僕は死んだ。そして転生した。…………エロゲのヒロインとして。

布施鉱平

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ウィル

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 僕…………俺の名前はウィル。
 かつてはウィリアム・ブレイクという名前だったけど、今はただのウィルだ。

 父はローデシアという王国で将軍をしており、母はローデシアの第三王女────お姫様だった。
 つまり、俺は王位継承権こそ低いものの、王族の血を引いているということになる。

 …………今となっては、全く意味のないことだけれど。

 ローデシアは魔王の領地にほど近い場所にあり、常に魔族からの侵攻を受けていた。

 父は将軍として懸命に戦ったが、ある日、戦に出たまま帰ってこなかったそうだ。

 そして、父を失ったローデシアは魔族の軍勢に抗しきれなくなっていった。

 それでも数年は持ちこたえたが、俺が四歳になった年、魔王が直々に軍をひきいて攻め寄せてきた。 
 かつてない大侵攻に、ローデシア軍は為すすべもなく壊滅。

 国は蹂躙された。

 家や畑は焼かれ、国の象徴である王城は完膚なきまでに破壊された。

 男は殺され、女は犯され、子供は魔獣の餌にされた。

 俺は魔族に────魔王に全てを奪われたのだ。
 故郷も、友人も、幼かったせいで顔すら覚えていない父親も、何もかも。

 ただ一つ残された母とともに、俺はいくつもの街を転々と彷徨さまよった。

 だけど、子供でしかない俺と、お城やお屋敷からほとんど出たことのない母では、何をどうすればいいのか、どこに助けを求めればいいのかすらも分からなかった。

 母がお城から持ち出した金貨や、身に付けていた宝飾品を売ってなんとか食いつなぐことは出来ていたが、手に入れられる食料は多くなかった。

 そうとう買い叩かれていたんだと思う。
 
 魔族に追いやられたあとは、人間に騙され、毟り取られたわけだ。

 あっという間に食料を買うお金はなくなった。

 それでも俺と母は生き延びた。
 泥水を啜り、木の実や草を食い、人間というよりは動物みたいな生活を送りながらも生き続けていた。
 
 だが、そんな日々は俺と母の心身を確実に衰弱させていった。

 そして、聖都ハーディアにたどり着いたところで母に限界が訪れた。

 俺は倒れて動けなくなった母をスラムの廃屋に匿うと、毎日水と食料を運び続けた。
 といっても、スラムで手に入るものなんてろくなものじゃない。
 
 濁った水、ネズミの死体…………そんなものばかりだ。

 生きるために人も殺した。

 俺にちょっかいを出そうとしてくる浮浪者を三人ほど、母が売らずに残しておいた短剣で刺殺したのだ。

 そのことに罪悪感はない。
 必死で抵抗しなければ俺はひどい目に遭っていただろうし、そもそも俺は人というものに価値を感じられなくなっていた。

 それからも、地獄のような毎日が延々と続いた。
 
 そしてハーディアのスラムに到着してから約二年が経った頃────母が、動かなくなった。
 
 俺は、頭では理解していた。
 母は死んだのだと、もう面倒をみる必要はないのだと知っていた。

 だけど、心が認められなかった。
 俺に残された、たった一つの心の拠り所が無くなってしまったのだと認めたくなかった。

 だから俺は、水と食料を運び続けた。
 そして、いつしか母は生きているのだと信じ込むようになっていた。

 思えば、俺はあの時狂っていたんだと思う。
 狂っていく自分を、自ら受け入れていたんだと思う。

 そうでもしなければ、あの環境に、あの絶望に耐えられなかったのだ。

 ────だけど、それも終わる時が訪れた。

 母の眠る廃屋を守る俺の前に、ひとりの少女が現れたのだ。

 最初は話しかけてくるその少女を無視し続けた。

 所詮人間というのは他人を騙し、自らの利だけを考える生き物だからだ。

 でも、その少女は俺がいくら無視し続けても諦めずに話しかけてきた。

 一時間もすると流石に無視していられず、俺はポツポツと少女の言葉に答え始めた。

 不思議な少女だった。
 そもそもスラムには似つかわしくない服装をしているし、肌ツヤもいい。
 
 それに、何とも言えない不思議な魅力を持っていた。
 俺が声を発したときの、その少女の嬉しそうな顔には、壊れかけていた俺の心すら少し動かされたくらいだ。

 そしてその少女────リースと話しているうちに、彼女が回復魔法を使えるのだということが分かった。

 まだ初級に過ぎないようだが、それでも回復魔法は回復魔法だ。

 俺は少女に頼んで、動かなくなった母に回復魔法をかけて貰うことになった。

 だが…………

「ウィル、よく聞いて。君のお母さんは、もう亡くなってる」

 リースは俺を抱きしめながら、しっかりと言い聞かせるようにそう言った。

 その一言は、俺が俺自身のために作り上げた優しい幻を壊す言葉だった。

「…………うそだ」

 俺は彼女こそ嘘をついているのだと自分に言い聞かせ、リースから離れようともがいた。

 だが、リースは俺が彼女のことを蹴っても、叩いても、俺のことを抱きしめて離そうとはしなかった。
 その暖かさが、優しさが、狂気に染まりかけていた俺の心を少しずつ浄化していく。

 俺にとって、それは苦痛だった。

 正気に戻った俺を待っているのは、全てを失ったという現実だけだからだ。

 いやだ、やめてくれと、俺は暴れ、みっともなく泣き続ける。
 そんな俺を、リースは優しく撫で続けた。

 どれくらいそうしていただろうか。
 
 俺の心の中に残っているのが狂気ではなく悲しさだけになったとき、リースが口を開いた。

「ウィル。お母さんのために、祈らせてくれないかな」

 その言葉が何を意味するか、俺は知っていた。

 魂を浄化させ、神の下へと送る『鎮魂の儀』。
 それは、決して初級の回復魔法しか使うことのできないような神官見習いに出来る儀式ではない。

 神の下へ魂を送るというのは、神と直接交渉するに等しいのだ。

 完全な鎮魂の儀を執り行うことができるのは、神官の中でもかなり上位に位置する一部の者だけのはず。

 だけど俺は、リースの優しい嘘を受け入れることにした。

 小さく頷く俺を離すと、リースは母の亡骸に向かって祈りを捧げる。

 その姿はどこまでも真剣だった。

 嘘やごまかしの祈りではない。
 心から死者を悼み、その魂が救われることを祈る聖職者の姿だった。

 そして────奇跡は起こった。

「…………あ」

 俺は思わず声を上げていた。
 母の体が、うっすらと光っていたのだ。

 その光は次第に母の体から離れて浮かび上がり、ある形をとって俺の前に立った。

「…………おかあ、さん」

 それは紛れもなく母の姿だった。

 しかも、やせ衰える前の、幸せそうな笑顔を浮かべている母の姿だった。

 俺と目が合うと、母はニッコリと微笑んだ。

 その笑顔は、絶望の果てに無念を残して朽ちた者の表情ではなく、俺に対する限りない愛を宿した優しい笑顔だった。

 俺は手を伸ばした。

 最愛の母に。
 俺に唯一残された絆に。

「あ…………」

 だが、俺の手が母に触れる直前、母の姿は光の粒となって消えていった。

 俺は、消えていこうとするその粒の一つを咄嗟に握った。

 そして開いてみるが、そこに光は存在しない。

 しかし────

 俺はゆっくりと息を吸い、そして吐いた。

 俺の中で、何かが吹っ切れていた。
 母を失った悲しみが消えたわけではないが、それ以上に暖かな光が、俺の心を満たしていたのだ。

 …………リース。

 母の魂を救うために奇跡を起こし、そして俺の心までも救ってくれた少女。

 俺は今日、何もかもを失った。
 今まで俺と共にあったものは、母の死を受け入れたことで全て過去になり、消えていった。

 だけど、過去を失った代わりに、俺は未来を手に入れた。

 一度目を閉じ、そして開く。

 新しい世界がそこにあった。

 俺がこれから生きていくべき世界の中心が、そこにあった。

「君は…………」

 そこまで口にして、言葉が途切れる。

 改めて見たリースの姿が、あまりにも美しかったからだ。

 次いで出た言葉は、余りにも陳腐だったが、俺の真情だった。

「…………リースは、天使?」

 にっこりと微笑み返してくれたリースの可愛らしい顔を、俺は一生忘れないだろう。


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