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本編
じゅーきゅー
しおりを挟むヤになっちゃうなぁ、ホント。
何にって、自分に。弱い自分に。
もう三年も経ってるし、いい加減忘れたらいいのに、こんなに長い間引きずるなんて、ヤダヤダ。
引きこもりの引き金はもちろん三年前のあの事。
あの直後、僕は一ノ瀬を名乗るように言われて、地方にある小さな町へ越したんだ。その日から町でひときわ大きいお屋敷が僕の家になり、そこに住む優しいおじいちゃんとおばあちゃんが僕の親になった。
いよいよ僕が邪魔になって、追い出されたんだって確信した。その事に関して何も思わなかった。というよりすごく気分が軽くなった。
けど、外に出ようとすると足が竦んで、屋敷の塀で囲まれた敷地内から出られなくなっちゃって…。また、あんな風に車に連れ込まれたらって、思ったらさ。
その時から引きこもりになったんだよね。
学校も行かずに敷地内にある畑の手伝いやら屋敷の掃除、たまに勉強をのんびりとやって、縁側に座って大和さんの事を想った。
元気かな。僕の事覚えてくれてるかな。外に出れるようになったらお礼しに行かないと。また会いたい。もし会えたら何て声をかけよう、って。
あの時が僕にとって一番幸せな時間だったなぁ。なんてったって初恋ですから。
ま、結局、努力の甲斐なく屋敷から外に出られないまま三年が経っちゃって、強制的に高校に入れられることになったんだよね。もう放って置いて欲しいって、外に出れるようになったら自分で働きに出るからって言っても許してもらえなくて、ホント困った。
全部学園の敷地内で済ませられるから大丈夫だって念を押されて、堤さんに無理やり荷物と一緒に車に詰め込まれた。そうなれば僕には選択肢は一つしかないよね。だって、途中で降ろされるなんてことになったら、パニックになるに決まってるし。
だから、一ノ瀬梓になりきろうって。自分じゃなくなればいいって。全然違う容姿にすればきっと怖くないって。槙野梓じゃなくて一ノ瀬梓を演じようって。
そう思ってたけど、こんな数ヶ月で元に戻っちゃうなんて、僕ってほーんとダメダメな奴。
それにしてもさ、先輩が来てくれるなんて思わなかった。欠席したことがあんなに一瞬で大和先輩まで伝わっちゃうなんて、普通は思わないよねー。
僕結構酷いこと言ったはずなんだけど、大和先輩には効いてなかったのかなぁ。しかも、制裁受けてないかまで心配してくれて。
優しくされるほど辛くなるから、もう来ないで欲しいんだけどね…。でも、また先輩の声が聞きたいと思っちゃう。なのに、先輩を信じられなくてどんどん辛くなる、負のスパイラル状態。
はぁ。
堤さんに電話して、何とかここから出れるようにしてもらおう。
僕はスマホを取り出して、登録されている連絡先四件の中から選んで、堤さんに電話をかけた。
『はい。何か』
呼び出し音が鳴り始めた瞬間、聞こえてきた堤さんの抑揚のない声。
「お久しぶりです、堤さん」
『はい。ご用件は』
あー、そういえばこういう人だった。
「引きこもりが再発して…というか、範囲が狭くなって、部屋から出られなくなったんです。僕はここでやっていけそうもないので、一ノ瀬に戻れるように手続きしてもらいたいんですけど」
『できません』
「え、…っと、」
『どうしてもというなら、理様、もしくは丞様に連絡を取って頂き、了承を得て下さい。私個人では判断しかねます』
「兄さんたちに?」
『その学園に貴方を入れるように推されたのはお二人ですから』
「…でも、僕、二人の連絡先知らなくて…」
『私からお教えすることはできかねますので、この話はなかったことに』
ちょ、ちょっと待ってよ!
じゃあ、僕ここでずっと籠ってないといけないわけ!?
「こ、困ります。…父は、父は何て言ってるんですか?」
『話してみますか?』
「……そこにいるんですか? …なら、話したいです」
自分から話したいって言いながらも、緊張のあまり僕は生唾を飲み込んだ。
何年ぶり? 声も覚えてないぐらいなんだけど…。
『………』
少し沈黙があって、電話の向こうにいる相手が変わったのが分かったけど、無言が続く。
「父さん…? あ、…梓、です。お久しぶりです…」
『ああ』
何を話せばいいんだろう。全然頭が働かない。
「…この学園で生活できそうにないので、一ノ瀬の屋敷に戻りたいんです」
『私は関知していない』
「そう、ですか…。…なら、その…理兄さんと丞兄さんの連絡先を教えて貰えますか」
フンと電話越しに鼻で笑われた。こ、怖い。
電話変わったすぐに連絡先聞くのはさすがに失礼だったよね…。でもそれ以上会話することないし、どうしていいかわからない。
『全く礼儀がなっていないのはあの女譲りだな。それにな生憎、他人に大事な身内の連絡先を教えることはさすがにできない。残念だったな』
他人…?
残念って…、そんな。
「あ、あの…」
『おまえとの親子関係は数日前に撤回された。私はおまえの父でも何でもない。理も丞も、おまえとは血縁関係にない』
え、
父さんとは血が繋がってなかったってこと?
兄さんたちとも…?
「どういう、ことですか…?」
『そのままだ。もう、おまえに用はない。後は好きにすればいい』
「…待ってください!」
待って、ってもう一度言おうとしたけど、もう電話の向こうには父――だった人がいないことは分かってた。
そして、返って来たのは堤さんの冷静な声。
『分かりましたか? 既に貴方は槙野とは全く関係のない赤の他人なのです。その赤の他人を助ける義理もありませんので、一ノ瀬に戻るならご自身でどうにかして下さい。――ただ、相応の対価を払うというなら、お手伝いさせて頂くことも可能ですが』
「…対価?」
『ええ。貴方に費やした教育などを含めた費用の返還、他人の子を育てさせられた奥様に対する慰謝料、それから、今回の件の費用を合わせて、一千万円といったところでしょうか』
なに、それ…。
◇ ◇ ◇
電話を切った後、ピンポーンと部屋のインターフォンが鳴るまで、ずっと呆然としてた。
両親が僕を邪険にしてきたことに、やっと納得がいった。
胸にストンと落ちると同時にポッカリと大きな穴が開いて、深く考えると黒いものに足を突っ込みそうで、ただ無心でいるしかなくて…。
それでも頼れるのは堤さんしかいないから、僕が払うべきなのかさえ分からない多額の賠償金みたいなものを背負うことになっちゃったんだけど、ホントどうしよう。
一ノ瀬に戻ったら真面目に働いて、返していくしかないんだけどさ。一千万とか現実味がなさ過ぎる。自分の感覚が追い付いてないかんじ。
こんなことになるなら、最初から僕の事放置しておいて欲しかったなぁ…。兄達には感謝してもしきれないけど、この学園に入るように言っておきながら連絡一つもくれないなんて、こっちとしては辛すぎるよ。
二、三日後には迎えに来てくれるらしいけど、それまではここで引き籠っとくことになるんだよね。この苦しい空間と『槙野』から解放されるなら、そのぐらいなんてことない。
大和先輩の顔を見れなくなるのは悲しいけど、唯人と一緒に歩いてるところなんて見たくないから、一ノ瀬の屋敷に戻ってのんびり大和先輩の事思い出すだけでもう十分。
で、
インターフォンのモニタに映るヒノちゃんと横山君。
まだ二人はあっちには行ってないのかな。
心配かけちゃったんだっていう思いより先に、そう思っちゃう僕って最低だよね。
自分の感情を抑えるのに必死だし、仕方ないってことにしとこ。ずっと胸がじりじりしてて、いつか爆発しちゃいそう…。
「二人ともどうしたの?」
『あっ、アズ! 大丈夫?』
『昼飯食べてないんだろ? これ、差し入れなんだけど』
横山君が購買の袋を持った手を少し持ち上げて、僕に見せてくれる。
「ありがと。ちょっと待って、今開けるから」
大きめのマスクで顔半分以上隠して、伊達眼鏡かけて。さすがに風邪ひきでカラコン付けてるのはマズいからね。
呼吸を整えて、大丈夫大丈夫。ドア開けるだけだから、外には出ないから。
ドアハンドルを握って、ゆっくりと押す。震えだしそうなのを力ずくで抑えて。悟られたらダメだから。
隙間からヒノちゃんの心配そうな顔が見えて、心が徐々に落ち着いてくる。まだ・・、心配してくれてるみたいだから。
「良かったぁ、ちゃんと生きてた!」
生きてたって、あんた…。
横山君も僕の顔をまじまじと見て、意外そうな顔をしつつ、ほっと息を吐いた。
やっぱり雰囲気違うかなぁ? カラコン付けてない地味な黒目見られちゃったってことだよね…。はぁ。皮被ってるけど、コンドームみたくうっすい皮だからすぐに剥がれて、イケてない中身バレちゃうよねー。
「心配したんだからなー。俺でも樋野でもいいから、連絡してこいよ。それに飯持ってこなかったら餓死するだろ」
「……うん、ごめんね。起きたのが遅くて、どうしていいものか迷ってたら、都賀先輩が様子見に来てくれて…、連絡しなくても大丈夫かなーって。…ごめんね」
「もうそれは気にしなくていいから! お薬とか必要なら華居先生連れてくるし、辛くなったら今度はちゃんと連絡するんだよ!」
ヒノちゃんに力説され、「ほら」と横山君からまたずっしりと食べ物の入った袋を渡される。その重さにジワリと胸が熱くなって…泣きそ…。
「しっかり寝て、早く治せよな」
横山君のニッとした笑顔で枷が外れそうになったけど、俯いて耐えた。うーん、耐えれてないかも…。
「…うん、ありがと」
お礼の言葉はその一言で精いっぱいだった。
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