蝶と共に

珈琲きの子

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第一部 第一章

首輪の恐怖

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「……っ…ぅ……ん……ん…」

 アルと同じ軍服を着たガタイの良い男にテーブルにうつ伏せに押さえつけられ、そいつの陰茎が俺の中を行き来していた。
 叩きつけられるような抽送に、内臓や肺を圧迫されて、塞いでいても口から音が漏れる。
 久し振りのその行為に多少穴が痛んだが、暴力を振るわれるよりはましだった。
 


 それは昼前の事。

 アルが外出中にリビングでぼんやりと過ごしていた。棚の本に紛れるようにしてしまわれている小さい箱の装飾に、濁流に飛び込んだ時に見た蝶の彫が入れてあるのを見て、俺は引き付けられる様にその箱を手に取った。
 俺はその蝶の彫に指を這わせ、これに何の意味があるのかと考えていた。

 すると、その男が急にリビングに入ってきたのだ。俺の手にある箱を見ながら何か言っていたけれど、言うまでもなく分からなかった。
 俺が首を振ると、髪を掴んできて、詰め寄るように何かを喚いてきた。

 こわいこわいこわい。 

 ただ恐怖から逃れるために男のベルトに手をかけた。これをすれば殴られる確率は減る。

 男も満足そうにニヤリと笑い、性器を口の前に差し出してきた。

 ああ、最初からこうすればよかったのか。

 売られたのなら、仕方ない。
 
 俺は抵抗もなくそれを口に含み、愛撫する。
 頭を掴まれて、喉まで押し込まれる凶器。苦しいけれど、もう慣れた行為。男が射精するまでの我慢。

 ズボンを下ろされ、慣らしもほとんどないまま、油のようなものを垂らされて入れられた。

 なにも感じない行為。
 
 また、これが続くのだろうか。  
 
 また…。



 中に出されなかっただけましだった。
 けれど、体が、心が軋んだ。
 
 
 俺を犯した男が帰った後、アルは何も変わりなかった。一緒にご飯を作り食事をする。そして、俺が食べるのを嬉しそうに眺めていた。

 何を考えているのだろう。

 タカシのように俺を愛していると言いながら、他の男に売るのだろうか。

  
 ああ、そうだった。
 今、首輪がないんだ。

 
 いつでも食べれるようにとアルが用意してくれた、篭にこんもりと積まれた果物。その横に置いてある、ナイフを手に取り、首に当てた。

 盗賊から与え続けられた痛みに比べればきっと一瞬。


 次死んだら、また違う世界に行くのだろうか、今度はちゃんと『あの世』に行けるだろうか。

 
 窓の外を見上げ、その青く澄んだ空の彼方にある場所に思いを馳せ、俺は手を引いた。




 
 §




 俺は目を開けて動揺した。

 ここ数日間毎日見てきた天井。
 柔らかいベットの感触。

 変わっていない?
 死ねなかった?
 いや、一つ変わっていることがあった。

 
 嵌められた首輪。


 指先にそれが触れた瞬間、俺は発狂した。

 泣きわめき、首を引っ掻いた。
 どうしようもない感情の渦に呑まれた。 

 
 ただ叫んだ。
 


 気付くと俺の両手には包帯が巻かれ、首を掻くどころか物も掴めなくなった。

 けれど、アルは俺の傍にいた。

 頭がぼんやりとして、叫ぶということはなくなった。暴れる気力もなかった。
 
 アルが口元に持ってきたスプーンに口を開ける。アルは変わらず甲斐甲斐しかった。

 何回か寝起きをすると心は幾分か落ち着いて来ていた。

 ある日、教会の神父などが着ていそうな服をまとった青年が来ると包帯が取り払われた。その包帯は俺の爪が剥がれていたから巻かれていたようだった。

 アルが俺の表情を見ながら俺の手を恐る恐る取って、その青年の前に差し出した。そして、大丈夫だ、というようにもう片方の手で俺の背中を擦った。

 その青年が俺の手に手をかざすと、白い光が俺の指先を包んだ。その光が消えた後、俺の爪は元通りになっていた。
  
 魔法。
 本当にあったんだ。

 俺は元にもどった指を眺めた。その横でアルは嬉しそうに微笑んだ。



 数日後、急にアルが部屋に飛び込んできたかと思うと、アルは俺に必死に訴えるようにして、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 アルがとても悲しそうで俺の胸も痛んだ。少しでも何かしたいと思ったけれど、俺のできることはアルの背中を擦るぐらいだった。
 
 少し落ち着くと、あの日手に取った箱をアルは俺に渡してきた。アルはだた俺を観察していた。
 俺がこれを触ったことを知ってるんだろうか。
 俺は蝶の彫に指を這わせ、アルの目を見た。すると、アルはなぜか納得したかのように頷き、服をめくった。
 何が始まるのかと、驚いていると、アルのわき腹にこの蝶の彫と同じ痣があった。
 この箱、アルの大事なものだったんだ。

 するとアルは俺の背中をトントンと指で撫でた。その後その蝶を同じように指さす。

 もしかして俺の背中にもあるのかもしれない。
 見たいけれど、そこはちょうど死角で見えない所にあった。鏡があればいいのに。 


 その後、アルのおかげで俺は順調に平常心を取り戻しつつあった。
 首輪によって、行動が制限されていないことに気付いたから、というのもある。ただ、首を切ることはしてはいけない、とジェスチャーで伝えられた。この首輪は自害防止につけられたようだった。アルはあの呪文を唱えることはないし、暴力を振るうこともない。

 
 でも、俺はまた売られるのだろうか。

 そのために生かされているのだろうか。


 アルとの平穏な生活の中でそのことだけが心に影を落としていた。


 屋敷の庭は広大で、そこにはハーブのようなものが植えられていた。精神が安定してきた頃から少しずつ植物の世話を手伝うようになった。
 
 庭仕事をしていると心が落ち着く。
 
 アルに指示される通りに土を耕し、種を植える。
 この世界では植物が育つ速度が速いのか、種は次の日には芽を出した。毎朝芽を出しているか確かめるのが日課になり、楽しみになった。
 



 しかしまた、その日が来た。


 あの体格のいい男が来たのだ。いつか来ると予想はしていたから、それほどショックは受けなかった。

 俺の前まで来た大男は何やら気まずそうな顔をしていたけれど、俺は構わずに大男の前に跪き、ベルトを外した。――いや、外そうとした手を走って来たアルに掴まれて、止められた。
 アルの目には怒りが宿っていて、間違った事をしてしまったのだと悟った。そして次に来る衝撃に目を瞑り身を縮こまらせた。

 しかし、その衝撃は来なかった。

 代わりにやって来たのは包み込まれるような温かさだった。
 頭と背中に回された逞しい腕に抱きすくめられていた。

 一瞬何が起こったか理解できなかった。

 こんな風にされるのはいつ以来だろう。


 アルの力が弱まり、腕の中から解放されると、横に立っていた大男は俺に何度も何度も頭を下げてきた。
 
 どういうことなんだろう。

 アルを窺うように見ると、アルは首を振って、また抱きしめてきた。

 売られたのではないのだろうか。

 じゃあ、俺はどうしてここにいるのだろう。

 
 
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