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家族

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 なんとかスラムを抜け出した後も、ボクとウィルはなるべく人通りのない道を選びながら歩いて、ようやく神殿にたどり着くことができた。

 そこで待ち受けていたのは…………

「リースっ!!」

 完全武装した神殿の武官たちと、それを指揮する父さんの姿だった。
 明らかに数が多すぎるのは、たぶん非番の武官までかき集めたからだろう。

 そこにひょっこりと帰ってきてしまった時の居たたまれなさと言ったら…………

 まあ、完全にボクが悪いんだけどさ。

「嬢ちゃんが戻ってきたぞ!」
「いやー、良かった良かった!」
「これで武官長の重圧プレッシャーもちょっとは…………あ、すんません」

 ボクのために集まってくれた人たちが、思い思いに安堵の声を発する中、ゆっくりとした足取りで近づいてくる女性。

 …………ボクの母さんだ。

「リース…………っ」
「あっ!」

 ボクは目の前で崩れ落ちそうになった母さんを、咄嗟に支える。
 母さんの体は、細かく震えていた。

「リース…………リース…………無事で良かった…………」

 涙ながらにボクの無事を喜んでくれる母さん。

「お母さん…………ごめんなさい…………」

 ボクは心の底から母さんに謝った。
 自分の行動が軽率だったことはいなめない。

 なにせ、三日間も寝たきりだった七歳の女の子が、今度は飛び出したっきり夜まで行方不明だったのだ。
 親なら死ぬほど心配して当たり前だろう。

「いいの…………いいのよ、リース。あなたが無事だったなら、私はそれ以上何も望まないわ…………」

 母さん…………さすが神官長を務めているだけあって、優しくて寛大な人だ。

「俺はただ許すつもりはないぞ、リース」

 う…………いつの間にか近くにいた父さんが、腕組みしてボクを見下ろしている。
 
「ふぐっ、ご、ごめんなさい、お父さん…………」

 さすが武官長を務めている父さんだけあって、怒ったときの威圧感が半端ない。
 睨まれるだけで泣きそうになる。

「ん…………? リース、その子は?」

 その恐ろしい父さんの視線が、ボクのすぐ後ろにいる男の子────ウィルへと向けられた。

「あ…………この子は…………」
「……俺は、ウィルといいます。お嬢さんは、俺の心と母の魂を救ってくれた素晴らしい方です。
 ですから、どうかあまり怒らないであげてください。…………お願いします」

 ボクが紹介するまもなく、父とボクの間に入って名を名乗り、頭を下げるウィル。
 
「む…………」

 父もみすぼらしい姿の少年の礼儀正しい態度に面食らったようで、なにか言いかけていた言葉を飲み込んだ。
 
 ただ、ボクに向けられた視線は『あとで説教だからな』と如実に語っていた。

 はい、そうですね。
 全面的にボクが悪いので、素直に怒られようと思います…………

 


 その後、ボクは父さんにガッツリ怒られた。
 それはもう、ガッツリと、こってりと、完膚なきまでに怒られた。

 スラムに行った理由も当然問い正されたが、『胸騒ぎがして、居ても立ってもいられなくなって飛び出した』とだけ言っておいた。

 本当の理由なんて言えるわけない。
 娘の中身が三十のおっさんだとか、実は将来寝取られたりレイプされるのを回避するために頑張ってますとか、両親だってそんな真実聞きたくないだろう。

 そして、ボクがスラム街から連れ出してきたウィルの処遇に関してだけど………… 

 最初は神殿が経営する孤児院に送られる予定だったのを、ボクがゴネにゴネて神殿に武官見習いとして置いてもらえることになった。

 神殿の警備責任者である父さんは当然いい顔をしなかったけど、神官長である母さんに「これも神のお導きかもしれません」と言われては引き下がらざるを得なかったようだ。

 神様って便利だ。

 これで流れとしてはゲームと同じになったわけだけど、ボクがフライングしたせいで三年早くウィルを保護することになってしまった。
 
 ウィルを救えたことを後悔はしていないが…………

 これからどうなるのか、ウィルを早く保護したことで物語にどのような影響が出るのか、少し不安でもあった。

 
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