり、ベルナ領で生産される『瓶詰め』の王都での独占販売権を当家に頂きましてよ」
「……いいでしょう。商談成立だ」
 私が手を差し出すと、彼女はその白魚のような手で、力強く握り返してきた。
 華奢な見た目に反して、その握力は強い。
 やはり、彼女も戦う女だ。
「ふふっ。借金を取り立てに来て、逆にパートナーにされるなんて……アレン様、あなたはとんでもない食わせ物ですわね」
「最高の褒め言葉として受け取っておきます」
 こうして、ベルナ領の最大の危機は去った。
 いや、危機が最大の好機へと変わった。
 海軍(武力)に続き、メディシス家(経済)という強力な後ろ盾を得たのだ。
 リリアーナは帰りの馬車の中で、何度も振り返りながら、私の作ったサスペンションの乗り心地を確かめていたという。
 彼女との付き合いは、これから長く、そして騒がしいものになりそうだ。
 だが、息つく暇はない。
 金と物が回れば、次は「空」が欲しくなる。
 私の【構造解析】は、すでに次のステージ――空の王者、ワイバーンの骨格を捉え始めていた。
(次は、空輸か……)
 私は空を見上げた。
 そこには、遠くの山脈から飛来する影が見える。
 
 空の開拓が始まろうとしていた。
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