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18.画策と画策
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『メリル』
「なに?」
『……メリル』
「ミラヴェル? どこかつらい?」
『メリル』
ミラヴェルの瞳が潤んでいる。眉を垂らし、弱々しく名前だけを呼ぶ。昔から変わらない、不安の表れだ。きっと、言いたいことがあるのに、言うべきことがあるのに、言えない、どうしよう、そう困って悩んで不安で堪らないのだろう。ミラヴェルが何を考え、葛藤しているかくらい分かる。皇太子妃としては後継を作るよう説得すべきで、伴侶としては誰とも触れ合って欲しくなくて、家臣が命を賭けてまでこの騒ぎを起こしたことを真摯に受け止める必要があって、だけどメリルの意思を無視してまで進めて良いことではないから――そんな、様々な考えが過ぎっていることだろう。
「ミラヴェル、一つ、僕の秘密を教えてあげる」
『え?』
メリルは体を屈めて鏡の向こうにいるミラヴェルへと唇を寄せる。そして、自分の秘密を一つ漏らした。
「僕にとってお前以外、全て瑣末なことなんだよ」
『メリル……』
だから、ミラヴェルがわざわざ心を砕く必要はない。むしろ自分にとって瑣末なことに感情を揺らして欲しくない。ただ、隣で笑って自分の人生を楽しんで生きてくれたら良いのだ。
「愛しているミラヴェル。お前はただ僕を信じていればいいよ」
ミラヴェルは驚いた表情をしたがすぐに困ったそれに変えて笑った。『ん』と素直に頷いた後は肩から力が抜けたように見える。メリルも同じように笑顔を返してから、ハイノへと指示を出す。
「ハイノ、今すぐ男を連れて来い。適当な下男でいい。言うことを聞く奴を」
「分かりました」
「メリル、何をするつもりだ?」
「そいつに種を仕込ませるんですよ。僕のでなくても解除出来るかもしれませんから」
そいつ、と言って女を顎で指す。
種を仕込むことでミラヴェルの魔具が制止すると言っていたが、種の種類まで指定出来るほど高度な式は組み込まれていない。魔法使いであれば魔具にどんな式が込められているか分かる。ただ、その式が読めたとしても理解出来なくては意味がない。それは魔法使いの力量と知識量による。メリルは女神様が残した神語を全て暗記している。故に、女の胎に組み込まれた式を正しく判別出来た。
断定をしない、可能性の言い方にしたのは、自分が全ての神語を暗記していることを知られたくないからだった。
「そんなことありません! 殿下でなければ無意味です!」
女が目を見開いて前のめりに否定した。
「分からないだろう。試してみる価値はある」
「殿下以外の種では妃殿下は死んでしまいます! 良いんですか!?」
「ハイノ、やはり発情期中の獣に相手をさせよう。ダメだった場合に男にする。一時間もあるんだ。獣と男、どちらも試せるだろう」
「分かりました。至急手配致します」
「殿下!!」
ハイノが兵士を呼び寄せ簡潔に指示を出す。二人の兵士は女を捕えようとするが、相手が貴族だからか少し戸惑いが見られた。
「おい、そいつは罪人だ。さっさと連れて行け」
「後悔しますよ! 妃殿下がどうなっても良いのですか!? 今すぐ! 私との子を作ることが! 妃殿下の命を救うのです!」
女は唾を飛ばす勢いで大声を出す。あまりにも醜い姿に目が腐りそうだ。
メリルは女から視線を外し、鏡の中のミラヴェルを見つめることにした。すでに下半身が水に浸かっている。足枷があるから浮くことも出来ない。あと三十分もすれば水位はミラヴェルの鼻を越えるだろう。なのに、ミラヴェルの表情には不安も困惑もない。ただ、成り行きを見守っているだけだ。
「妃殿下を救う最善があるのに! 何故選ばないのですか! この魔法は殿下の種にのみ反応するのです!」
「メリル、他の者で試している暇はあるのか?」
女の戯言に周囲が不安を覚える。皇帝が訝しむように問うた。心配しているように見えるが、その裏では自分が後継を作ることを期待しているだろう。皇帝や多くの者がこの計画に加担してはいないだろうが、あわよくば、と思っていることが伝わる。
「確実にミラヴェルを救える手段を取った方が安全ではないか?」
皇帝の言葉に周りも遠慮がちに頷く。その中で、祭事部門の長だけは食い気味に発言してきた。
「陛下のおっしゃる通りです、殿下。もしも手遅れになったら殿下にとっても国にとっても大打撃です。こうしている時間ももったいないでしょう。妃殿下だってきっと理解してくださいます」
祭事部門長は鏡へと向き合い、「妃殿下」と声を掛ける。
「殿下があの令嬢を抱くのは妃殿下をお救いするためです。ご理解いただけますでしょう?」
話を振られたミラヴェルは俯いたまま答えた。ざあざあと注がれる水の音に掻き消されそうなほど小さい。
『……殿下の決定に従います。どんな選択をしたとしても、受け入れます』
「妃殿下もこうおっしゃっています。殿下、ご決断を」
全員に注目されながら、メリルは困った声で呟いた。
「……すみません、陛下。本当は、その最善を取れないんです」
「何故だ」
「僕は、ミラヴェルと制約魔法を結んでいるからです」
「なに!? 制約魔法だと!?」
瞬間、衝撃が走った。
「なに?」
『……メリル』
「ミラヴェル? どこかつらい?」
『メリル』
ミラヴェルの瞳が潤んでいる。眉を垂らし、弱々しく名前だけを呼ぶ。昔から変わらない、不安の表れだ。きっと、言いたいことがあるのに、言うべきことがあるのに、言えない、どうしよう、そう困って悩んで不安で堪らないのだろう。ミラヴェルが何を考え、葛藤しているかくらい分かる。皇太子妃としては後継を作るよう説得すべきで、伴侶としては誰とも触れ合って欲しくなくて、家臣が命を賭けてまでこの騒ぎを起こしたことを真摯に受け止める必要があって、だけどメリルの意思を無視してまで進めて良いことではないから――そんな、様々な考えが過ぎっていることだろう。
「ミラヴェル、一つ、僕の秘密を教えてあげる」
『え?』
メリルは体を屈めて鏡の向こうにいるミラヴェルへと唇を寄せる。そして、自分の秘密を一つ漏らした。
「僕にとってお前以外、全て瑣末なことなんだよ」
『メリル……』
だから、ミラヴェルがわざわざ心を砕く必要はない。むしろ自分にとって瑣末なことに感情を揺らして欲しくない。ただ、隣で笑って自分の人生を楽しんで生きてくれたら良いのだ。
「愛しているミラヴェル。お前はただ僕を信じていればいいよ」
ミラヴェルは驚いた表情をしたがすぐに困ったそれに変えて笑った。『ん』と素直に頷いた後は肩から力が抜けたように見える。メリルも同じように笑顔を返してから、ハイノへと指示を出す。
「ハイノ、今すぐ男を連れて来い。適当な下男でいい。言うことを聞く奴を」
「分かりました」
「メリル、何をするつもりだ?」
「そいつに種を仕込ませるんですよ。僕のでなくても解除出来るかもしれませんから」
そいつ、と言って女を顎で指す。
種を仕込むことでミラヴェルの魔具が制止すると言っていたが、種の種類まで指定出来るほど高度な式は組み込まれていない。魔法使いであれば魔具にどんな式が込められているか分かる。ただ、その式が読めたとしても理解出来なくては意味がない。それは魔法使いの力量と知識量による。メリルは女神様が残した神語を全て暗記している。故に、女の胎に組み込まれた式を正しく判別出来た。
断定をしない、可能性の言い方にしたのは、自分が全ての神語を暗記していることを知られたくないからだった。
「そんなことありません! 殿下でなければ無意味です!」
女が目を見開いて前のめりに否定した。
「分からないだろう。試してみる価値はある」
「殿下以外の種では妃殿下は死んでしまいます! 良いんですか!?」
「ハイノ、やはり発情期中の獣に相手をさせよう。ダメだった場合に男にする。一時間もあるんだ。獣と男、どちらも試せるだろう」
「分かりました。至急手配致します」
「殿下!!」
ハイノが兵士を呼び寄せ簡潔に指示を出す。二人の兵士は女を捕えようとするが、相手が貴族だからか少し戸惑いが見られた。
「おい、そいつは罪人だ。さっさと連れて行け」
「後悔しますよ! 妃殿下がどうなっても良いのですか!? 今すぐ! 私との子を作ることが! 妃殿下の命を救うのです!」
女は唾を飛ばす勢いで大声を出す。あまりにも醜い姿に目が腐りそうだ。
メリルは女から視線を外し、鏡の中のミラヴェルを見つめることにした。すでに下半身が水に浸かっている。足枷があるから浮くことも出来ない。あと三十分もすれば水位はミラヴェルの鼻を越えるだろう。なのに、ミラヴェルの表情には不安も困惑もない。ただ、成り行きを見守っているだけだ。
「妃殿下を救う最善があるのに! 何故選ばないのですか! この魔法は殿下の種にのみ反応するのです!」
「メリル、他の者で試している暇はあるのか?」
女の戯言に周囲が不安を覚える。皇帝が訝しむように問うた。心配しているように見えるが、その裏では自分が後継を作ることを期待しているだろう。皇帝や多くの者がこの計画に加担してはいないだろうが、あわよくば、と思っていることが伝わる。
「確実にミラヴェルを救える手段を取った方が安全ではないか?」
皇帝の言葉に周りも遠慮がちに頷く。その中で、祭事部門の長だけは食い気味に発言してきた。
「陛下のおっしゃる通りです、殿下。もしも手遅れになったら殿下にとっても国にとっても大打撃です。こうしている時間ももったいないでしょう。妃殿下だってきっと理解してくださいます」
祭事部門長は鏡へと向き合い、「妃殿下」と声を掛ける。
「殿下があの令嬢を抱くのは妃殿下をお救いするためです。ご理解いただけますでしょう?」
話を振られたミラヴェルは俯いたまま答えた。ざあざあと注がれる水の音に掻き消されそうなほど小さい。
『……殿下の決定に従います。どんな選択をしたとしても、受け入れます』
「妃殿下もこうおっしゃっています。殿下、ご決断を」
全員に注目されながら、メリルは困った声で呟いた。
「……すみません、陛下。本当は、その最善を取れないんです」
「何故だ」
「僕は、ミラヴェルと制約魔法を結んでいるからです」
「なに!? 制約魔法だと!?」
瞬間、衝撃が走った。
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