我が身可愛さに行動したら取り返しのつかない結果になった。

かんだ

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26.意図

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26.
 
 似たようなことを昨日も言われたなと思い、俺は顔を上げて「何それ」と説明を求める。
「今まで、敵も困ることも辛いこともなかったでしょう? ルネ様以上に強い存在はいないし、魔法で全てを解決出来てしまうから。だから、俺がどこの誰なのか調べないし、最低限な契約しかしない。自分が危険に晒される、かもしれないというイメージが全く出来ない」
「そんなことは」
「あるだろう。でなければ素性も知らない人間をそばに置くなんて出来ない。俺を瑣末な存在としか見ていなかったんだ」
「……お前のことを調べてたら、今は変わってたのかよ」
「百パーセント変わっていましたよ」
「お前、誰なの?」
「今更ですね。俺がルネ様の状況を知った以上、俺が何者かはもう関係ありません」
 一体何者なのか。大帝国の人間であることしか知らない。教養が備わっていることから貴族の可能性は高い。だが、長く祖国を離れ気ままに過ごせるところは貴族らしくない。後継者でなくても貴族ならば等しく義務が発生する。自領のため、名誉のため、生きなければならない。貴族なら異国で好き勝手出来るはずがない。
「……俺の現状を知って、俺を脅すのか?」
「まさか。ただ、二度と俺の機嫌を損ねないでください。それさえ守れば今まで通り平和に暮らせますよ」
「機嫌って、基準も分からないのに?」
「簡単ですよ。俺以外に尻尾を振らなければ良いんです」
「もしかして、俺のこと好きなの?」
「さあ? 俺は普通を知らない。この感情の適当な言葉が分からない」
「そう」
 何も考えず好きなのか聞いたが、肯定されても困るだけだったな。
「ルネ様は? 俺をどう思ってますか?」
 テオは何を考えているのかと思案していれば、同じ質問を投げられる。
「……ぇ、分かんない。考えたことないし」
 人間としての好き嫌いなら無意識に抱くし、テオは好きな方に入っていた。だが、それはあくまで人間としてだったし、今は脅されている側なので好感は下がっている。素直に答えればテオに少し強い力で両頬を鷲掴まれた。
「ルネ、俺の機嫌を損ねるなと言っただろ」
 そのままベッドへと押し倒される。見下ろしてくる顔が無表情で怖い。
「じゃあ、何て答えれば良いんだよ」
「好きって答えるところでしょう」
「……すき」
 素直に従う必要はないが、共依存しなければならない相手の機嫌を損ねるのは良くない。怒りで頭がおかしくなりそうだったが、仕方ない。
 元々怒りや不快などマイナスな感情は長続きしないタイプで良かった。
「よく出来ました」
 テオは満足気に笑うと触れるだけのキスをした。
「神力、欲しいですか?」
「今は良い。それより、さっきはなんで、愛人なんて言ったんだよ。あんな大勢の人がいる中で」
 いつもより張った声量に、下品にも聞こえる言葉のチョイス、明らかに何かしらの意図があった。今まで一緒にいたテオは人への気遣いが出来る人でよく周りを見ていた。今までの姿が作られたものだとしても、わざわざあのタイミングで作ることをやめたことになる。恋人でもなく愛人とした理由があるはずだ。
 眉根を寄せて質問すれば、テオは考える素振りさえ見せずけろりとした態度で答えた。
「愛人の方がルネ様の印象が悪くなるから」
「印象?」
「もしもルネ様が俺に飽きたり俺のことが不必要になったら、俺は皆の前で泣き崩れる姿を見せるつもりです。対等ではない愛人関係の俺が悲哀する姿を見せたら周りはルネ様が捨てたって思う。大魔法使いのルネ様が愛人を囲っているだけでも大スクープなのに、捨てたとなると余計ルネ様の印象は悪くなるでしょう?」
「……俺の評判を落としたかったってことか?」
 酷い話だ。この国では愛人に対する印象は良くない。人を所有物と化し、我が物顔で蹂躙し飽きたら捨てる。金持ちの道楽の一つだ。国王陛下の専属魔法使いが愛人を囲っているという噂が立つだけでも評判が落ちることは目に見えているのに、あんな大勢の前で否定も出来なかった。俺の評判はそのまま陛下へとシフトされる可能性も高い。……これは、放っておける話ではない。陛下だけでなく関係各所からも批判される案件だ。
 戦々恐々とする俺に、テオは首を傾げた。
「まさか。他にも別の意図があるだけですよ」
「意図ってなんだよ」
「ルネ様向けの意図ではないので秘密です」
「なんだそれ、ふざけてんなよ」
「大真面目です。ルネ様は俺を捨てなければ良いんですよ。俺を大事に扱って、俺にだけ愛想と尻尾を振っていれば何の問題にもなりません。そしたら、恋人と愛人を言い間違えたのだという嘘が通りますから。俺はこの国の人間ではないので」
 意味が分からない。
 何故こうなったのか分からないし、テオが何を目指しているかも分からない。今からどうすれば事態が収束出来るかも分からない。
 俺の今までは魔法に頼り切っており困ることは一度もなかった。周囲の人間は陛下の厳しい目により選別された者しかおらず節度を保ってくれていた。だから、問題が起きた時の対処法が分からない。
 自分は本当に、魔法がなければ何も出来ない子どもと同じなのだと初めて現実を知る。
「お前が何したいのか全く分からない」
「俺もです。お互い感情に振り回されている感じで楽しいですね」
 ケラケラと朗らかに笑うテオが憎たらしい。
 今の出来る範囲でテオの言動を制限する魔法を掛けてやろうかと思い至ったが、タイミング悪く扉が鳴る。俺とテオは揃って扉へと注目した。
 ここはテオの借りている家だ。客はテオが目当てだろう。そう思ってひとまずベッド上で溜め息を吐いていれば、ノックと共に呼ばれた名前は俺の名前だった。
「ルネ様、陛下から至急登城をとのことです」
「……陛下?」
 「なんで?」と扉の向こうへと問い掛けながら身支度を整える。
「自分の胸に手を当てて考えろ、とのことです」
 答えを言わないところを見るに随分とご立腹なようだ。政や貴族間のやり取りでは駆け引きや言葉に別の意味を持たせることが当たり前だが、陛下は俺に対してはいつだって直球だった。わざわざ言葉の裏を考える必要などなかった。だが、たまに今のように遠回しな発言をする時がある。聞いても答えてくれない時がある。それは、俺に怒っている時だ。
 心当たりがあり過ぎる俺は頭を抱えながらベッドの縁に腰掛ける。ノロノロと身支度を整えていた手が行きたくない心情に影響されて止まってしまう。
「馬車を用意しております。言い訳を考える時間を与えるため、転移はせずに。そして、そこにいらっしゃる殿方も登城せよ、とのことです」
 このまま無視したら陛下はどのくらい怒るだろうか。そんなことを考えながら仰向けに倒れる。スプリングの効いたベッドが軋むこともなくふかふかな布団が俺を包み込む。
 テオも同行させるということは、昨日の愛人発言が原因だろう。俺でさえ現状把握出来ていないのに。
「ルネ様? どうしました? 行かなくても良いんですか?」
「……行くよ」
 木目調の天井を見ていれば、視界はにゅっと現れたテオの笑顔に変わる。俺とは違って事の重要性を理解していなさそうで腹が立った。
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