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夜の闇に紛れて
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「あ、あああああ、あのさ、ウィル!」
待て、落ち着け!
ボクは自分の心に起きた異常事態にテンパっていた。
確かにリースとしてこの世界で育った記憶も持っているが、ボクの記憶の大部分は前世のもの────つまり、三十手前のおっさんの記憶なのだ。
人の本質を形作るのがその人の過去だとするならば、ボクは本質的には男だと言っていい。
なのに……それなのに……
今ボクは、ウィルに対してときめいたのか…………?
「大丈夫? リース」
ウィルが心配そうにボクの顔を覗き込んでくる。
うぉうっ!
顔が熱いんですけど!?
マジか! マジなのかボク!?
「だ、大丈夫だよ! ちょ、ちょっとほら、その……そう、汗! ここまで走ってきたから汗かいちゃってさ!
臭うかも知れないからちょっと離れて!」
無理やりな誤魔化し方をしながら、ウィルと距離を取る。
疑問の顔を浮かべるウィルから視線を逸らし、何度か深呼吸をすることでようやく動悸は落ち着いてきた。
ちらり、と視線を少しだけウィルに戻してみる。
────よし、大丈夫。
顔が熱くなったり、動悸が激しくなったりしない。
さっきのはたぶん、ハインツに対する怒りだとかウィルに対する心配だとかが重なって、ちょっと情緒不安定になっただけだ。
うん、そうに違いない。
自分にそう言い聞かせ、ボクは真正面からウィルと顔を合わせる。
「こほん、もう大丈夫だよ。それでね、ウィル。もし本当にウィルが誰にも負けないくらい強くなりたいんだったら、いい方法を知ってるんだけど…………どうする?」
そして本来話したかった内容をウィルに告げた。
◇
「リース……やっぱりまずいんじゃないかな……」
「なにを今更……世界一強くなりたいんだろ……?」
その日の深夜。
ボクとウィルは神殿の中枢である聖堂近くに身を潜めていた。
ひそひそと小声で話し合っているのは、当然ここにいるのがバレるとまずいことになるからだ。
「でも、聖堂に忍び込んだことを知られたら武官長や神官長……リースのご両親にも迷惑がかかるよ……」
ウィルの心配は分かる。
ボクの両親は父さんが武官長で母さんが神官長と、その官職名だけ聞くなら偉そうに思えるが、実際にはたいしたことない。
神殿の権威というものは、基本的に貴族と同じように血筋によって保たれている。
ハインツの家名であるカールマンなどの二十に満たない一族がそれに当たり、その血統に連ならない者はどれだけ才能があろうとも上に行くことはできないのだ。
日本の警察に例えれば分かり易いだろうか。
ハインツなどの名家出身者は東大法学部卒のエリート官僚、ボクの父さんや母さんなどの無名な家柄の者は高卒の一警察官だ。
武官長や神官長はいわばノンキャリアの到達点である警視に相当すると考えていい。
偉いことは偉いのだが、どれだけ努力しようとそれ以上の地位に就くことはない。
一方ハインツなどのキャリア組は、腰掛け程度に武官や神官として程度働くと、どれだけ無能であろうともすぐにそれ以上の地位に出世していく。
これはもう神殿の仕組みとして完成しており、覆すことはできない。
そして、聖剣が安置されている聖堂に入ることができるのはそのキャリア組だけなのだ。
だからもし、許しもなく無名の家の子供であるボクや、元は浮浪児でしかなかったウィルが聖堂に入ったりすれば、権威を汚されたと思った名家の者たちから相応の罰が与えられることになるだろう。
そしてその罰は、確実に父さんや母さんにも及ぶことになる。
「大丈夫だよ……聖剣を抜くことができれば、ウィルは勇者だ……勇者は神様の正義を担う存在、権威だけで言うなら国王様や法王様よりも上になるんだから……」
「でも……」
ボクはウィルが勇者になることを知っているが、ウィルは知らない。
不安になるのは当然だ。
ウィルはボクの父さんのことを尊敬しているみたいだし、母さんとは時々会って話をするくらい仲がいい。
自分だけが罰せられるならまだしも、その二人に類が及ぶことを懸念しているんだろう。
でも、ここまできて止めさせるわけにはいかない。
もし今ここで逃げてしまったら、次にウィルを誘うことが難しくなってしまう。
だから僕は、ウィルの後押しをすることにした。
「ウィル……もしウィルが聖剣を抜いて勇者になることが出来たら……」
「……出来たら?」
「……ウィルのお願いを、なんでもひとつだけ聞いてあげる……」
「……っ」
ボクのその言葉に、ウィルの目がカッと見開かれた。
「な、なんでも……?」
「うん……なんでも」
ウィルの開かれた目をはっきりと見返して頷くと、ウィルがごくりと唾を飲むのが分かった。
正直に言おう。
ボクは最低だ。
見た目は美少女、中身はおっさんのボクが、純粋な少年(七歳)に「なんでも言うことを聞いてあげるよ……」という餌をちらつかせて、その行動を操ろうとしているのである。
「本当に……? どんなことでも……?」
ウィルが念を押してくる。
……エロゲの主人公であるウィルが一体なにをお願いしてくるのか怖いところではあるが、まだ七歳の少年だ。
流石に18禁な展開にはならないだろう。
パンツを見せて、くらいの可愛いお願いであることを願いつつ、ボクはもう一度頷いた。
「うん……ウィルが聖剣を抜くことができたら、ボクはなんでもお願いを聞いてあげるよ」
「……行こう」
俄然やる気になるウィル。
…………
……大丈夫だよね?
若干の不安を残しつつも、ボクとウィルは聖堂の入口へと近づいていった。
待て、落ち着け!
ボクは自分の心に起きた異常事態にテンパっていた。
確かにリースとしてこの世界で育った記憶も持っているが、ボクの記憶の大部分は前世のもの────つまり、三十手前のおっさんの記憶なのだ。
人の本質を形作るのがその人の過去だとするならば、ボクは本質的には男だと言っていい。
なのに……それなのに……
今ボクは、ウィルに対してときめいたのか…………?
「大丈夫? リース」
ウィルが心配そうにボクの顔を覗き込んでくる。
うぉうっ!
顔が熱いんですけど!?
マジか! マジなのかボク!?
「だ、大丈夫だよ! ちょ、ちょっとほら、その……そう、汗! ここまで走ってきたから汗かいちゃってさ!
臭うかも知れないからちょっと離れて!」
無理やりな誤魔化し方をしながら、ウィルと距離を取る。
疑問の顔を浮かべるウィルから視線を逸らし、何度か深呼吸をすることでようやく動悸は落ち着いてきた。
ちらり、と視線を少しだけウィルに戻してみる。
────よし、大丈夫。
顔が熱くなったり、動悸が激しくなったりしない。
さっきのはたぶん、ハインツに対する怒りだとかウィルに対する心配だとかが重なって、ちょっと情緒不安定になっただけだ。
うん、そうに違いない。
自分にそう言い聞かせ、ボクは真正面からウィルと顔を合わせる。
「こほん、もう大丈夫だよ。それでね、ウィル。もし本当にウィルが誰にも負けないくらい強くなりたいんだったら、いい方法を知ってるんだけど…………どうする?」
そして本来話したかった内容をウィルに告げた。
◇
「リース……やっぱりまずいんじゃないかな……」
「なにを今更……世界一強くなりたいんだろ……?」
その日の深夜。
ボクとウィルは神殿の中枢である聖堂近くに身を潜めていた。
ひそひそと小声で話し合っているのは、当然ここにいるのがバレるとまずいことになるからだ。
「でも、聖堂に忍び込んだことを知られたら武官長や神官長……リースのご両親にも迷惑がかかるよ……」
ウィルの心配は分かる。
ボクの両親は父さんが武官長で母さんが神官長と、その官職名だけ聞くなら偉そうに思えるが、実際にはたいしたことない。
神殿の権威というものは、基本的に貴族と同じように血筋によって保たれている。
ハインツの家名であるカールマンなどの二十に満たない一族がそれに当たり、その血統に連ならない者はどれだけ才能があろうとも上に行くことはできないのだ。
日本の警察に例えれば分かり易いだろうか。
ハインツなどの名家出身者は東大法学部卒のエリート官僚、ボクの父さんや母さんなどの無名な家柄の者は高卒の一警察官だ。
武官長や神官長はいわばノンキャリアの到達点である警視に相当すると考えていい。
偉いことは偉いのだが、どれだけ努力しようとそれ以上の地位に就くことはない。
一方ハインツなどのキャリア組は、腰掛け程度に武官や神官として程度働くと、どれだけ無能であろうともすぐにそれ以上の地位に出世していく。
これはもう神殿の仕組みとして完成しており、覆すことはできない。
そして、聖剣が安置されている聖堂に入ることができるのはそのキャリア組だけなのだ。
だからもし、許しもなく無名の家の子供であるボクや、元は浮浪児でしかなかったウィルが聖堂に入ったりすれば、権威を汚されたと思った名家の者たちから相応の罰が与えられることになるだろう。
そしてその罰は、確実に父さんや母さんにも及ぶことになる。
「大丈夫だよ……聖剣を抜くことができれば、ウィルは勇者だ……勇者は神様の正義を担う存在、権威だけで言うなら国王様や法王様よりも上になるんだから……」
「でも……」
ボクはウィルが勇者になることを知っているが、ウィルは知らない。
不安になるのは当然だ。
ウィルはボクの父さんのことを尊敬しているみたいだし、母さんとは時々会って話をするくらい仲がいい。
自分だけが罰せられるならまだしも、その二人に類が及ぶことを懸念しているんだろう。
でも、ここまできて止めさせるわけにはいかない。
もし今ここで逃げてしまったら、次にウィルを誘うことが難しくなってしまう。
だから僕は、ウィルの後押しをすることにした。
「ウィル……もしウィルが聖剣を抜いて勇者になることが出来たら……」
「……出来たら?」
「……ウィルのお願いを、なんでもひとつだけ聞いてあげる……」
「……っ」
ボクのその言葉に、ウィルの目がカッと見開かれた。
「な、なんでも……?」
「うん……なんでも」
ウィルの開かれた目をはっきりと見返して頷くと、ウィルがごくりと唾を飲むのが分かった。
正直に言おう。
ボクは最低だ。
見た目は美少女、中身はおっさんのボクが、純粋な少年(七歳)に「なんでも言うことを聞いてあげるよ……」という餌をちらつかせて、その行動を操ろうとしているのである。
「本当に……? どんなことでも……?」
ウィルが念を押してくる。
……エロゲの主人公であるウィルが一体なにをお願いしてくるのか怖いところではあるが、まだ七歳の少年だ。
流石に18禁な展開にはならないだろう。
パンツを見せて、くらいの可愛いお願いであることを願いつつ、ボクはもう一度頷いた。
「うん……ウィルが聖剣を抜くことができたら、ボクはなんでもお願いを聞いてあげるよ」
「……行こう」
俄然やる気になるウィル。
…………
……大丈夫だよね?
若干の不安を残しつつも、ボクとウィルは聖堂の入口へと近づいていった。
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