どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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終章

対峙

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「────予想はしていたが……やはり、罠か」

 ミゼルに転移魔術で跳ばされ、キャスク平原に降り立ったリディアは、目の前に立ち並ぶ黒騎士たちに鋭い視線を送りながら、ぽつりと呟いた。

「森の中にもけっこういるな。隠れてるつもりなんだろうが」

 鼻をひくひくと動かしながら、アレックスが言う。

「十人一隊が十で百人……でしょうか。アレックスさん、森の中には何人くらいいるのですか?」

 そして最後の一人・・・・・、マリアベルがアレックスに問いかけた。

「三十人くらいだな」
「計百三十人か……ざっと見た感じだと、剣や槍などの武器を持ってるのはB級の戦士職相当。杖を持っているのは同じくB級の魔術師相当の実力といったところか。
 ……なるほど、大した戦力だ」

 ちらりと軽く視線を巡らせただけで敵の戦力を見定めながら、小声で情報を共有し三人は前に進んでいく。

 その歩みが止まったのは、隊をなす黒騎士たちから、およそ三十歩ほどの距離にたどり着いたとき時だった。

「この集団のリーダーはいるかっ!」

 立ち止まったリディアが、鋭く声を張り上げる。
 だが、黒騎士たちに反応はない。

 全員微動だにせず、隊列を保ったまま、感情の窺えない不気味な視線をリディアたちに向けている。

「……ぶっとばしていいか?」

「まだ早い、抑えろ」

 はやるアレックスを、リディアが抑えた。
 少年の姿を、そして安否を、まだ確認できていない。

 ここで焦って行動を起こしては、彼の身に害が及んだり、転移によって連れ去られてしまう可能性がある。

 じりじりと、黒騎士たちとリディアたちとの間に、目に見えない圧力が高まっていく。

 そのまま、十数秒が経過しただろうか。
 突如として黒騎士の隊列が二つに割れた。
 
 そして、その中央を、一人の人物が歩いてくる。

「────お初にお目に掛かる。貴女あなた方が、噂に名高い『はぐれ者たちマーヴェリックス』、で間違いないかな?」

 黒い壁の間から現れたのは、女神と見紛うほどの美女だった。

 太い眉、つぶらな瞳、小さくて丸い鼻、分厚い唇、縮れた黒髪、大きく丸い顔、ふっくらとした胴体、短い手足……どれもこれもが、この世の美を体現しているかのような神々しさだ。

「……そういうお前は、アイーシャで間違いないか?」

 険しい表情を崩さないままそう答えるリディアに、アイーシャは「ほぅ……」と感心するような声を漏らした。
 彼女の美貌を前にして、そういった態度を取ることが出来た人間は、これまでにただの一人も────あの少年を除けば、存在しなかったのだ。

「確かに、私の名はクロード・アイーシャという。クロード子爵家の現当主だ。高名なA級冒険者パーティーのリーダーであるリディア殿が、私のような末端貴族をご存じとは、光栄の極みだよ。
 ……ああ、それとも、もしかしたらミゼル殿から聞いていたのかな?
 彼女とは昔、親しくさせてもらった仲でね。そういえば姿が見えないようだが、ミゼル殿は今どこに────」

「御託はいい。彼を、返せ」

「…………っ」

 台詞を遮って放たれた、リディアの静かだが斬りつけるような殺気を孕んだ声に、アイーシャが息を飲む。

 それと同時に黒騎士たちがアイーシャを庇おうと動き出すが、当のアイーシャが手を上げ、その動きを止めた。

「……なるほど、世間話はお嫌いか? リディア殿。
 なら、こちらも単刀直入に言わせて貰おう。
 ────私の指揮下に入れ、はぐれ者たちマーヴェリックス
 お前たちの力は、世界を変えるために必要な物だ」

「断る」

「そう、結論を急ぐ必要は無いだろう。
 よく考えてみるがいい。この世界は、生きづらいと思わないか?
 姿が醜いという、ただそれだけの理由で、貴女たちほどの実力者が疎まれ、蔑まれる。
 それも、自分たちより圧倒的に劣る者からだ。
 顔が美しければ、無能でもいい職に就ける。
 スタイルが良ければ、そうでない者よりも早く出世できる。
 
 ────そんな世界はクソだ。

 眉が濃い、髪が縮れている、顔が丸い、目や鼻が小さい、手足が短い…………
 そんな外見的な特徴に、観賞用以外の何の価値がある。
 人は内面────能力にこそ、価値を見い出すべきなのだ。
 過去の偉人に……勇者ファナカに似ているから、それが何だ。
 外見そとみがどれだけ似通にかよっていようと、そこに中身が伴っていなければ、かえって国の祖たる王に不敬であると、なぜ誰も思い至らない。
 まるで…………そう、まるで『呪い』のようではないか。

 世界にかけられた呪い。
 私にも、お前たちにも等しくかけられた、容姿至上主義でも言うべき呪いだ。
 
 変えたいと思ったことはないか?

 壊したいと思ったことはないか? 

 今の境遇を。

 ────この世界を!

 ……私の元に来れば、その望みを叶えるために戦うことが出来る。
 そして勝利した暁には、美醜で差別される事の無い、真に平等な世界を作ることが出来るのだ。
 その光景を、見てみたいとは、思わないか?
 そんな世界で、誰にはばかることなく、誰の目も気にせず、あの少年と穏やかに暮らしていきたいと、そうは思わないか?」

「…………」

 滔々とうとうと語るアイーシャの言葉を、今度は遮ることなく、リディアは最後まで聞き終えた。

 その胸に去来するのは、生まれてからこれまでの、自らの人生。

 醜いという理由で、親に捨てられた。
 
 醜いという理由で、人から蔑まれた。

 醜いという理由で、誰からも愛されなかった。

 それは全て事実であり、アイーシャの言うとおり、変えたいと思ったことも、壊したいと思ったことも、それどころか死にたいと思ったことさえもある。


 ────だがそれは、少年に会う前の自分だ。

 
 少年に出会ってから、リディアは変わった。

 いや、リディアだけでない。
 ミゼルも、ルナも、アレックスも、マリアベルも。

 少年を愛した全員が、少年に愛された全員が、過去の自分と決別し、生まれ変わることが出来た。

 世界を憎むのではなく、人を羨むのではなく、自分を蔑むのではなく、人を愛することの出来る喜びを胸に、生きることを楽しめるようになった。

 アイーシャの言葉に賛同する部分も、もちろんある。

 かつての自分たちのように、世界には醜さ故に幸せを知らぬ人間が数多くいるだろう。
 ひとつの種族全てが蔑まれている、エルフなどがその筆頭だ。

 だから、それを救うために戦う、というアイーシャの行動を咎めるつもりは、リディアにはない。
 社会の制度を統治者が変える。
 それもまた、ひとつの救済であると思うからだ。

 だが、共に成そう、とは思わなかった。

 統治する者が制度によって差別を根絶しようとも、所詮は表面的なものに過ぎない。

 今なら、それが分かるからだ。

 いくら平等を強要されたところで、人は変わらない。
 他人を羨んだり、蔑んだり、憎んだりする思いは、心の内側から無限に湧いてくるものだ。


 それを消し去る唯一の方法は────誰かを愛し、そしてなによりも、自分自身を愛せるようになること。


「ふっ……」

 そこまで考えて、リディアの口から思わず笑みが漏れた。

 どれだけ考えたところで、その思いを目の前の人物に伝えるつもりなど毛頭無い。
 また、伝えられるとも思えない。

 言葉で伝わるものではないからだ。

 ならば、いま言うべきことは一つだけ。

「……私たちは、未来とか、世界とか、そんな大それたことについて語るために来たわけではない。
 奪われた夫を取り返しに来た。ただ、それだけだ」

 そのリディアの言葉が終わると同時に、突如として空を透明な天蓋てんがいが覆い尽くした。

「これは……」

 驚き、空を仰ぎ見るアイーシャに、リディアが告げる。

「お前の古い知り合いだという、ミゼルだよ。これは彼女が施した〈守護結界イージス〉だ……ただしこれは、外からの侵入を拒むのではなく、内から外への脱出を阻む為のもの。
 空を飛ぼうと、地を掘り進もうと、外に出ることは絶対に不可能だ。
 もちろん、転移であろうともな。
 そして、これをミゼルが発動させたということは、間違いなく彼がこの場にいることを彼女が感知した、ということでもある。
 ……大人しく、彼を返すというのならば、誰も傷つけはしない。
 おそらく彼自身が、それを望まないだろうからな。

 ────だが、拒むのであれば……」

 その先を口にせず、ただ赤い瞳に戦意を滾らせ、リディアは剣を抜いた。

 それに呼応するように、対峙する黒騎士たちも一斉に鞘を払い、杖を構える。

 アイーシャも、今度はそれを止めようとはしなかった。

「……そうか、まあ、こうなることも予想はしていた。
 残念だが、仕方あるまい。

 ────殺せ」

 そして、美の女神が発したその一言により、戦いの火蓋は切って落とされた。
 
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