僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

拾参

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俺は一ノ瀬を呼び出した。
 槙野の言う事を鵜呑みにし、一ノ瀬を責めるためではない。会って事実を確認したかったわけでもない。なぜか無性に一ノ瀬に触れたかった。

 いつもと変わらない笑みを浮かべ、俺のモノが欲しかったと嬉しそうに言ういつもと変わらない馬鹿さ。寮部屋とは違う休憩室を珍しそうに見回し、何のためらいもなく服を脱ぎ始める。本当にセックスのみの関係というのを崩さない義務的な態度。
 納得してこうした関係になったというのにどこか気が晴れない。

 槙野が俺を想っていると知っていて俺に近づいたのか。槙野より先に、俺と関係を持つために俺を誘ったのか。最初からあいつに対抗するために俺に…。

 どこからともなく湧き上がる苛立ちのままに一ノ瀬を犯した。線の細い背中を見下ろし、薄い腰を掴んで突き込むと、わざとらしい喘ぎ声があがる。一ノ瀬は俺に合わせて腰を動かし、色の薄い髪を揺らした。
 いつも以上にあの少年のように見える後姿。槙野をあの少年と認識したからだろうか。よく似た華奢な体。俺はその後姿に欲情した。


「ね、先輩。背中届かないから、拭いて欲しいんだけど、いーい?」

 それに応えると、ふふんと嬉しそうに鼻を鳴らす。
 寮でしている時は有無を言わさず中出しし、しかも放置して帰っていたことを考えると、一ノ瀬に酷を強いていたことになる。実際のところ、痛めつけるようなセックスは不本意であり、ほんの一、二回で音を上げるかと考えていた。これ以上続けたとしても、俺にとってもこいつにとっても、益にはならない。もうこの関係を終えた方が良い。
 しかし、やめると言うのを躊躇してしまうのはなぜだろうか。簡単に切ってしまえる関係だというのに。

「風紀委員、忙しいって聞いたよ?」
「…ああ、一時期よりは落ち着いた」
「あの新しく入った生徒会の人、大変だったんだってね」

 知ってるんじゃないのか?、槙野の事を。そう言いかけて、口を噤んだ。
 槙野の話が本当ならば、槙野の動向が気になるといったところか。一ノ瀬に絡んでた五条と万里から生徒会に勧誘されるほど気に入られているのだから、一ノ瀬が槙野を疎ましく感じていてもおかしくない。二人が敵対しているのなら、いざこざが起こる可能性もある。わざわざそこに油を注ぐ必要はない。
 どちらにしろ、今は槙野に付いていれば、何かあったとしても対処できるだろう。

「当分連絡しない」
「えっと、なぁに?」
「時間が取れそうにない。当分これはなしだ」
「えぇ、そうなの? はぁ、先輩とできないとか寂しいなぁ」
「他の奴に慰めてもらえ」
「そーするー。早く終わらせて、先輩のコレ早くチョーダイね?」

 俺は一ノ瀬のいつもの馬鹿な行動に溜息を吐いた。
 やはり、一ノ瀬が何を考えているか分からない。ころころと忙しなく表情を変えるこいつの前だと調子が狂う。その裏側にある感情が読み取りにくい。

 休憩室には何時までいていいのかと聞かれて疑問に思ったが、寮の門限に間に合うまでに出ればいいと答え、俺は先に部屋を後にした。
 他の相手を呼ぶのかもしれない。俺とのセックスでは物足りないのだろう。


 風紀指導室に戻り、副委員長の戸塚とつかと軽いミーティングを済ませる。部屋の戸締りをしてから戸塚と歩き出すと、ちょうど向かいの棟の一階にある保健室から一ノ瀬が顔を出した。そしてそれに続く保健医の華居はない。
 もう門限の九時をとうに回っているというのに、何をしているのだろうか。まさか保健医とも関係を持っているのか。華居はそういう噂をよく聞く人物であり、一ノ瀬のセフレだとしてもおかしくはない。
 それだというのに、なぜか落ち着かなかった。

「大和さん、どうかしました?」
「いや、何でもない」

 戸塚に不審がられて、軽く首を振り、前を向く。

「ホント、素直に槙野の依頼受けるなんて思いませんでしたよー」
「……ちょっとした事情があるんだよ」
「へー。もしかして大和さんも槙野に気があったり?」
「んなわけあるか」
「あー良かった。ホント、何がいいんでしょうかねー。これ以上関わりたくないっていうか…、親衛隊には悪いけど、生徒会入ってくれてホッとしたっていうか…」
「おまえなぁ…、軽々しくそんなこと口にするなって」
「月城が薄気味悪い笑顔浮かべて槙野を構ってるのを見るのが堪らなく嫌だったんですよ!」
「…それはわかる。まぁ、後は俺が何とかするから」

 戸塚と話しながらも、あちらの動向が気になり一瞬振り返ると、華居に抱え上げられている一ノ瀬が見えた。一ノ瀬が華居の体を押し返そうとしているのを見て、俺は弾かれたように駆けだした。戸塚が俺の名前を叫んでいるのを放置して。
 階段を駆け下り、渡り廊下を進む。一ノ瀬の抵抗の声は聞こえず、反対に二人の比較的穏やかな話し声が聞こえ、俺は足を止めた。じゃれていただけだったのか、と踵を返したが、聞かないようにしようとしても勝手に耳に入ってくる会話。

「そんな奴やめて、私にしませんか?」
「えー、ヤダ」
「顔なら負けてない自信はありますけど」
「センセェ、強気! 間違いなくセンセはキレイかっこいいもんねー。でも、やっぱり好みと違うっていうかぁ。…ねぇ、いい加減に降ろしてよ、センセ」
「このまま部屋まで送りますから、じっとしてなさい」
「大丈夫だって。もう痛くないし、歩けるし、ヘーキ」
「保健室の前で動けずに蹲ってたのはどこの誰でしょうね」
「それ言わない約束でしょー」
「秘密を守って欲しいなら、部屋まで抱っこが条件です」
「………しょうがないなぁ。ホントに秘密にしててね」
「はいはい。そんな下手な抱き方する奴のどこがいいんだか…。やっぱり私にしませんか?」
「えー、さっきもそれ聞いたし」

 立ち聞きのような真似をしてしまったバツの悪さも当然あったが、それ以上にその会話の内容に俺は打ちひしがれた。やはり一ノ瀬が馬鹿を装うのは本心を隠すための演技だったのだ。

 俺が去った後も、一ノ瀬は痛みで動けずにいた? 休憩室にいつまでいられるかと聞いたのは体が辛かったから? それほどまでに苦痛を強いていたのか、俺は。
 一ノ瀬が痛みや辛さを一切訴えてこないのをいいことに、これぐらい大丈夫だろうと楽観的になっていた自分に反吐が出そうになる。あの少年の事だけを考え、他を全く顧みていなかった。ただの幻想に憑りつかれた愚かな人間に成り下がっていたことを悔やんだ。

 どうして、そこまで痛みを感じながらなぜ逃げないんだ、一ノ瀬。お前は何を考えてる? 何のために、俺に近づいた。何か目的があるのか?

 
 その日から、俺の中には、あの少年であるはずの槙野の存在はなく、一ノ瀬が占めるようになっていた。槙野の言う一ノ瀬の人物像とあまりにも落差のある今の一ノ瀬。それに槙野に敵意を抱いているようにも全く見えなかった。事実、生徒会補佐の役に就いた槙野の傍にいたが、一ノ瀬は全く槙野に近づきもしなかった。そしてその間一度も一ノ瀬の顔を見ることは叶わなかった。
 しばらくは連絡しないと言っておきながら、何度もスマホの画面にあいつのアドレスを呼び出しては閉じる。それを一日に何度も繰り返した。

 ただ謝りたかった。
 こちらが謝れば、何もなかったように赦すのだろう。こちらを責めることもせずに、いつものようにニコリと笑うのが目に見える。
 結局あいつの心の内を知ることはできないのか。どうすればあいつの本心を聞けるのだろうか。

 そして、槙野が生徒会入りしてから一週間後、毎年生徒会入りするかどうかで騒がれていた瀧元が生徒会に入ることになった。それは突然に決まり、風紀に知らされたのは決定のあった翌朝だった。
 慣れない槙野のためだという名目で為された強引な生徒会役員たちの独断。すでに瀧元は特別寮に移動を済ませたというのだから、俺も風紀のメンバーたちも呆れに呆れた。
 風紀から人員を割いていたというのに、この扱い。戸塚が怒りを露わにしていたが、これで風紀の役目は終わったのだと、これから生徒会の依頼に対して素直に耳を傾ける必要はない、と宥めた。
 毎日のように見せられた槙野のあの鳥肌が立つような上目遣いを見ずに済む事がなにより嬉しく、生徒会にわざわざ顔を出すなどしたくなかったというのが実のところだが。それに槙野から告白を受けたという記憶もフェードアウトさせたかった。

「大和さん。槙野と瀧元の移動で一人の部屋が二つできたんですけど、どちらかに移動するように伝えますか?」

 そう俺に声をかけてきたのは風紀の一年。
 基本一般寮は二人一組で部屋に入る決まりだ。たまり場にさせないため、そして健康状態をお互いで確認させるため。

「合いそうな奴らなら、そうしてくれ」
「あー、俺わかんないんですよね」
「一年の長谷部は何回か話したことありますけど、もう一人は外部生の一ノ瀬で、俺ノータッチなんすよね。大和さん知りません?」
「…そうか、瀧元の同室者は一ノ瀬か」
「はい。あの派手な奴」
「長谷部は図書委員だったよな。槙野が来るまで一人で問題なし…。長谷部に一ノ瀬と同室でいいか聞いてくれるか。無理はさせなくていい」
「了解しました!」

 面倒見のいい瀧元を外部生の一ノ瀬に充てたこと、そしてあの部屋のネームプレートに瀧元と一ノ瀬の名前が並んでいたことを思い出した。
 一ノ瀬は今一人か。ふとそんな思いが浮かんだ。セフレも呼びやすくなり、喜んでいるかもしれないなと、思いながらも心が重くなる。

 この気持ちは何なのだろうか。

 俺以外にも同じようにして欲しいとねだり、足を開いているあいつの姿を思い浮かべるだけで苛立ちが湧きおこる。俺が与える苦痛ではなく、本当の快楽に喘ぐ一ノ瀬の姿。それを目にすることのできる者に対して抱く羨望。そして、あいつを独占したいという欲望。

 まるであいつに……。

 俺はその想いをかき消すために頭を振った。一ノ瀬はあの誘拐事件を起こした首謀者の可能性があるのだ。
 しかし、本当にそうだろうか。実のところかなり怪しいとは思う。
 今回の槙野の話は被害妄想的なものだった。槙野の方が一ノ瀬を敵視しているような節があり、誘拐も槙野が勝手に一ノ瀬がやったと言い張っている可能性も否定できない。

 少し調べるか。

 俺はポケットからスマホを取り出した。
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