領民の幸福度がガチャポイント！？ 借金まみれの辺境を立て直す【領地ガチャ】が最強すぎた！内政でUR「温泉郷」と「聖獣」を引き当てて…

第2話：N（ノーマル）ガチャとほのぼの再建

全身にこびりついた泥を落とすため、館に戻った俺は、ロイドが沸かしてくれた貴重な湯を使った。
貴族が使うような豪華な浴槽ではなく、ただの木桶だ。だが、冷え切った体に染み渡る温かさは、前世で入ったどんな高級温泉よりも贅沢に感じられた。
王都から着てきた上等な服は、泥まみれでもう使い物にならない。
俺はロイドが用意してくれた、先代の領主（つまり父）が遺した、質素だが丈夫な麻の服に着替えた。
不思議と、こちらの服のほうが今の俺にはしっくりきた。
「アルト様、準備が整いました」
ロイドの声に促され、俺は館の食堂へと向かった。
食堂と言っても、暖炉に火が入り、長いテーブルが一つあるだけの殺風景な部屋だ。
そこに、水路作業に参加した領民たちが、緊張した面持ちで集まっていた。
彼らは泥を落とし、一番マシな服を着てきたようだが、それでも継ぎ接ぎだらけだ。
「皆、今日はご苦労だった。ささやかだが、俺からの礼だ」
俺がそう言うと、ロイドが食事を運び始めた。
メニューは、薄い野菜のスープと、硬い黒パン。そして、貴重な塩。
王都の貴族が見たら、家畜の餌かと嘲笑うだろう。
だが、領民たちは目を輝かせた。
「す、スープだ……」
「パンまで……」
彼らにとって、これは間違いなく「ご馳走」だった。
「領主様が、我々のために……」
「ありがたや……」
乾杯の音頭もそこそこに、皆、夢中でスープをすすり、パンをかじった。
さっきまでの広場に漂っていた、あの死んだような空気はどこにもない。
ざわめき、笑い声、活気。
これが、「幸福度」の正体か。
俺は、自分の分のパンを半分にちぎり、一番近くにいた少年の皿に置いた。
少年は目を丸くした後、はにかんで「ありがとう！」と笑った。
ピロン。
脳内で、またあの音がした。
『領主への信頼度が上昇しました。現在の幸福度：115 / 100』
……なるほど。
こういうことか。
俺は静かにスープをすすりながら、領民たちの輪が温まっていくのを見守った。
宴もたけなわ。
と言っても、元々少ない食事が尽きるまでの短い時間だったが。
領民たちが満足げに腹をさすり、今日の作業の成果を語り合っているのを見計らい、俺はそっと食堂を抜け出した。
自室に戻り、鍵をかける。
ロイドにも、誰にも見られてはいけない。これが俺の、この領地の生命線だ。
俺は意識を集中し、あの半透明のウィンドウを呼び出した。
『現在の領民幸福度：115 / 100』
『ガチャ（ノーマル）：1回 100ポイント必要です』
「……よし」
幸福度は115。
水路の修復と、このささやかな宴会で、基準値を達成した。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
頼む。
金貨一万枚。
いや、そこまで贅沢は言わない。
せめて金貨百枚でもいい。
ひと月後のグランデ商会への返済に充てられる、換金アイテムが欲しい。
金塊、宝石、なんでもいい。
俺は祈るような気持ちで、「ガチャ（ノーマル）：実行」の文字を念じた。
『100ポイントを消費します。よろしいですか？』
「ああ、頼む！」
意識の中で、何かが回転するようなイメージが浮かんだ。
スロットマシンのような、あるいはルーレットのような。
光が激しく明滅し、やがて一つのイメージに収束する。
それは、金でも銀でもない、土臭い色だった。
『ガチャ（ノーマル）を実行しました』
『獲得アイテム：N（ノーマル）：ジャガイモの種（寒冷地仕様）×コンテナ1箱分』
「…………は？」
俺は、ウィンドウに表示された文字を、三度見直した。
「じゃ、ジャガイモ……？」
金貨は？ 宝石は？
ポーションや魔法の武具は？
俺が手に入れたのは、種。ただの、ジャガイモの種。
しかも「N（ノーマル）」。
レアですらない。
どっと疲れが押し寄せた。
これじゃない。
俺が欲しかったのは、これじゃないんだ。
ひと月後の返済はどうするんだ。
このジャガイモが金貨一万枚になるのか？ 馬鹿馬鹿しい。
俺は頭を抱え、その場にうずくまりそうになった。
だが、前世で培った公務員根性が、かろうじて俺の理性を繋ぎ止めた。
「……待て。落ち着け、俺」
なぜ、ジャガイモなんだ。
スキルは『領地発展に必要な「何か」』と言っていた。
なぜ、このタイミングで、ジャガイモ？
「……！」
俺は、ある可能性に思い至った。
広場で、老人が言っていた言葉が蘇る。
『あれがなければ、痩せた土地にジャガイモすら植えられない』
そうだ。
彼らは、ジャガイモを「植えたかった」んだ。
俺は慌てて部屋の鍵を開け、まだ領民たちが残っている食堂へと駆け戻った。
「アルト様？ どうかなさいましたか」
ロイドが怪訝な顔をする。
俺は、ガチャで得たアイテムを「実体化」させるイメージを浮かべた。
目の前に、木箱が一つ、ドンと音を立てて出現する。
「なっ！？」
「ま、魔法か！？」
領民たちが驚き、後ずさる。
俺は構わず木箱の蓋を開けた。
中には、土の匂いがする、ゴロゴロとした種芋が詰まっていた。
「……アルト様、これは……」
水路の場所を教えてくれた、あの年老いた男が、おそるおそる木箱に近づいてくる。
彼は、中にある種芋を一つ、震える手で掴み上げた。
そして、匂いを嗅ぎ、まじまじと見つめた後。
その場で、わっと泣き崩れた。
「おお……おおお！ 神よ！」
「お、おい、どうしたんだ爺さん！」
「これだ！ これだよ！ クライナー領のジャガイモだ！」
老人は、種芋を掲げ、叫んだ。
「この土地は、先々代様の頃までは、このジャガイモの特産地だったんだ！」
老人の言葉に、他の老人たちもハッとした顔で集まってくる。
「そうだ、思い出した！ 寒さに強くて、痩せた土地でも育つ、幻の芋だ！」
「だが、数十年前の冷害で種芋が全滅して……それ以来、俺たちの領地は……」
「この種芋さえあれば！ この種芋さえあれば、俺たちは飢え死にしなくて済む！」
老人の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
その熱狂は、すぐに広場の全員に伝播した。
「ジャガイモだ！」
「俺たち、食うに困らなくなるぞ！」
「領主様が、奇跡を……！」
俺は、その光景を呆然と見つめていた。
金貨じゃない。
宝石でもない。
彼らが今、一番欲しかったもの。
それは、明日の食糧への「希望」。
【領地ガチャ】は、俺の借金問題（金）ではなく、領民の生存問題（食料）を解決するアイテムをよこしたのか。
「……そうか」
俺は、自分の浅はかさを恥じた。
公務員が聞いて呆れる。
住民のニーズを把握できていなかったのは、俺じゃないか。
「アルト様……」
ロイドが、感動に声を震わせている。
俺は領民たちに向き直り、咳払いをした。
「皆、聞け！」
静まり返る食堂。
「このジャガイモは、『寒冷地仕様』だそうだ。この土地に合っているはずだ」
「おお！」
「だが、植えなければただの芋だ。俺たちで、これを育てる」
「「「はい！！」」」
さっきまでの宴会とは比べ物にならない、腹の底からの返事が返ってきた。
ピロン。
『領民の生活満足度が上昇しました』
『将来への希望が大幅に上昇しました』
『領民の幸福度が上昇しました』
『現在の幸福度：20 / 100』
（115 - 100 = 15。ジャガイモの歓喜で+5。合計20ポイント）
俺はウィンドウをそっと閉じ、笑みを浮かべた。
「ロイド！ 明日の朝一番で、この芋を植えるぞ。人手を集め、畑の場所を確保してくれ」
「かしこまりました！」
「爺さん！」俺は泣き崩れていた老人を指名した。「あんた、この芋の育て方を知ってるな？」
「へ、へい！ もちろんでございます！」
「明日、あんたが指揮官だ。俺も手伝う。いいね？」
「ははあ！」
老人は、泥だらけの床に額をこすりつけた。
翌朝。
太陽が昇るのと同時に、俺は広場にいた。
そこには、昨日よりも多くの領民が集まっていた。
寝たきりだった老人、出稼ぎから戻る気もなかったはずの若者まで。
「奇跡のジャガイモ」の噂は、一晩で領地の隅々まで駆け巡ったらしい。
俺は、前世の調整能力をフルに発揮し、作業を割り振った。
ロイドを補佐役に、ジャガイモ爺さん（昨日の老人だ。俺は勝手にそう名付けた）を技術指導に任命。
水路から水が引ける、一番状態の良い土地を選定する。
若い男たちは、俺がガチャで手に入れた『N：丈夫なクワ』（昨夜、残りのポイントが貯まるよう領民に声をかけて回り、ギリギリで追加100ポイントを稼いで引いたのだ）を使い、土地を耕していく。
女たちは、種芋を丁寧に切り分け、灰をまぶしていく。
子供たちは、水路から桶で水を運ぶ。
俺自身も、クワを握り、先頭に立って土を掘り返した。
それは、過酷な労働のはずだった。
だが、誰の顔にも疲労の色はなかった。
「領主様、あちらの土のほうが柔らかいですぜ」
「アルト様、お茶が入りました！」
「この芋、本当に育つかなあ」
「育つに決まってる！」
飛び交う声。
流れる汗。
昨日までの、あの死んだ領地が嘘のようだ。
これだ。
これが、俺がやりたかった「ほのぼの内政」の第一歩なんだ。
昼過ぎ、割り当てられた土地すべてに種芋を植え終えた。
皆、その場に座り込み、ささやかな達成感に包まれる。
俺も土の上に大の字になった。
空が、昨日よりも少しだけ青く見えた。
ピロン。
『共同作業が達成されました』
『領民の生活満足度が上昇しました』
『領主への信頼度が上昇しました』
『現在の幸福度：150 / 100』
「よし……」
ジャガイモ植え付け作業で、一気に130ポイントも稼いだ。
これなら、もう一回引ける。
だが、まだだ。
まだ足りない。
ジャガイモの収穫は数ヶ月先。
ひと月後の返済期限には間に合わない。
俺は立ち上がり、服の土を払った。
「ロイド」
「はい、アルト様」
「次の仕事だ。幸福度を稼ぐぞ」
「と、申しますと？」
俺は、ボロボロの家々を見渡した。
「ジャガイモは植えた。水も確保した。次は『衣食住』の『住』だ」
俺は領民たちに向かって宣言した。
「皆、よく聞いてくれ！ 今日はご苦労だった。だが、休んでいる暇はない！」
領民たちが、きょとんとした顔で俺を見る。
「明日から、全員で『家の修繕』を行う！」
「ええっ！？」
「だが、資材が……釘も、板も……」
不安そうな声が上がる。
俺はニヤリと笑った。
「資材は、俺が『ガチャ』で当てる」
俺はウィンドウを開き、100ポイントを消費した。
『ガチャ（ノーマル）を実行しました』
『獲得アイテム：N（ノーマル）：修理用の釘セット（大）×1箱』
「まずは釘だ！」
俺が木箱入りの釘を実体化させると、また歓声が上がった。
「俺たちの手で、この村を立て直すぞ！」
「「「おおー！！」」」
領民たちの声が、灰色の空に響き渡った。
その様子を、領地の入り口から続く丘の上から、冷ややかに見つめる一団がいた。
豪華な馬車。
「グランデ商会」の紋章が刻まれたその馬車には、氷のように冷たい美貌の少女が座っていた。
「……ミミル様。あれが、クライナー領のようです」
「……ずいぶんと、騒がしいわね」
少女――ミミル・グランデは、手元の借用書に目を落とした。
「ひと月後、と言っていたけれど……予定変更。今日、この場で判断する」
彼女の冷たい声が、御者に命じた。
「行くわよ。あの馬鹿騒ぎの、絶望の底に叩き落としにね」
最大の脅威が、俺の「ほのぼの内政」のすぐそこまで迫っていた。