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珈琲きの子

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僕はホテルのベッドに横たわり呆然と天井を眺めていた。

Strip脱げ

そう言われてからの記憶が曖昧で、今もまだ意識は霞がかっている。異常なほど寒く感じて、僕は自分を抱きしめるように縮こまった。
こうなることはわかっていたのにどうしてのこのこと来てしまったのか。一時的な快楽を求めてなんて言うことをしてしまったのか。
信じられない行動をしたと今なら思えるのに、あの時まるで催眠術にかかったかのように体が動いた。

「省吾……」

一番傍にいて欲しい人に助けを乞えない苦しさに打ちひしがれる。こうしてDomにいいようにされたことなど言えるわけがないのだから。

今回も軽いSubDropで済んだのは幸いだったが、それはきっとあの男が作る雰囲気の所為。行為の間もずっと褒め続けることで、こちらの抵抗心を最小限に抑えているからかもしれない。激しいSubDropを起こして病院に搬送されようものなら表沙汰になる。あの男がこうして僕の他にもSubを利用していることは容易に想像できた。

ベッドの枕元のデジタル時計は1825と表示している。
省吾は学会に出席するため終日出かけていて、戻るのは懇親会が終わった後。きっと二十一時は過ぎる。

間に合う。

一番に頭に思い浮かんだのがそれだった。
重い体を引き摺ってシャワーを浴び、身なりを整える。そして足早に部屋を後にした。

電車に揺られつつ考えるのは省吾のことだけ。Subであることを告白したら、抑制剤を止めてパートナーを作れと言われるかもしれない。禁断症状の発作のようにDomに靡いてしまうなら、パートナーを作る方が確実に健全。
だけど、パートナー契約がSubの安全を保障するものじゃないことは身をもって知っている。だからこそSubであることを隠して生活しているというのに。

世の中には当然ダイナミクス持ちとUsualが結婚することもある。けれど結局パートナーがいることで信頼関係が崩れ、離婚率は高いと言われている。その中でも特にSubとUsualのカップルに於いて顕著だった。

今までその理由はDomとSubの間にある特別な関係にUsualが堪えられなくなるからだと思っていた。伴侶が自分以外の相手に跪いて命令を仰いでいるのだから、嫉妬や不安を抱えて当然。そんな風に思っていた。

でもそれは間違いだった。Subに選択権がないからだと今はわかる。一度でもコマンドによる快感を味わってしまえば、選択を迫られた時Domを選ぶしかなくなる。それほどにSubのDomへの依存性は強い。

きっとUsualの省吾には理解できない感情で、そのことで将来苦しませてしまうことになるのは目に見えていた。
パートナーか抑制剤か。僕が省吾にSubであることを打ち明けることで、その選択肢を省吾にも背負わせてしまうことになる。それは避けたかった。

それに何より、省吾以外に心も体も許したくはない。
僕の本心であり、Subの本能とは全く別のところにある。今回の行動はどう考えても自分の中にあるダイナミクスの所為だ。
僕は耳の奥に響くあの男の声から逃げるように頭を振り、寒さに耐えるように腕を擦った。

ダイナミクスなんてなければ、とこんなに強く思ったのは初めてのことだった。
すべては今までなおざりにしてきたツケ。
僕はやりきれない思いに唇を噛んだ。

その時、ポケットに入れていたスマホが震える。トークアプリへの着信だった。
やり取りするのは省吾と大学の時の友人だけ。何の気なしに開くと、『君山』という登録した記憶のない相手の名前があった。でもその名前は確実にあの男のもの。

「なんで……」

疑問が口をついて出た。
まさか勝手に触られた?
ロックもかけていたのに、スマホの中を弄られたのではないかと不安に陥る。そして、トーク画面を見てさらに恐怖することになった。
映し出されたのは一枚の画像。その少しブレた画像に映るのは、間違いなく僕。組み敷かれ、あの男を受け入れている僕の姿だった。
行為の最中の記憶はかなり曖昧で、ほとんど覚えていないことだけが救いだったのに、画像を見せられ夢の中のように感じていたできごとが事実であると思い知らされる。

『今日の君はとても美しかった。君とは相性がいいらしい』

以前会った時から僕が見違えていて、見目のいいSubは服従させるに値すると、僕を欲求を満たすだけのオモチャだと隠しもせずに告げてくる。仲間内にも見せびらかしたい。そんなことまで書かれていて虫唾が走った。
けれど、それはすぐに冷や汗に変わった。最後に綴られていた、Usualの彼にもよろしく、という文面に。

どうして?

一瞬目の前が暗くなり、その間にスマホが指をすり抜けて滑り落ちてしまう。慌てて掬おうとしたけれど、時はすでに遅し。
車両の床にぶつかって一度跳ねたその精密機械は、割れた画面に車内の蛍光灯を細切れに写しながら床に転がった。
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