教訓のある『今』は無敵

かんだ

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4.天宮の地雷

 4.天宮の地雷

「こんにちは。あれ? 旺祐は」
「先生ならお電話で二階に」
「あぁ、そうだったんですね。あ、お茶も出さずすみません」
「いえいえ! お構いなく。すぐにお暇しますので。先生が戻られたら怜さんが探していたとお伝えしておきますよ」
「そうですか?」
 怜に見惚れていた寺尾は、なるべく薄目にしてその姿に気を取られないよう対策を取る。
「お土産が一つこっちに紛れていて。忘れずに渡してもらおうと思ったんです」
「そうなんですね。すみません、ありがとうございます」
 本当なら、どこに行ってきたんですか? と会話を広げている。相手が友人であれ仕事関係であれ、土産をくれると言うならそれにまつわる話を聞くのが普通だろう。
 だが、怜には適度に無関心であれ、というルールがある。
 怜に関するルールは、パートナーである天宮の嫉妬心が始まりだと思っている。であれば、天宮のいないところで怜と和気藹々と話すべきではない。
 寺尾は無難に会話を終わらせることを優先した。
「ぜひ皆さんで召し上がってください」
「はい、皆にも伝えておきます」
 怜は持っていた紙袋を寺尾に渡すためこちらに歩み寄る。渡し終えたらそのまま自宅へ戻るはずだった。……だが、怜は踵を返す際によろけてしまったのだ。細い体が前屈みになるのを目にし、寺尾は咄嗟に手を伸ばしていた。瞬発力の高い体はギリギリのところで怜の腰を引き寄せる。
 寺尾は転倒を防げたことに安堵する一方、初めて間近で怜を見たこと、触れたことに驚愕する。
 怜が美しいことは知っていた。だが、間近で見られたことで、触れられたことで、その肌のきめ細やかさが分かった。白く、毛穴もシミもない肌。長く密集したまつ毛。ふわりと香る良い匂い。細く華奢な腰。その一つ一つに驚愕する。女だったとしても、ここまで全てが美しいことはない。最新医療技術を駆使して作ったのなら分かるが、自然の出来栄えがこれほど魅力的な人間がいることに感嘆する。
 そのせいで、寺尾は手を離すタイミングが遅くなってしまった。
「大丈夫ですか?」
 寺尾は内心で焦りながら手を離す。自分が感嘆していたせいもあるが、怜も驚いたのか腕の中で体を強張らせていたことも一因だ。怜がすぐに声を掛けてくれたらこちらもすぐに手を離せたのに、なんて、意味のない責任転嫁をする。
「……ぁ、すみません、寺尾さん。ありがとうございます」
「いえいえ。お怪我がなくて良かったです」
「ちょっと疲れが溜まっていて」
 怜は何もないところでよろけたことが恥ずかしいのか、誤魔化すように笑った。
 離れた体を名残惜しげに目で追ってしまうのは、下心がなくても美しい存在に見惚れてしまったからだろう。出来ることならしっかりと抱きしめてみたいと少し思ってしまう。
 その時、「何をしている?」と頭上から冷ややかな声が掛かった。
 寺尾はハッとして振り返る。リビングを見渡せる階段、優雅に降りて来るのは天宮だ。……この美しい人間のパートナー。天宮は元から怜以外には表情が豊かな方ではないが、今の天宮は能面のように感情が一切感じられない。それが、とてつもなく不気味だった。無関心でいるように言われていたのに、怜に触れてしまったことに怒りや嫌悪を見せられると思っていた。なのに、今の天宮は『無』だった。
「あの」寺尾が言い訳のために口を開いたが、同時に声を上げた怜の声の方が大きくて掻き消されてしまう。
「旺祐、渡すお土産がこっちに紛れていたから、持って来たよ」
「あぁ、そうか。まだ体は本調子じゃないだろ? 大丈夫なのか?」
 天宮が一階へ降り、自然な流れで怜の腰に手を回す。軽く体を引き寄せてから柔らかな髪で覆われた頂点に唇を落とした。
「大丈夫じゃないかな。さっきもちょっとふらついちゃったから」
「だから寺尾に抱かれていたのか」
「抱かれた……言い方。そんなんじゃないじゃん」
「そう見えたんだよ」
 天宮は先程の無表情が嘘だったかのように怜へおどけるように笑った。イチャイチャラブラブな空気に充てられながら、寺尾は本日二回目の安堵を感じる。怒られるかと思ったがお咎めはなさそうだ。天宮の機嫌を損なうことは我が社の損失に繋がると脅されていた。ルールは絶対に守るよう言い含められていた。だが、それらは脅しの域に留まっていたらしい。
 寺尾は絵画のように美しい二人の姿に見惚れながら、「そろそろお暇しますね」と声を掛けた。
「お土産もありがとうございます」
「今日は仲原に会うのか?」
「はい。夕方に打ち合わせが入っているので。何か言付けですか?」
「あぁ、電話をするから必ず出るよう伝えてくれ」
「分かりました」
 天宮は小さな笑みを浮かべて見送ってくれた。
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