蝶と共に

珈琲きの子

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第一部 第二章

愛しき子①

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 この国は魔力量によって地位を与えられるといっても過言ではないほどに魔力に依存している。それは、この世界には紋章持ちエリートというものが存在し、その強力な魔力によって生活が支えられ、国の秩序が守られているのだから仕方のないことだと言える。
 
 その名の通り、エリートは体のどこかに紋章が刻まれた状態で生まれてくる。その紋章には神の加護が付与され、それにより特異な能力を持つことが多いのだ。

 そして、エリートが生まれると、それと番になる子が数年後に生まれる。その番と共にいることで加護がより強くなり、国の繁栄に繋がると言われているのだ。

 紋章は十歳ごろになると形が決まるため、その時に国に登録される。そして同じ紋章を持ったものは引き合わされ、共に暮らし、将来的には結婚に至る事になる。
 それは強制ではないのだが、どういう訳かお互いが惹かれ合い、そのまま結婚する。神が定めた相手なのだからそれが自然の流れなのかもしれない。

 通常、植物を模したような形なのだが、俺の紋章は少し異質で、形の異なる二枚の花弁が左右対称になっている、花のような葉のような、国立図書館にある図鑑にさえ載っていない不思議なものだった。
 そしてその紋章を持った番は十年以上たった今も見つからずにいる。
 
 幸い王族の端くれ、第七王子として生まれた俺――アルベルト・ブラーシュはその変わった紋章の事で何か言われたことはない。王位継承権を放棄した後、母方の姓を名乗り、騎士団専属の調合士として暮らしている。

 調合士はハーブティーやフレグランスと言った日常的なものから薬まで幅広く調合するのが仕事だ。そのため、家のある高台のほぼ全体が畑や植林地になっている。


 
 ある日、騎士団から同じ紋様を持つ者を見つけたという連絡があった。
 
 覚悟してきて欲しい、と言われ、何を覚悟したらいいのかはわからなかったが、何があっても受け止めようと心に決めて向かった。

 
 そこで俺を待っていたのは、ほとんど骨と皮しかないような酷く痩せた少年だった。
 訊くと、盗賊に捕まり、性処理の道具として使われていたという。奴隷の首輪をつけられ、声も奪われて。
 
 今は首輪は外され、間に合わせの毛布に包まれ、まるで死んでいるかのように眠っていた。俺はそんな彼をそっと抱き上げて、家に連れ戻った。

 俺も既に二十三。
 もう会えないとばかり思っていた相手が見つかったのだ。どんな形であれ俺の元に辿り着いてくれたこの子を幸せにするとその時誓った。


 
 しかし、そこまで甘いものではなかった。


 彼は恐怖の中にいた。

 大きな音や声は勿論、俺が触れることにさえ恐怖に体を震わせた。
 その中でも扉の開く音には非常に敏感で、扉を開ける度に床に丸まるように伏せる。まるでそう躾けられたかのように。

 発見された時にはほぼ外傷はなかったと聞くが、回復薬を使われながら暴行を受けていたことは容易に想像できた。拷問に使われるような方法だ。

 俺は拳を握りしめた。



 夜中に何かが割れる音が聞こえて、俺は彼の部屋に飛び込んだ。
 首を引っ掻き、苦しそうに身を捩り、そして、俺の知らない言葉を叫んでいた。絞り出すような掠れた声で。
 助けを求めていることは一目瞭然で、俺は彼の首を掻く手を掴んで外し、強く抱きしめながら背中を擦った。
 
 体のこわばりが落ち着き、ゆっくりとした寝息を立て始めたのを確認して、彼を横たえた。そして、血の滲む首に薬を塗る。
 
 それはその日から何晩も続くことになる。
 

 普段から、聞こえていないふりをしているのはわかっていた。俺の言うことが理解できないというのを隠したいようだった。

 声が出せるということも分かった。
 そして、異国の言葉。
 近隣国の言葉ではない、聞いたことのない遠方の国のもの。この国の人間ではないと知られたくないのだろうか。もしかすると盗賊に連れ去られてきたせいで、ここが何という国なのかも分かっていないのかもしれない。

 とにかく彼にとってすべてが恐怖の対象なのだろう。
 
 彼が自発的に何かを話してくれるまでは気長に待とうと決めた。そして、彼を安心させるためにできる限りの配慮をした。

 一日一日と彼の態度は軟化してきた。
 性的なものを含め暴力を振るわれないと徐々にわかってきたのだろう。
 それが彼の信頼を得ているようで嬉しかった。

 彼を『愛しき子』という意味を込めてティ―ロと勝手に名づけた。彼から名を教えてもらうまでの仮の名だ。彼が聞き取りやすいように『ティ』と呼んだ。
 
 食事量も増え、まだ細いが人らしい外見になって来た。広大な庭を一周できるまでに回復した彼が落ち着いてきたのを見計らって、伴侶の登録を済ませに街まで下りた。

 どこにでもあるような街を珍しそうに見渡す彼。馬車に乗るのもぎこちなく、馬に触れたこともなさそうな様子だった。
 ティーロは本当にどこから来たのだろうか。



 
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