暗殺メイドと宰相閣下

布施鉱平

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執事ウォルター

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 わたくしの名前はウォルター・スミス。

 ダグラス侯爵家の執事バトラーとして働かせていただいている老骨です。

 いついかなる時も優雅に、冷静に、主人のために仕事をこなす。
 それを何よりの誇りとして生きてまいりました。

 身に染み付いた仕事柄、あまり慌てることもありませんし、この年になれば驚くようなことも少なくなり、淡々とした日々が続いておりました。

 もうそろそろ引退を考える時期かと思案していたちょうどその時。

 現れたのでございます。
 
 クラウディアお嬢様に瓜二つの、モニカ・メルディスという少女が。



 
 ◇




 衝撃の初対面からひと月。

 私も旦那様も、モニカという少女から目を離すことができませんでした。

 見た目だけではなく、何から何までお嬢様ソックリなのです。

 クラウディアお嬢様は、幼い頃から公爵家令嬢とは思えぬほどやんちゃなお方でした。
 少し目を離すと庭の魚を釣り上げてその場で塩焼きにしてしまうような、野性味あふれるお方でした。

 そしてこのモニカという少女も、まさに同じようなことをやってのけたのです。




 ◇




 モニカ嬢が料理を作りたがっていると聞いたとき、私は毒を盛るつもりなのではないかと疑いました。

 お嬢様とよく似た外見をしているとは言え、この少女はあのバルディア侯爵が送り込んできた人間なのです。
 油断はできません。

 私はいつも以上に注意深くモニカ嬢を観察しておりましたが、彼女がなにを作るつもりなのかを知った途端、不覚にも生まれ変わりという言葉を信じそうになってしまいました。

『マルウオのソテー』

 それは、お嬢様の得意料理でした。
 というよりも、釣りが趣味のお嬢様が近くの川でぽんぽん釣り上げてきてしまい、毎日のように食卓に上がるので旦那様がうんざりしながら食べていたのを記憶しております。

 本来であれば、貴族の食卓に上げるような食材ではありません。

 ですが、楽しそうに料理をするモニカ嬢を止めることは、私にはできませんでした。
 
 私は不覚にも流れてきた涙をそっとハンケチで拭き取ると、旦那様に「問題はございません」と告げました。

 果たしてその夜、旦那様は、『なんという……なんというものを食べさせてくれたのや!』と感涙に咽びながら皿を舐めるように料理を平らげ、モニカ嬢に対して三日に一度はこの料理を出すように告げておられました。

 旦那様…………ようございましたね。




 ◇


 

 それから数日後、モニカ嬢が旦那様をバルコニーに呼び出したと聞き、私は念の為に様子を伺っておりました。

 あそこは、旦那様とお嬢様がよく一緒に星を見られた思い出の場所。
 すでにモニカ嬢に対する疑いはほとんどなくなっておりましたが、彼女を送り込んできたのがバルディア侯爵なだけに、何もないとも思えないのです。

 万が一にも旦那様に何かあっては、亡くなられたお嬢様に申し訳が立ちません。

 私はひっそりとバルコニーに続く部屋のカーテンにくるまりながら、モニカ嬢をそわそわと待ち続ける旦那様を伺っておりました。

 そしてそれから十分ほど後。

 モニカ嬢が現れました。

 靴を脱ぎ、足音を立てぬようにそっと旦那様に近づいていきます。

 …………あぁ、思えば、お嬢様もよくあのようないたずらをして旦那様を驚かせておいででした。
 懐かしさに、視界が滲みます。

 そして、猫のようなしなやかさで旦那様に近づいたモニカ嬢は、勢いをつけて旦那様に抱きついていきました。

 驚く旦那様。
 
 そして、抱きついたまま動かないモニカ嬢…………

 …………これ以上覗き見るのは野暮でございますね。

 私はモニカ嬢にならい、足音を立てぬように靴を脱ぐと、そっと部屋をあとにしました。

 その後のことについては、使用人である私が想像を巡らせるようなことではございません。

 ですが、旦那様。

 どうか、どうかお幸せになってくださいませ。

 それこそがクラウディアお嬢様の願いであると、このウォルター、確信しております。
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