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教導場にて
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駆けつけたボクの目に飛び込んできたのは、数人の武官候補生と、教導場中央で木刀を構えるウィルの姿だった。
思わず名前を呼びそうになるが、ウィルの対面に立つ人物を見つけて声を飲み込む。
ウィルに木刀を向けて対峙するその人物。
それは、さっき父さんとの会話に出てきたハインツ・カールマンその人だった。
足の回転を落とし、ゆっくりと近づいていく。
そして注意深く観察してみると、ウィルの体が所々赤くなっているのが見えた。
ハインツの野郎……早速ウィルにちょっかいを出してきたのか。
ハインツはボクやウィルよりも七つ年上だから、今は十四歳のはずだ。
この幼少期で七歳の年齢差というのは、致命的なまでに大きい。
いくらウィルが教導役に一発入れられるくらいまで腕を上げていたとしても、すでに教導役を超える腕前を持ち、筋力も間合いも上回るハインツに勝てるわけがない。
「何をしてるんだっ!」
ボクはハインツに対する苛立ちもあり、大きな声で呼びかけた。
その声に反応したウィルの視線が、ボクの方に向けられる。
瞬間────
ガッ!
という打撃音と共に、ウィルの木刀が教導場の端まで飛ばされた。
「ウィルっ!」
すぐさま駆け寄り、ウィルの状態を確認する。
歯を食いしばって悲鳴一つあげないウィルだったが、右手が手首の部分から折れ曲がっていた。
「〈中級回復〉!」
慌てて覚えたばかりの回復魔法をウィルにかける。
頑張っていたのはウィルだけじゃない。
ボクだって(主に自分のために)頑張っていたのだ。
完全に折れていたウィルの手が元の位置に戻り、体中の赤みも引いていく。
「よかった…………」
〈初級回復〉では、疲労や擦り傷くらいしか治すことができない。
もしこの〈中級回復〉を覚えていなければ、救護院までウィルを運ばないと治療することができないところだった。
「…………何てことをするんだっ!」
振り向きざまに、怒りを込めた言葉をハインツにぶつける。
だが────
「何てことを? おやおや、聖女候補様。私はウィル君に稽古を付けてあげていただけですよ? 稽古に怪我はつきものではありませんか」
────返ってきたのは、嘲りの視線と言葉。
薄笑いを浮かべながら、美貌の貴公子ハインツ・カールマンはさらに続ける。
「そもそも、私は木刀を弾き飛ばすだけのつもりでした。ですが、あなたがいきなり大声を出したせいで、私とウィル君、両方の注意が逸れてしまったんです」
「…………くっ」
「その集中力の乱れが、今回の事故の原因だと思うんですがねぇ」
言っていることは、明らかに嘘だ。
ハインツが動いたのは、ウィルが視線を逸らした後だった。
ほんの0コンマ数秒のことでしかないが、転生して動体視力も抜群に良くなったボクの目は誤魔化されない。
だけど、その証拠があるのかといえば、それを提示することなど不可能だった。
「…………リース、いいんだ」
悔しくて歯ぎしりをするボクの肩に、ウィルの手が置かれた。
「声を掛けられたくらいで、訓練中に注意を逸らせた俺たちが未熟だった。ハインツさんの言うとおりだよ」
「…………っ」
ハインツの言葉尻を捉えたウィルの見事な逆襲に、ハインツが一瞬眉をしかめる。
だけど、
「ええ、全くその通りです。今後は訓練中にいきなり声をかけてくる無作法者がいたとしても集中力を乱されぬよう、さらに精進するとしましょう」
薄笑いと共にボクにイヤミな一言を残し、背を向けて去っていく。
教導場にいた数人の武官候補生もそれに続いた。
ここにいたのは、ハインツの取り巻きばかりだったのだろう。
本来いるはずの他の武官候補生や教導役がこの場にいないのも、ハインツが裏で手を回したに違いない。
くそぅ、捨て台詞といい取り巻きといい、小者臭いことしやがって…………!
やっぱりハインツはゲーム通りのムカつくクズ野郎だった。
でもハインツの言う通り、ボクの行動が軽率だったのも事実だ。
ボクが迂闊に声を掛けたせいで、ハインツにつけ込む隙を与えてしまった。
「…………ごめん、ウィル」
振り向いて、ウィルに謝る。
ある意味でこの世界の未来を知っているボクには、ウィルを守る義務がある。
この世界のために、人類のために、そしてボク自身やウィルのために、ウィルを勇者へと導く義務があるのだ。
感情やその場の勢いに任せて、それを成すことはできない。
ボクは七歳の少女であると同時に、三十近いおっさんでもあるのだ。
もっと理性的に、計画的に行動しなければ…………
反省と後悔から俯くボクの頭を、ウィルの手が優しく撫でる。
「リース、気にしないで。俺が怪我をしたのは、俺が未熟だったからだ」
「でも…………っ!」
さらに言い募ろうとするボクの唇を、ウィルの指がそっと押さえた。
「俺、強くなるよ、リース。絶対に、誰にも負けないくらい強くなってみせる」
ボクの目を見てはっきりとそう断言するウィルの瞳には、強い意志の光が込められていた。
普通の子供が将来の夢を語るような、ふわふわしたものではない。
確固とした目標を定めた、ひとりの男の瞳だ。
とくん
ボクの心臓が、ひとつ跳ねた。
…………え?
とくん、とくん
ちょ、ちょっとまって!
とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん
も、もしかしてボク……………………
ときめいてる…………?
思わず名前を呼びそうになるが、ウィルの対面に立つ人物を見つけて声を飲み込む。
ウィルに木刀を向けて対峙するその人物。
それは、さっき父さんとの会話に出てきたハインツ・カールマンその人だった。
足の回転を落とし、ゆっくりと近づいていく。
そして注意深く観察してみると、ウィルの体が所々赤くなっているのが見えた。
ハインツの野郎……早速ウィルにちょっかいを出してきたのか。
ハインツはボクやウィルよりも七つ年上だから、今は十四歳のはずだ。
この幼少期で七歳の年齢差というのは、致命的なまでに大きい。
いくらウィルが教導役に一発入れられるくらいまで腕を上げていたとしても、すでに教導役を超える腕前を持ち、筋力も間合いも上回るハインツに勝てるわけがない。
「何をしてるんだっ!」
ボクはハインツに対する苛立ちもあり、大きな声で呼びかけた。
その声に反応したウィルの視線が、ボクの方に向けられる。
瞬間────
ガッ!
という打撃音と共に、ウィルの木刀が教導場の端まで飛ばされた。
「ウィルっ!」
すぐさま駆け寄り、ウィルの状態を確認する。
歯を食いしばって悲鳴一つあげないウィルだったが、右手が手首の部分から折れ曲がっていた。
「〈中級回復〉!」
慌てて覚えたばかりの回復魔法をウィルにかける。
頑張っていたのはウィルだけじゃない。
ボクだって(主に自分のために)頑張っていたのだ。
完全に折れていたウィルの手が元の位置に戻り、体中の赤みも引いていく。
「よかった…………」
〈初級回復〉では、疲労や擦り傷くらいしか治すことができない。
もしこの〈中級回復〉を覚えていなければ、救護院までウィルを運ばないと治療することができないところだった。
「…………何てことをするんだっ!」
振り向きざまに、怒りを込めた言葉をハインツにぶつける。
だが────
「何てことを? おやおや、聖女候補様。私はウィル君に稽古を付けてあげていただけですよ? 稽古に怪我はつきものではありませんか」
────返ってきたのは、嘲りの視線と言葉。
薄笑いを浮かべながら、美貌の貴公子ハインツ・カールマンはさらに続ける。
「そもそも、私は木刀を弾き飛ばすだけのつもりでした。ですが、あなたがいきなり大声を出したせいで、私とウィル君、両方の注意が逸れてしまったんです」
「…………くっ」
「その集中力の乱れが、今回の事故の原因だと思うんですがねぇ」
言っていることは、明らかに嘘だ。
ハインツが動いたのは、ウィルが視線を逸らした後だった。
ほんの0コンマ数秒のことでしかないが、転生して動体視力も抜群に良くなったボクの目は誤魔化されない。
だけど、その証拠があるのかといえば、それを提示することなど不可能だった。
「…………リース、いいんだ」
悔しくて歯ぎしりをするボクの肩に、ウィルの手が置かれた。
「声を掛けられたくらいで、訓練中に注意を逸らせた俺たちが未熟だった。ハインツさんの言うとおりだよ」
「…………っ」
ハインツの言葉尻を捉えたウィルの見事な逆襲に、ハインツが一瞬眉をしかめる。
だけど、
「ええ、全くその通りです。今後は訓練中にいきなり声をかけてくる無作法者がいたとしても集中力を乱されぬよう、さらに精進するとしましょう」
薄笑いと共にボクにイヤミな一言を残し、背を向けて去っていく。
教導場にいた数人の武官候補生もそれに続いた。
ここにいたのは、ハインツの取り巻きばかりだったのだろう。
本来いるはずの他の武官候補生や教導役がこの場にいないのも、ハインツが裏で手を回したに違いない。
くそぅ、捨て台詞といい取り巻きといい、小者臭いことしやがって…………!
やっぱりハインツはゲーム通りのムカつくクズ野郎だった。
でもハインツの言う通り、ボクの行動が軽率だったのも事実だ。
ボクが迂闊に声を掛けたせいで、ハインツにつけ込む隙を与えてしまった。
「…………ごめん、ウィル」
振り向いて、ウィルに謝る。
ある意味でこの世界の未来を知っているボクには、ウィルを守る義務がある。
この世界のために、人類のために、そしてボク自身やウィルのために、ウィルを勇者へと導く義務があるのだ。
感情やその場の勢いに任せて、それを成すことはできない。
ボクは七歳の少女であると同時に、三十近いおっさんでもあるのだ。
もっと理性的に、計画的に行動しなければ…………
反省と後悔から俯くボクの頭を、ウィルの手が優しく撫でる。
「リース、気にしないで。俺が怪我をしたのは、俺が未熟だったからだ」
「でも…………っ!」
さらに言い募ろうとするボクの唇を、ウィルの指がそっと押さえた。
「俺、強くなるよ、リース。絶対に、誰にも負けないくらい強くなってみせる」
ボクの目を見てはっきりとそう断言するウィルの瞳には、強い意志の光が込められていた。
普通の子供が将来の夢を語るような、ふわふわしたものではない。
確固とした目標を定めた、ひとりの男の瞳だ。
とくん
ボクの心臓が、ひとつ跳ねた。
…………え?
とくん、とくん
ちょ、ちょっとまって!
とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん
も、もしかしてボク……………………
ときめいてる…………?
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