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13.本題
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その日は丸一日公務に掛かっていた。今日は学校も鉱山へも行く予定はない。執務室に篭り、ひたすら書類と格闘する。基本は例年通りのため適切に処理が出来ているが、数ヶ月前に上げられた一枚の要望書だけは未だ手付かずとなっている。本来なら早々に方針を固めて回答書を返すべきだが、内容が内容だけに即決も出来ない。しかも皇太子妃としての意見を求められているため周囲へ相談したところで意味も為さない。
ミラヴェルは引き出しにしまったそれを取り出し、改めて読み返す。
「……はぁ」
読み終わってすぐ、溜め息が出る。いつ読んでも『どうしよう』という困った心境にしかならない。だが、そろそろ向き合わなければならない。わざと忙しくしたり城の外に出る用事を増やしても、時間稼ぎにも限界がある。……皇太子の後継問題は、何よりも重要な問題だから。
この要望書を提出したのは、高位貴族であり王宮の祭事部門を統括する部門長からだった。初老の彼は現皇帝への忠誠心が厚く、皇族に仕えることに強い誇りを持っている。そのためか分からないが、皇族が後継を作らないことに大して最後まで反発していた。
――偉大であり高潔な血を残さないことは、皇族としての務めを果たさないと同義です。
メリルと婚姻する際、はっきりとそう言われた。
紆余曲折ありメリルの後継問題は本人に一任となったが、結婚して二年経つ今、やはり後継を諦められなくなったのだろう。部門長から、「皇太子妃としての考えをお聞きしたい」と要望書を出されてしまった。自分の言葉ならメリルが受け入れてくれると踏んでいるのかもしれない。だから、皇太子妃としての考えと、後継を作ることを後押しするよう秘密裏に要望してきたのだ。
ミラヴェルだって、一国の皇太子が男色でいいとは思っていない。メリルの場合は天才と称されるほど経営力や統率力、実行力が高く、他の皇族とは一線を画している。他の国では皇位争いが激しいと聞くが、この帝国では誰もが当たり前のようにメリルを推している。皇帝としての素質が充分過ぎる上、魔法使いの血筋であり開花しているから余計に、次期皇帝はメリルしかいないと皆が思っている。皇族も、臣下も、民衆も。
だからこそ、そのメリルの血を残して欲しいと多くが望んでいる。
だが、メリルははっきりとミラヴェル以外は考えたくもないと宣言している。ただの伴侶としてであれば純粋に嬉しい。自分だけを見て、求めてくれることに安心もする。だけど、自分たちはただの人ではいられない。皇太子妃としての意見であれば、『後継は作るべき』だ。
「……はぁ」
ミラヴェルは深く椅子にもたれて天井を仰ぎ見る。
メリルが他人を抱くシーンを妄想するだけで胸が痛くなる。自分を抱くようには抱かないと思うが、自分以外と体を重ねるだけで胸が痛んで腹立たしくて堪らない。もしも子どもが出来たら、きっと、自分は心から笑えなくなる気がする。もしもメリルにそっくりな、可愛い子どもが出来たら、心が壊れてしまうかもしれない。
「好きなだけじゃ、やっていけないんだなぁ……」
思わず呟いた声は覇気がなくて笑えた。
例え心が壊れたとしても、メリルと離れることは出来ない。離れたくない。
優しく呼ぶ声、苦しいくらい抱き締めてくれる腕、真っ直ぐに来てくれる足、どんな時でも自分を考えてくれる頭、好きだと伝えてくれる瞳、メリルの全部が大好きだ。どんなに小さな声で呼んでも、絶対に「ん?」と笑って振り向いてくれるメリルが好き。幼稚なくらい、死んでも一緒にいたいと本気で思う。
だけど、自分の願望を押し付けることは出来ない。皇太子妃としての答えは出ている。後は、自分の気持ちを整理するだけ。メリルは本気で怒るだろうが、きっとその怒りをぶつけるように一度くらいは女性と体を重ねる可能性はある。
ミラヴェルは「強くなりたいな~」と子どもみたいな愚痴を零しながら、気分転換のために新作ジュースの開発に思考を切り替えた。
ミラヴェルは引き出しにしまったそれを取り出し、改めて読み返す。
「……はぁ」
読み終わってすぐ、溜め息が出る。いつ読んでも『どうしよう』という困った心境にしかならない。だが、そろそろ向き合わなければならない。わざと忙しくしたり城の外に出る用事を増やしても、時間稼ぎにも限界がある。……皇太子の後継問題は、何よりも重要な問題だから。
この要望書を提出したのは、高位貴族であり王宮の祭事部門を統括する部門長からだった。初老の彼は現皇帝への忠誠心が厚く、皇族に仕えることに強い誇りを持っている。そのためか分からないが、皇族が後継を作らないことに大して最後まで反発していた。
――偉大であり高潔な血を残さないことは、皇族としての務めを果たさないと同義です。
メリルと婚姻する際、はっきりとそう言われた。
紆余曲折ありメリルの後継問題は本人に一任となったが、結婚して二年経つ今、やはり後継を諦められなくなったのだろう。部門長から、「皇太子妃としての考えをお聞きしたい」と要望書を出されてしまった。自分の言葉ならメリルが受け入れてくれると踏んでいるのかもしれない。だから、皇太子妃としての考えと、後継を作ることを後押しするよう秘密裏に要望してきたのだ。
ミラヴェルだって、一国の皇太子が男色でいいとは思っていない。メリルの場合は天才と称されるほど経営力や統率力、実行力が高く、他の皇族とは一線を画している。他の国では皇位争いが激しいと聞くが、この帝国では誰もが当たり前のようにメリルを推している。皇帝としての素質が充分過ぎる上、魔法使いの血筋であり開花しているから余計に、次期皇帝はメリルしかいないと皆が思っている。皇族も、臣下も、民衆も。
だからこそ、そのメリルの血を残して欲しいと多くが望んでいる。
だが、メリルははっきりとミラヴェル以外は考えたくもないと宣言している。ただの伴侶としてであれば純粋に嬉しい。自分だけを見て、求めてくれることに安心もする。だけど、自分たちはただの人ではいられない。皇太子妃としての意見であれば、『後継は作るべき』だ。
「……はぁ」
ミラヴェルは深く椅子にもたれて天井を仰ぎ見る。
メリルが他人を抱くシーンを妄想するだけで胸が痛くなる。自分を抱くようには抱かないと思うが、自分以外と体を重ねるだけで胸が痛んで腹立たしくて堪らない。もしも子どもが出来たら、きっと、自分は心から笑えなくなる気がする。もしもメリルにそっくりな、可愛い子どもが出来たら、心が壊れてしまうかもしれない。
「好きなだけじゃ、やっていけないんだなぁ……」
思わず呟いた声は覇気がなくて笑えた。
例え心が壊れたとしても、メリルと離れることは出来ない。離れたくない。
優しく呼ぶ声、苦しいくらい抱き締めてくれる腕、真っ直ぐに来てくれる足、どんな時でも自分を考えてくれる頭、好きだと伝えてくれる瞳、メリルの全部が大好きだ。どんなに小さな声で呼んでも、絶対に「ん?」と笑って振り向いてくれるメリルが好き。幼稚なくらい、死んでも一緒にいたいと本気で思う。
だけど、自分の願望を押し付けることは出来ない。皇太子妃としての答えは出ている。後は、自分の気持ちを整理するだけ。メリルは本気で怒るだろうが、きっとその怒りをぶつけるように一度くらいは女性と体を重ねる可能性はある。
ミラヴェルは「強くなりたいな~」と子どもみたいな愚痴を零しながら、気分転換のために新作ジュースの開発に思考を切り替えた。
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