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16.我が主は羞恥心がない人間ですね。
しおりを挟む涼やかな表情の下、焦りまくっていた。普段からどのような事態に陥ろうともポーカーフェイスを保ち、常に最善を選べるように訓練されていたのに、焦りまくって、思考が上手く回らずにいる。
アンドレはいつもの笑みを顔に乗せたまま、「申し訳ございません。もう一度伺ってもよろしいでしょうか?」と、繰り返した。
「だからね、昨日ね、父さまが裸の母さまの上にのって、すごい腰をうごかしていたの。母さまはないていたよ。でも子猫ちゃんみたいなかわいい声だった。なにしていたの?」
大公家第三子リュカ・デュランの純粋な眼差しと質問に、アンドレは涼やかな表情の下、焦りまくっていた。
リュカのそれに柔らかく答えるならば、『子作りしていたのでしょう』だ。だが、そんなことを三歳児に言えるわけがない。子作りってなに? に続くに決まっている。
昨日、アンドレの主人であるテオは昼間に二時間ほど休憩を取った。すぐに伴侶で番であるリュシーを連れ、部屋に引き篭もったのだ。二人が二人きりになった時は必ずといっていいほど体を繋げている。その姿を見たわけでも声を聞いたわけでもないが、真っ赤な顔で気絶するリュシーを抱きかかえて部屋から出てくれば、誰だって何をしていたか分かる。昨日もそう。二時間ほど私室に引き篭もっていたと思えば、半裸姿のテオが出て来て「リュシーが起きるまで待機」と指示を出した。テオの背中にはくっきりと情事の跡が残されており、一目瞭然だった。
「リュカ様は、どこでその姿を見たのでしょうか?」
「かくれんぼするために、どこがいいかなーって色々しらべていたの。でも途中でねむくなっちゃって。父さまのお部屋でねちゃって。おきたら父さまと母さまがいたよ」
「なるほど」
子どもたちには必ず専属従者と護衛がついており、屋敷内だとしても一人になることはない。だが、主の私室となれば話は変わる。テオとリュシーの私室は許可を得た者しか入室出来ない。子どもたちの従者と護衛は対象外で、子どもたちが入室する際はテオかリュシーの専属従者と護衛がその身の安全を引き継ぐことになる。
当時、私室には恐らくテオがおり、私室でリュカを引き継いだ。アンドレはリュシーの専属護衛のため、リュシーと共に庭園にいた。お茶を楽しんでいる時にテオが現れ、リュシーを連れて行ったのだ。
故に、アンドレはリュカが私室にいたとは知らなかった。
まさか親の情事を見てしまうとは。
テオはリュカが私室にいることを失念していたのだろうか。もしかしたら連絡が上手くいっていなかったのかもしれない。
アンドレは何と答えるか思案する。
「そうでしたか。テオ様と番様は仲良しなので、遊んでいたのかもしれませんね」
「裸で? 母さまないていたのに? 父さまは母さまを愛しているっていうのに、どうしてイヤイヤしている母さまをなかせるのかな」
「……すみません。私はその場を見ておりませんので。テオ様に直接確認した方がよろしいかと」
だが、アンドレには答えがなかった。思案していても何が正解か分からない。下手なことを言ってテオやリュシーの反感を買うことも嫌だ。
「ちなみに、この話は私以外にもしましたか?」
「まだしてないよ。母さまといつも一緒にいるから、アンドレにまずはきこうとおもって」
「それは、良かったです。テオ様以外は答えを知りませんので、他の方に聞くのはやめましょうね」
「うん」
安堵する。
テオの性欲が相当強く、毎晩のようにリュシーを求めていることは誰もが知っていることだが、見た最中の話を直接聞かされるのとはまた話が変わってくる。
他の人に言っていないと知り安堵した。
これはもうテオ本人に答えさせた方が良いと思い、リュカを連れて執務室へ向かった。
この時間、テオとリュシーは執務室にいる。そのためリュシー専属護衛であるアンドレは別行動をしていたのだ。本来であれば部屋の外か中で待機しているが、ちょうどテオに頼まれた仕事があったため席を外していた。執務室へ戻るタイミングで、リュカに声をかけられたのである。声を顰めてアンドレにだけ聞こえる声で聞いてきたので、多分、リュカの専属従者と護衛には聞こえていないだろう。
「リュカ様、聞きたいことはテオ様に全部聞いてみましょう」
「うん。なんで母さまの大事なところなめたりたべちゃったりしていたのかと」
「リュカ様、声に出さなくて大丈夫です」
「うん。母さまのお顔に白いのかけていたんだけど、なんて言えばわかるかな?」
「リュカ様、大丈夫です。思ったままを伝えれば全て伝わりますから」
「うん」
ガッツリ二人は楽しんでいたらしい。リュカの話が頭に浮かばないよう、無心で廊下を歩いた。
執務室の前、アンドレはノックをしてリュカがテオに用事があることを伝える。
「どうしたの?」
扉が開くと、従者の後ろからリュシーが現れる。嬉しそうな顔だった。すぐにリュカを抱き上げる。
「母さま!」
リュカは思い切りリュシーに抱きつき、満面の笑みで「だいすき」と甘え出した。
「ありがとう。僕も大好きだよ」
「母さまがいちばんだいすき!」
「ありがとう」
リュシーはリュカの頬にキスをすると、リュカもお返しと言って何度も頬にキスをする。
テオとリュシーには三人の子どもがおり、三人とも性格はバラバラだ。だが、三人に共通するのは『母親が大好き』であること。とにかく大好き。テオのリュシー命であるところを見事に引き継いだと言える。
「で? どうしたんだ?」
テオもこちらへ近寄り、リュシーの腰を抱いた。リュカの頭へキスをしたと思えばリュシーの頭へも忘れない。
アンドレは訪問の理由をリュシーには言いづらく、目線でテオに訴える。きっと子どもに情事を見られたとリュシーが知れば、羞恥でどうなるか分からない。リュシーはテオと違い、とても常識人だ。二人の秘め事を晒して平然といられる人ではない。
ちなみにテオは羞恥心が欠如しており、「親の前でも出来るだろ」と言ってアンドレたちを引かせていた。
「リュシー、久しぶりにリュシーが作ったお菓子が食べたくなった」
「え?」
「レオニーと一緒に作ってくれないか?」
「分かりました。リュカも一緒に作る?」
「うん!」
「いや、リュカは俺と一緒にお返しのプレゼントを作ろう。リュシー、俺と子どもたちの分を作ってくれるか?」
「もちろんです。何が良いですか?」
「愛情が篭っているならなんでも。マルタン、あとでリアムもここへ連れて来い」
テオはリュシーへと深い口付けをし、自身の護衛を伴わせた。
リュカとアンドレがその場に残る。
「で? どうしたんだ?」
テオは応接ソファーに座ると、リュカをその隣に座らせる。アンドレは声を顰めてテオへと経緯を説明した。
「どうやら、昨日のお二人の情事を見てしまったようです。何をしていたのかと聞かれました。結構、しっかりと見ています」
「あぁ、やっぱりいたのか」
「……気付いていたのですか?」
「途中で気付いた。が、止められなかった」
あっけらかんと答えるテオに、やはり羞恥心はないなと思った。
「仲良く遊んでいた、と伝えましたが、裸で? どうして泣いていたのか? とのことです。直接確認するよう伝えました。私以外にはまだ話していないと」
「父さま、なにしていたの? 母さまと。どうして母さまないていたの?」
純粋な瞳を向けられるテオからは、特に羞恥心などは感じられない。
「あれは伴侶としか出来ない遊びだ」
「ぼくは母さまとはできないの?」
「出来ない。リュシーは俺としか出来ない。もちろん、俺もリュシーとしか出来ないし、したくない」
「えー。あそんでたのにないていたの?」
「泣いてはいたが、あれは嬉しくて泣いていたんだよ」
「へー?」
「リュカ、目を閉じて、昨日のことをよーく思い出してごらん」
うわ、思い出させるとか変態か。
アンドレは思わずテオに不敬な感想を抱いてしまった。いくらテオに羞恥心や常識が欠如していると言っても、我が子に情事を植え付けようとする意図が分からない。
だが、テオの思惑はアンドレの想像とは違った。
テオはリュカの頭に手を置き、ジッとする。
「アンドレは外で待機していろ」
「はい」
「リュカ、父さまたちは何をしていた?」
アンドレは命令通り部屋の外へ出たため二人の間に何が起きたか分からない。
だが、その後のリュカは当時のことを一切忘れているようだった。きっと闇の力を使った結果なのだろう。
まったく、未知の力には畏怖しかない。世界一敵に回したくない存在だ。だが、そのテオの地雷が明確で単純なことは僥倖だろう。
番様が健やかに過ごせるように、誰よりも何よりも番様に尽くすこと。
これさえ守れば良い。
アンドレはより一層、真摯に任務に向き合おうと改めて決意した。
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