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最終章

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  あったかい。

 温かいものに包まれて、気持ちよくてホッとする。
 心地よすぎて抜けられない。
 でも、どうしてか起きないと、と思う。

 ふわふわとしたなか、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。 

「……?」

 ぼんやりとした視界。僕は瞬きを繰り返した。けれど、焦点がどうしても合わない。
 それもそのはず、ほぼゼロ距離に壁があったのだ。これがあったかいと感じてたんだと妙に納得して、僕は身を捩りながらその壁との間に隙間を作った。

「……ん?」

 この壁、何やら人肌の色をしている。しかも寝息のようなものも聞えて…。
 これ、人!? 誰!?、と一気に頭が冴え、僕は慌てて体を起こした。
 
 そこにはシーツ一枚だけを腰まで被った細マッチョな……ゆ、勇者様!?
 予想だにしない出来事に、僕は口を手で押さえ、茫然とその姿を眺めた。心の中では「どうして?」とひたすら復唱しっぱなしだ。
 
 僕は座ったまま後ずさりしようとして、下半身に違和感を感じた。アソコに何かが挟まっているような異物感を。しかも僕は裸だった。
 まさか、そんなわけ…。

「ぅ…ん?」

 勇者様が身じろいで、僕は体を固くした。勇者様の瞼を縁取る艶のある黒い睫毛が震え、ぼんやりとした瞳が少しの間彷徨った後、僕を捕らえた。

「!? …ベ…」

 べ?

 ガバリと起き上がった勇者様は僕を凝視した後、目を逸らした。

「……起きるの遅せぇんだよ、このノロマ」
「ぇえ…?」

 なにその理不尽な『ノロマ』発言。
 でも勇者様は全然僕を睨んでない。眉を寄せて、悔しそうな悲しそうな表情を浮かべている。この表情どこかで見たことがある。
 どこで? 僕は今まで何をしてたっけ?

「……あ、えっと、魔王…? あれ? 夢?」
「夢なわけねぇだろバカ」
「うう…。じゃあ、どうして勇者様と裸で一緒にベッドに寝ているのですか」
「…そりゃヤることヤったからに決まってんだろ」
「…………」 

 夢だ。これはきっと何から何まで夢だ。
 そう、あの時勇者様に手を握られながら天命を全うしたはずだし、僕は今天国で夢を見ているのだ。夢の中だからもっと甘い言葉をかけてくれても罰は当たらないと思うのだけれど、相変わらずヒドイ。

「ったく、おまえが飛び出してくるから、…」

 何やら勇者様はぶつぶつと文句を垂れている。夢の中でも口の悪さは健在だ。

「すみません。僕にはあれぐらいしか…」
「…………」
「でも、勇者様が無事でよかったです」

 最後に見た勇者様は怪我はしていなかったはず。だから僕が飛び出した甲斐は十分にあった。

「このバカヤロウがっ」

 また怒られた!
 僕はただ勇者様の無事を――、と思った瞬間、唐突に裸な勇者様が裸な僕を抱きしめた。裸のお付き合い。夢でも直に人肌が触れると温かいんだな、と余りの事に僕は現実逃避した。夢なのに現実逃避とはこれ如何に。

「…ちがう、そうじゃない」

 そうひとり呟くように言って、その勇者様の幻影は僕をギュっと強く抱きしめなおして、耳元で小さく、

「………サンキュ、な」

 と囁いた。
 サンキュ、又はサンキュー。
 勇者辞典の中でも頻用されるその言葉の意味は確か――『ありがとう』。

 本物の勇者様もそう思ってくれていたらいいな。

 
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