旦那様に浮気をされたので応援してみました

珈琲きの子

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本編

ホームシック

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僕は完全にホームシックにかかっていた。
泣いてもどうしようもないのに、夜になると寂しくて泣いてしまう。二十歳なのに泣くなんて、と自分でも思うけど、我慢するほうが問題だって気付いてからはずっと泣き通しだった。
流石にこのままだとどうしようもないから、少しでも満たされるように、前の世界で食べていたものと似た食品を探すことにしたのだ。

思い立って市場を隅々まで回ったら、米も野菜も肉もすぐ見つかった。
でも、一番の問題は調味料だった。

家にあるのは塩とスパイスのみ。カレー風味のグリルチキンとか香草焼きとか、確かにおいしいんだけど満たされない。
圧倒的に醤油と味噌不足だった。
そりゃあ自分で作れたらいいけど、流石に一般的な男子大学生が調味料の作り方を知ってるなんて都合のいいことはない。
でもこの世界には神子様が召喚されているんだから、絶対に誰かが創り出しているはずだと探しまくった。けど、見当たらなくて、結局ヘルナーさんを頼ることになってしまった。

「少し離れたところでも構わないので、珍しい食品を売っている店を教えて欲しいんです」

困ったらヘルナーさん、という習慣ができてしまったのは申し訳なく思うけど、頼れるのは彼だけだから仕方ない。
しかも嫌な顔をせずに応えてくれるものだから、余計に甘えてしまう。そして僕は今日も画材をカウンターに乗せるのだ。
これこそギブアンドテイクってやつだよね?

「珍しい食品、ですか」
「はい。故郷の味が恋しくなってしまって、変わった商品を置いている所ならもしかしたらあるんじゃないかって……」
「故郷の……それはおつらいでしょうな。是非、貴族街の西城壁門手前にあるクノッヘン商会をお訪ねください。あの店は各地から調味料を取り寄せていて、王城にも卸していると聞きます」
「クノッヘン商会……ありがとうございます……! 早速行ってみます!」
「では一筆書きましょう。……こちらをドアマンにお渡しください」

ヘルナーさんはメモ帳にさらさらとペンを走らせてから、それを僕へと手渡してくれた。

「こんなものまで……いいんですか?」
「うちのお得意様ですから。お望みのものがあることを祈っております。見つかりましたら、是非どんなお味のものなのかお教えください」
「もちろんです!」

おなかを撫でるヘルナーさんに、僕は満面の笑みで返した。
そして教えられた通り、噴水公園から貴族街の城壁に沿って西へ。貴族街の西城壁門に近づくと、明らかに空気が変わった。地面には装飾入りの石畳が敷かれ、路肩には花壇が設けられている。なんだかそこだけ別世界のような洗練された雰囲気があった。
その上、平民の立ち入りを阻むかのように、厳ついほど大きな商店が立ち並んでいる。
南の大通りに並ぶのが路面店とすれば、ここにあるのは百貨店だ。それも一つ一つがその大きさだから、とんでもない財力があることは見て取れた。
その中でも一際目を引いたのは、エレガントなレタリングの看板を掲げたクノッヘン商会。

「こ、怖い」

ヘルナーさんの紹介であり、ここで引き返すわけにはいかない。
僕はスンとすまし顔を作って、店の前に立った。門番のように立つイケメンドアマンがこっちに輝くような笑みを向けてくる。
勇者様の美しさで耐性がついていたのか、その美貌を見ても挙動不審にならずに済んだのは大きかったと思う。

「ようこそ、クノッヘン商会へ」

どんなナリをしていようと態度を変えない店員の鑑のような人だ。べつにヘルナーさんを貶してるわけじゃないけどね!

「ご紹介をいただいて参りました」
「ありがとうございます。拝見いたします」

僕が差し出したメモにちらりと目を通すと、腰ベルトに吊るしていたベルを取り、カランカランと鳴らす。それから、「どうぞ」と両開き扉を開いて僕に入店を促した。

「ごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませ」
「ありがとうございます」

会釈してから店内に踏み込むと、テーラードジャケットを優雅に着こなす壮年の紳士がお辞儀で迎えてくれた。
まさか客一人に対して店員が一人がつくの!?

どう考えても着てくる服を間違えた。一張羅さえもないから、着替えるという考えもなかったんだけど、内心汗だくだった。

「私、ナザリオがご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

店内には商品が全く陳列されておらず、僕は混乱する。まさか個室で商品案内されるタイプの店⁉
そう思い至ったときにはもう遅くて、ナザリオさんが個室の扉に手をかけていた。

「こういったところは初めてでございますか?」
「は、はい、おっしゃる通り初めてで、なにか粗相があったらすみません」
「いえいえ、おそらくそのようなことはおこりませんよ。どうぞ気を楽にしてください。それと、ご希望のものがなければご購入される必要はございません。私どもの糧にもなりますので、はっきりきっぱりとお申し付けください。また、こちらでの会話は他の従業員含め外部に漏れることはありませんのでご安心ください」

ちょっと砕けた口調に彼の優しさを感じる。「ありがとうございます」と返すと、ナザリオさんはちゃきっとした笑みを浮かべた。

「では、早速伺いましょうか」

ローテーブルを挟んではす向かいに腰かけると、ナザリオさんが切り出した。

「はい、こちらでは珍しい調味料が手に入ると伺って参りました」
「ええ、このファリエール大陸にあるものでしたら、すべてそろえております。海を渡って向こう、ということになるとお時間と費用が掛かりますが取り寄せることも可能です」
「取り寄せ……」

かかる費用はどれほどになるのか……恐ろしい。
お願いだから大陸内にあって!と祈りつつ、僕はどう説明したらいいのかと少し考えてから口を開いた。

「先日、神子様を間近で拝見して、本当にお美しくて感動したんです。神子様はどんなところからいらっしゃったんだろうかと色々と考えているうちに、口にされていたものを食べてみたいと思い至ったんです。もし神子様のおられた世界の食べ物を味わえたら素晴らしいことだなと」
「なるほど、神子様の世界の味ですか」
「はい。僕は素人の絵描きなんですが、そういったものを題材に絵を作ってみたらどうかと考えていて……調味料や料理法のようなものが販売されているのなら、是非入手したいと思っているのです」
「調味料や料理法ですね。かしこまりました、用意してまいりますので少々お時間をいただきます」

ナザリオさんは席を立つと会釈してから部屋を出て行った。
僕はドアが閉まり切るのを見届け、一旦おいてから豪快に溜め息を吐いた。

「き、き、緊張する……」

誰もいないことをいいことに、ソファーの背もたれに全身を預けた。
ヘルナーさん、どんな店なのかはっきり教えてくれたらよかったのに…!
でもわかってたら一生入れなかったから、ヘルナーさんはそれをわかって何も言わなかったのかも……
流石商人!目利きの達人!
手のひらの上で転がされていそうな気はするけど、当分は気にせず転がされておこう。

というか、さっきナザリオさんは「用意してまいります」って言ったよね?
じゃあ、あるってこと?
心臓がバクバクと音を立てる。胸が高鳴りすぎて動悸に近いところまで来てしまってる。
だって、もし味噌と醤油があったら……考えただけで口の中がよだれで満たされる。

やばい。このまま持ってこられたら、平静でいられる気がしない。
どんな味かわからない設定なんだから、「おぉこれが神子様の!」とかそんな反応をしなきゃいけないわけで。
ニヤつかないようにできるだろうか。今は勇者様の無表情がうらやましく思えてしまう。

ひとり心の中で騒いでいると、ノックが鳴らされ、ナザリオさんがワゴンを引いて戻ってきた。
ワゴンには、黒い液体が入ったボトルと茶色の物体が入ったジャムほどの大きさの瓶、それから他にも缶詰やスパイスのようなものが数種類乗せられていた。

明らかに醤油と味噌だ。他はよくわからない。もしかしてあれは七味?
もう目が離せなかった。多分僕の目はガンギマっていたと思う。

「では一つずつご紹介いたします」

僕の様子に気付いていたとは思うけど、ナザリオさんは至極冷静にそう言った。

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