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送られてきた写真。あの男には脅す意図はなさそうだったけれど、僕にしたらそれと同等。省吾がUsualだということも知っていたし、僕の周囲のことをすでに調べ上げているということだ。そのうちパートナーになれと迫って来る可能性もある。
テレビをつけているけど映像も目に写すだけで内容は全く入ってこず、頭を占めるのはあの男のことばかり。僕は省吾が帰ってきたことにも気付かず、ぼんやりと空を眺めていた。
「一希、聞いてる?」
「――えっ!」
急に背後からかけられた声に飛び跳ねるほど驚く。振り向けば、当然ながら一緒に住んでいる省吾の姿があった。
「お、おかえり。ちょっとボーっとしてたみたい」
「風邪とかじゃない? 大丈夫?」
「それはないよ、大丈夫」
沈む気持ちを無理矢理高めて笑顔を作る。省吾の大事な時期に心配をかけるわけにはいかない。
「ならいいけど」
「それより発表どうだったの?」
「それ聞いちゃう?」
「もちろん聞くでしょ」
省吾はしょうがないなーというふうに肩を竦めると、ぴらっと一枚の紙を取り出して、僕の目の前にびしっと掲げた。
「ふっふっふ、優秀賞貰っちゃいましたー!」
「えっ」
学部の時も省吾は特待生で学費は免除されていたし、大学院の入試も免除されて推薦で入ってしまった。元々優秀なのは知っていたけど、賞まで貰ってくるとは思わなかった。大きな学会だと聞いてたのに。
「すごい」
僕は表彰状を受け取って感嘆の声しか出せなかったけど、省吾は嬉しそうにニコニコと微笑んだ。
「額に入れようか……」
「恥ずかしいからいいって」
「っていうか、なんで連絡してくれなかったの?! 何か用意しといたのに!」
「んー、賞取ったのは嬉しいけど、そこまで大層なものじゃないから」
「でも」
「じゃあ、お疲れ様のキスして?」
そういたずらっぽく言われれば、呆れると同時に頬が緩む。
「もー」
ほーら、と両手を広げられ、僕は素直に胸に飛び込んだ。それから期待に目を輝かせ僕を見下ろす省吾の唇に、少し背伸びして軽いキスをした。
離れた途端に両腕が背中に回ってきて、ギュっと抱き寄せられる。ふふ、と喜びが零れたような笑い声が耳元で聞こえて、僕も省吾を抱きしめ返した。
幸せ過ぎるひととき。
でも裏切ってしまったというやりきれなさがじわじわと心を暗くして、省吾を抱きしめたまま床に視線を落とした。
「一希? やっぱり体調悪い?」
「……そうかも。もう寝ようかな、明日も仕事だし」
「おっし、そうしよう」
省吾が鼻息を荒くして少し屈んだかと思うと、僕の膝の裏に腕を引っかけていきなり抱き上げた。
「ぅ――わっ、ちょ、っ」
僕が慌てて省吾の首にしがみ付くと、満足げに口元に弧を描きスタスタと歩きだした。
「はーい、一希君はゆっくりお休みしましょうねー」
「もう!」
「今の幼稚園の先生っぽくなかった?」
自分が言った科白にくくと笑いを漏らしながらも僕を寝室のベッドまで運んで、「やっぱ流石に重い」と一緒にベッドに倒れ込んだ。
「しょーごー」
「いいだろ、たまにはこういうの」
「いいけど、腰痛めるよ」
「大丈夫だって、それなりに鍛えてますから。さて、移送費としてもう一回キス頂きましょうか」
そう言って、ちゅっと音を立てて唇を交わすと「おやすみ」と布団をかけてくれる。
「省吾、ありがと」
「どういたしまして」
そして、もう一度おやすみと言うと、寝室の電気を消した。
僕は布団の中で丸まると胸に手を当てた。罪悪感と省吾との関係を脅かされるのではないかという恐怖はあるものの、省吾の優しさと明るさに救われる。
「省吾、大好きだよ」
自分を安心させるように、これだけは揺るぎない気持ちだと誓うように、僕は声を絞り出した。
結局僕は省吾にSubであることを打ち明けられないまま、憂鬱な日々を送ることになった。
ただ、あの男と再会したことでSubの本能が刺激されたのか、前回から二週間も経たずに抑制剤を服用しなければならなかった。一月に一回不安感が襲ってくる程度で済んでいたのに、このペースでいくと抑制剤の服用が十日に一回にまで増えてしまう。
Domのコマンドに対する依存性が明らかに強くなっている。
まるで中毒症状。回数を重ねるごとにDomから逃げられなくなるのではないかと背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「やっぱりおかしい」
「……どうかしたの?」
「どうかしたのは一希だろ。最近ずっと顔色が悪い」
勘のいい省吾が僕の異変に気付くのは当然のことだった。
「ちょっと仕事の方が忙しいんだ。ずっと試験機の前に貼り付きっぱなしで、息つく暇もなくて」
準備していた言い訳で乗り切ろうとするけど、省吾は明らかに疑いの眼差しで僕を見て、それから諦めたように溜息を吐いた。
「今回はその言い訳で納得しとくけど、無理だけはしないようにな。何かあればすぐに俺に言うこと」
「……うん」
嘘であることはすぐにばれてしまったけど、問い詰めないでくれたことに僕はホッとした。でもそれは省吾が僕を信じてくれているから。僕が本当のことを話すって信じてくれてるから。
そんな省吾をもう二度と裏切りたくはない。
どれだけ薬の量が増えたとしても、あの男にはこれ以上靡かない。
僕が僕であるために。これからも省吾と共に日常を送るために。
テレビをつけているけど映像も目に写すだけで内容は全く入ってこず、頭を占めるのはあの男のことばかり。僕は省吾が帰ってきたことにも気付かず、ぼんやりと空を眺めていた。
「一希、聞いてる?」
「――えっ!」
急に背後からかけられた声に飛び跳ねるほど驚く。振り向けば、当然ながら一緒に住んでいる省吾の姿があった。
「お、おかえり。ちょっとボーっとしてたみたい」
「風邪とかじゃない? 大丈夫?」
「それはないよ、大丈夫」
沈む気持ちを無理矢理高めて笑顔を作る。省吾の大事な時期に心配をかけるわけにはいかない。
「ならいいけど」
「それより発表どうだったの?」
「それ聞いちゃう?」
「もちろん聞くでしょ」
省吾はしょうがないなーというふうに肩を竦めると、ぴらっと一枚の紙を取り出して、僕の目の前にびしっと掲げた。
「ふっふっふ、優秀賞貰っちゃいましたー!」
「えっ」
学部の時も省吾は特待生で学費は免除されていたし、大学院の入試も免除されて推薦で入ってしまった。元々優秀なのは知っていたけど、賞まで貰ってくるとは思わなかった。大きな学会だと聞いてたのに。
「すごい」
僕は表彰状を受け取って感嘆の声しか出せなかったけど、省吾は嬉しそうにニコニコと微笑んだ。
「額に入れようか……」
「恥ずかしいからいいって」
「っていうか、なんで連絡してくれなかったの?! 何か用意しといたのに!」
「んー、賞取ったのは嬉しいけど、そこまで大層なものじゃないから」
「でも」
「じゃあ、お疲れ様のキスして?」
そういたずらっぽく言われれば、呆れると同時に頬が緩む。
「もー」
ほーら、と両手を広げられ、僕は素直に胸に飛び込んだ。それから期待に目を輝かせ僕を見下ろす省吾の唇に、少し背伸びして軽いキスをした。
離れた途端に両腕が背中に回ってきて、ギュっと抱き寄せられる。ふふ、と喜びが零れたような笑い声が耳元で聞こえて、僕も省吾を抱きしめ返した。
幸せ過ぎるひととき。
でも裏切ってしまったというやりきれなさがじわじわと心を暗くして、省吾を抱きしめたまま床に視線を落とした。
「一希? やっぱり体調悪い?」
「……そうかも。もう寝ようかな、明日も仕事だし」
「おっし、そうしよう」
省吾が鼻息を荒くして少し屈んだかと思うと、僕の膝の裏に腕を引っかけていきなり抱き上げた。
「ぅ――わっ、ちょ、っ」
僕が慌てて省吾の首にしがみ付くと、満足げに口元に弧を描きスタスタと歩きだした。
「はーい、一希君はゆっくりお休みしましょうねー」
「もう!」
「今の幼稚園の先生っぽくなかった?」
自分が言った科白にくくと笑いを漏らしながらも僕を寝室のベッドまで運んで、「やっぱ流石に重い」と一緒にベッドに倒れ込んだ。
「しょーごー」
「いいだろ、たまにはこういうの」
「いいけど、腰痛めるよ」
「大丈夫だって、それなりに鍛えてますから。さて、移送費としてもう一回キス頂きましょうか」
そう言って、ちゅっと音を立てて唇を交わすと「おやすみ」と布団をかけてくれる。
「省吾、ありがと」
「どういたしまして」
そして、もう一度おやすみと言うと、寝室の電気を消した。
僕は布団の中で丸まると胸に手を当てた。罪悪感と省吾との関係を脅かされるのではないかという恐怖はあるものの、省吾の優しさと明るさに救われる。
「省吾、大好きだよ」
自分を安心させるように、これだけは揺るぎない気持ちだと誓うように、僕は声を絞り出した。
結局僕は省吾にSubであることを打ち明けられないまま、憂鬱な日々を送ることになった。
ただ、あの男と再会したことでSubの本能が刺激されたのか、前回から二週間も経たずに抑制剤を服用しなければならなかった。一月に一回不安感が襲ってくる程度で済んでいたのに、このペースでいくと抑制剤の服用が十日に一回にまで増えてしまう。
Domのコマンドに対する依存性が明らかに強くなっている。
まるで中毒症状。回数を重ねるごとにDomから逃げられなくなるのではないかと背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「やっぱりおかしい」
「……どうかしたの?」
「どうかしたのは一希だろ。最近ずっと顔色が悪い」
勘のいい省吾が僕の異変に気付くのは当然のことだった。
「ちょっと仕事の方が忙しいんだ。ずっと試験機の前に貼り付きっぱなしで、息つく暇もなくて」
準備していた言い訳で乗り切ろうとするけど、省吾は明らかに疑いの眼差しで僕を見て、それから諦めたように溜息を吐いた。
「今回はその言い訳で納得しとくけど、無理だけはしないようにな。何かあればすぐに俺に言うこと」
「……うん」
嘘であることはすぐにばれてしまったけど、問い詰めないでくれたことに僕はホッとした。でもそれは省吾が僕を信じてくれているから。僕が本当のことを話すって信じてくれてるから。
そんな省吾をもう二度と裏切りたくはない。
どれだけ薬の量が増えたとしても、あの男にはこれ以上靡かない。
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