暗殺メイドと宰相閣下

布施鉱平

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孤児モニカ

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 私の名前はモニカ。
 家名はない。
 親に捨てられ、孤児院で育った、ただのモニカだ。

 もうすぐ16歳になる私は、この孤児院を出ていかなければならない。

 なぜなら成人した孤児は、もう孤ではないからだ。
 住むところがなくても、頼るべき親族がなくても、成人した以上は孤児院から出ていかなければならない。

 ……ならないのだが、私には何もできることがなかった。

 手先は不器用だし、頭は悪いし、身体能力も並だ。

 となると、残された選択肢は一つ。

 街角に立つことだ。

 それはつまり、春を売る、ということ。
 
 正直、やりたくはない。
 
 だが、孤児院で育った女が生きていく道など、それくらいしか残されていなかった。
 
 幸いというかなんというか、容姿には少し自信がある。
 整った顔立ち(際立ったところがない)、スレンダーな体(凹凸が少ない)、ウェーブのかかった赤毛(よくが巻き込まれてる)……

 同じ孤児院の子供たちも「モニカは体が細くて、髪が赤くて、マッチ棒みたいで可愛いね!」と絶賛してくれていた。

 …………

 まあ、死なない程度には生きていけるだろう、たぶん。

 と、人生の転機を目前に、早くも打ちひしがれていた私だったが……
 




 追い出される三日前になって奇跡が起きた。

 
 


 なんと、私…………


 

 
 貴族様に見初められたのだ!

 

 
 ◇




 私を見初めてくれたのは、アンドリュー・なんとか・かんとか侯爵様、37歳。

 スラっとした体型で、鼻の下に生えた一直線の口ひげが似合う、なかなかダンディなおじ様だ。(好みではないが)

 領地の視察をするついでに、孤児院の経営状況を確認しに来てくれたアンドリュー様は、私を一目見るなり「あの娘を、是非とも我が家に迎え入れたい」と院長に申し入れたのだそうだ。

 そして、「代わりと言ってはなんだが……」と多額の寄付金を提示された院長は、「どうぞどうぞ」と一も二もなく私を売り飛……送り出してくれた。
 
 ……少し釈然としない気持ちはあるが、貴族様の愛人なんて、街角に立って春を売るのに比べたら何千倍も恵まれただ。
 
 頑張って、お仕えしたいと思う。

 孤児院の弟妹ていまい達に、仕送りもしてやりたいしね。




 ◇




 やったるでっ! 

 と、意気込みながらアンドリュー様の屋敷に連れてこられた私だったが……
 
 この屋敷に来てから三ヶ月、まだ一度もお呼びはかかっていない。
 それどころか、アンドリュー様の顔を見たのも初日に一回だけ。
 
 どうやらここは別荘的な場所で、アンドリュー様は現在、本邸の方で暮らしているようだった。

 そして別荘に押し込められた私はといえば……

 





 徹底的に、礼儀作法を叩き込まれていた。

 
 …………

 
 いや、いいんだよ?

 それはいいんだ。
 
 貴族様のお相手をするのだから、礼儀作法は必要だろう。

 だけど、どうもおかしい気がするんだよね。
 
 私は孤児だったので、貴族様のしきたりというか、習性というか、そういうものにはうとい。
 というか何も知らない。
  
 でも、どうしても違和感がぬぐえないのだ。 
 
 言われるままに動いてはいるものの、愛人にも使用人にも必要のない知識や技術を、色々と仕込まれている気がする。

 そこで、私は自分自身を見直すために、私の一日を紙に書いてまとめてみた。

 こんな感じだ。
 



~~~~貴族の愛人、モニカの一日~~~~


 朝起きる(日の出と共に)
  
  ↓
 
 屋敷の周りをジョギング(眠いし寒い)

  ↓ 

 朝食(私が作って一人で食べる)

  ↓ 

 三角眼鏡のメイド長に、礼儀作法、ベッドメイキング、掃除の仕方などを教えてもらう(これは普通) 

  ↓ 

 昼食(私が作って一人で食べる) 
 
  ↓ 

 黒コートの男に、人体の急所、短剣の扱い方、気配の殺し方、ピッキングなどを習う(ここ! ここおかしい!) 

  ↓ 

 夕食(私が作る。なぜか黒コートの男も一緒に食べる……!)

  ↓

 黒コートの男が、暗殺された貴族の歴史を、その暗殺方法まで詳しく教えてくれる(アンドリュー様を暗殺から守るため、と考えるならおかしくはない…………のか?)

  ↓

 お風呂に入る(黒コートとの実践訓練で出来た傷にしみる)

  ↓

 寝る(一人で)
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 やっぱりおかしいよね!?

 夕食後の歴史の勉強(?)は百歩譲ってありだとしても、昼食後のやついる!?
 
 っていうか、黒コート! お前誰だよ!?

 なんかしれっと私の日常に入り込んできてるけど、どう考えたって一般人じゃないよね!?
 地下とか闇とか、そういう組織に属する人だよね!?

 はぁ、はぁ、はぁ…………


 …………


 ……ほんとに私、愛人なんだろうか?
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