20 / 87
第1章 約束と再会編
第20話 刺客
しおりを挟む
「さっきのケーキ屋さんはどうだった? 美味しかった?」
「はい、とっても美味しかったです」
ケーキを食べ終えた私とアーサー王子は、パティスリーから出て、街を歩いていた。
「ですが……殿下が変な冗談をおっしゃるので、途中からケーキの味がしませんでした」
結局、ケーキは全て食べることができたが、終始アーサー王子が途中から食べたケーキに集中できなくなっていた。
正直、最初に食べたりんごのケーキとチョコケーキぐらいしか味を覚えていない。
すると、アーサー王子はふふっと笑みをこぼした。
「それって、それだけ僕のことを意識してくれたってことだよね?」
「っ……」
「ふふっ、エレちゃん、また顔が真っ赤」
「殿下、もうからかうのはやめてください」
「ごめん、ごめん」
そう謝るアーサー王子は嬉しそうに笑う。
その笑顔すら美しく、私は思わずドキドキしてしまう。
前々から、アーサー王子って端麗な顔をされているとは思っていた。
でも、こんな美しかったかな……はぁ、なんか暑い、暑いわ。
「今のはエレちゃんが可愛かったから、いじわるしちゃったけど、でも、ケーキの時に言ったことは全部本音だよ」
「本音……」
「うん、僕はエレちゃんのことが好きって本音」
また適当なことを言って……。
「……そ、そういうことは冗談でも言ってはいけません」
「冗談じゃないよ。本気だよ」
「つ、次の場所に行きましょう」
「うん。次に紹介したい場所はここだよ」
そう言って、アーサー王子に案内された場所はお菓子屋さん……ではなく、アクセサリーショップだった。
「お菓子屋さんではないのですか?」
「うん、残念ながら。お菓子屋さんはここの次」
正直アクセサリーにはあまり興味がないけど、せっかく紹介してもらったし、入るだけ入ろうか……。
店内に入ると、そこには大きな宝石がついた指輪、何個も宝石がついたネックレス、蝶々がデザインされた金のイヤリングなど数々のアクセサリーたちがあった。
わぁ……眩しいほどにキラキラだわ。
私には縁がなかった場所だなぁ。
もちろん、私には買うお金がなかったというわけではない。
軍に勤めている間に稼いだお金は、ほとんど魔法石とか杖に使っていた。
アクセサリーなんて持っていたって、私には宝の持ち腐れだし。
ここは時間を潰して、次のお菓子屋さんに行くことにしよう。
そして、適当に眺めていると、1つのネックレスに目を留めた。
「それ、気になるの?」
気になったネックレス。それはエメラルドのような小さな宝石がついたもの。
ついている宝石はいつかルイと見たあの川の輝きに似ていた。
「はい。昔見た川の色に似ているなと思いまして」
「川の色か……その川はとても綺麗だったんだろうね」
「はい。流れる水も澄んでいて、蛍も飛んでいて全てが綺麗でした」
ルイと遊んだ時のことを思い出しながら、私はネックレスを取る。
この宝石、本当にあの川の色だわ。綺麗……。
「エレちゃんはこのネックレス買うの?」
「いえ……私が買ってもつける機会がないので、買いませんよ」
「そうなの? エレちゃんには似合うと思うけど」
「私が持っていても意味はありません。それよりも普段から身につける方に買ってもらった方が、このネックレスも幸せでしょう」
そして、全てのアクセサリーに目を通したが、気になったあのネックレス以外に特に目ぼしいものがなく、アーサー王子は買うものがあるらしいので、私は先に店を出た。
アーサー王子が購入されているのは、きっと懇意にされているご令嬢にプレゼントするもの。
街を眺めて待っていると、アーサー王子は小さな袋を持って店から出てきた。
「エレちゃん、待たせたね」
「ご心配なく。殿下はご所望のものを入手できましたか?」
「うん。手に入りました」
「それはよかったです。では、次のお店に参りましょうか」
次のお菓子屋さんにはどんなお菓子があるのだろう……ちょっとわくわく。
私が歩き出そうとした時、アーサー王子は「あー、ちょっとその前に」とストップをかけた。
「エレちゃん、手を出してもらえる?」
「手ですか? こうですか?」
私はアーサー王子に物乞いをするかのうように両手を出す。
一体何をするつもりなんだろう……。
すると、アーサー王子は小さな袋を私の手の上に乗せた。
「え?」
「これ、エレちゃんにあげます」
「……私にですか?」
てっきり他の方に渡すものかと……。
「うん。エレちゃんにつけてほしいなと思って」
「?」
「開けてみて」
見ると、袋の中には小さな箱が入っており、私はその箱を開けた。
そこに入っていたのは先ほど見ていたネックレス。
銀のチェーンに、エメラルドのような宝石のネックレスだった。
「エレちゃん、それ気になってたでしょ?」
気になっていたといえば、気になっていたけど……。
「でも、私には合わないかと」
「そんなことはないと思うよ。ぜったーい似合うと思う」
「……そうですか?」
「うん、なんなら、今つけてみる? きっと似合うよ」
アーサー王子がそこまで言うのなら……彼からもらったのだし、つけてみようか。
そうして、私はアーサー王子にネックレスをつけてもらった。
ネックレスなんてつけるの久しぶりだな……。
ネックレスをつけた私を見て、アーサー王子はうんうんと頷き、こう言った。
「綺麗だ。とても似合ってる」
「っ……」
また適当なお世辞を言って……。
彼の言葉がお世辞と分かっていながらも、心中喜ぶ自分がいた。
「で、では次こそお菓子屋さんに参りましょう」
「うん」
よし……これでやっとお菓子屋さんに行ける。
次こそはお菓子の味をちゃんと堪能しよう。
そうして、次のお菓子屋さんへ向かっている道中、アーサー王子からこんなことを言われた。
「エレちゃんにお願いしたいことがあります」
お願い?
「はい、なんでしょうか」
「僕のこと『アーサー』って呼んでもらえませんか?」
――え?
それはつまり『殿下』ではなく『アーサー』と呼んでほしい……と。
私は横にぶんぶんと顔を振った。
「それはできません。殿下は殿下ですので」
私がアーサー王子を『アーサー』と呼んでしまったら、それこそ本当に誤解されてしまう。
しかし、アーサー王子は粘り強く。
「僕からの“お願い”です」
「…………」
と優しい声ながらも、圧強く言ってきた。
むむぅ……アーサー王子のお願いというのなら、命令も同然だから逆らうことはできない。
結局、私は仕方なく呼ぶことにした。
「アーサー様」
呼ぶと、アーサー王子は幸せそうに笑みを浮かべた。
……とっても嬉しそうね。
こんなもので嬉しくなるものなのだろうか。
「これでご満足ですか」
「満足です。これから、僕を呼ぶ時は『アーサー』でお願いします」
「それは無理です」
「“お願い”です」
「むぅ……分かりました」
そうして、アーサー王子からの“お願い”ごとをされたり、魔法陣による連鎖術式についてお話をしてたりして歩いていると、目的のお菓子屋さんが見えてきた。
やったぁー、またケーキが食べられる!
待っていて、ケーキさん。絶対に食べてあげるから。
と早足で歩き始めたその瞬間――――。
「キャー!!」
近くで女性の叫びが響いた。
声が聞こえた方向から、逃げるように走り出す人々。
そこには人間ではないものが暴れていた。
暴れるそれは、近くのカフェにあったテーブルを壊し、窓ガラスを割っていく。
お客さんも慌てて逃げ出していた。
「あれは……獣族?」
――――獣族。
獣のような姿から、そう呼ばれる族種。
彼らは他の動物たちと違い、人間と同じように話すことができる。
彼らは頭がよく学者として活躍している方が多く、人間は彼らとは敵対していない。
当然、私たちの国にも獣族はいるけど、現れた獣族は少し違った。
白目分は黒く、自我を失っているよう。
あれはきっと魔王軍側の獣族だ。
「アーサー様、お逃げください」
私はアーサー王子の前に立ち、杖を構える。
住民たちは悲鳴を上げながら、逃げ出していた。
「エレちゃんこそ、逃げて」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。あの獣人を倒します」
「なら、僕も手伝う」
「いえ、アーサー様はお逃げください」
彼は強い。戦闘能力も魔法技術も十分にあることは耳にしている。
だけど、相手は魔王軍の者で、良くわからない状態にある獣人。
アーサー王子に万が一のことがあれば、大問題になる。
しかし、彼が逃げてくれる様子はない。
「エレちゃんが逃げないのなら、僕も逃げない」
「ですが……」
「大丈夫だよ、エレちゃん」
アーサー王子は安心させるような柔らかな声で、私を名を呼び、ニコリと微笑む。
「僕はもう負けないし、何があっても、僕はずっと君の隣にいるから」
強くそう言う彼の瞳には覚悟があった。
……これは言っても逃げてくれなさそうだな。
「では、支援魔法をお願いします」
「了解しました。エレちゃん、気を付けて」
「はい。アーサー様も危険だと思ったら、距離を取ってください」
「分かった」
私は逃げる人々とは真逆の方向へ走り出す。
不思議にも獣族たちは住民に目を向けず、私の方へ真っすぐ走って来ていた。
「そこの獣族さん、一体に何があったのですか!」
「あ゛あぁ――――!!」
「止まれば、攻撃をしません! 足を止めて、私たちにお話しください!」
「あ゛あぁ――――!!」
だが、7体の獣族の足が止まる様子はない。
…………そう。言葉は通じない、か。
「パーマフロスト!」
私は走りながら、獣族たちの下半身を氷で固め、身動きを封じる。
そして、腰につけていた短剣を取り出し、即座に獣族の首をかききっていく。
敵の血が噴き出し、私の顔にかかった。
――1体目、撃退。
私は1体を倒すと、次の獣族へと移動。
上半身は固めていなかったので、抵抗しようと獣族が斧を振りかざしてくるが、私はさらりとかわす。
――2体目、3体目、撃退。
その間に力づくで氷を破壊し、自由に動けるようになった獣族。
彼らは他の敵の相手をしている私に襲い掛かってこようとしたが。
「アンプルスバイン!」
後方からアーサー王子が緑魔法を使って、太い蔓で彼らを拘束。
そして、手の空いた私はすぐに炎魔法で獣族を焼き付くし、全ての獣族を屠った。
「これで全部かしら……」
久しぶりの戦闘ではあったが、身体はなまっていないかった。
訓練のおかげだわ。訓練最高。
でも、油断はしない。
ちゃんと死んでいるか確認しておこう。
背を向けた瞬間に襲われたら、対応できないわけではないけど、困るし面倒だし。
そうして、敵の死体を確認していたその時。
「エレちゃん! 左!」
アーサー王子が声が響く。
見ると、左上から矢が飛んできていた。
だが、刺さる前に、私は矢をガシッと掴んだ。
「っは……」
危ない、危ない。
タイミングが悪かったら、矢は刺さっていたかもしれない。
王子が声をかけてくれなかったら、脳天を貫かれていたかも。
ふぅ……本当にギリギリだった。
「マジかよ。それ掴むのかよ」
そんな驚きの声が建物の上から聞こえた。
屋根の上には茶色のフードコートを被った人……いや人にしては大きい……人型の魔物であろう何かが3体いた。
「貴様! 何者だ!」
と尋ねたが、相手は無言。
弓を手にしたまま、突っ立っていた。
私は矢を投げ捨て屋根上に行こうとすると、敵は反対側から屋根を折り姿を消した。
追いかけて、屋根の上に上ったが、誰もいない。
そこから周囲を見渡しても、先ほどの茶色フードコートは見つからない。
…………逃げられたかな。
そのまま追おうと思ったが、王子の護衛らしい人が走り出しているのを見て、犯人の追跡は彼らに任せることにした。
今はアーサー王子の無事が一番だ。離れた時に襲われるかもしれないし。
そうして、私はアーサー王子の所に戻ると。
「エレちゃん!」
「ア、アーサー様?」
彼にぎゅっと抱きしめられた。
「……アーサー様、服が汚れます」
「そんなことはどうでもいいさ……それより大丈夫だった? 怪我はしてない?」
「はい。怪我はしておりません」
「そっか。それなら、よかった」
彼は私の無事を確認すると、安堵の声を漏らした。
だが、さらに彼の抱きしめは強くなった。
「ア、アーサー様……苦しいです」
「あ、ごめん」
ようやく私はやっと解放してくれた。
でも、心配は尽きないようで、アーサー王子は私の手をずっと握っていた。
獣族をここに連れてきたのが、先ほどの茶色フードコートの人物なら、あれもきっと魔王軍側の者。
前線から離れた場所で、敵がいたなんてことがあったら、大騒ぎだ。
「でも、なぜ魔王軍の者がこんな街中に……」
前線から離れたこの街にはそうそう敵がやってくることはない。
一体どうやってここまでやってきたのだろう?
獣族の亡骸を目の前に、私はどこか嫌な予感がしていた。
「はい、とっても美味しかったです」
ケーキを食べ終えた私とアーサー王子は、パティスリーから出て、街を歩いていた。
「ですが……殿下が変な冗談をおっしゃるので、途中からケーキの味がしませんでした」
結局、ケーキは全て食べることができたが、終始アーサー王子が途中から食べたケーキに集中できなくなっていた。
正直、最初に食べたりんごのケーキとチョコケーキぐらいしか味を覚えていない。
すると、アーサー王子はふふっと笑みをこぼした。
「それって、それだけ僕のことを意識してくれたってことだよね?」
「っ……」
「ふふっ、エレちゃん、また顔が真っ赤」
「殿下、もうからかうのはやめてください」
「ごめん、ごめん」
そう謝るアーサー王子は嬉しそうに笑う。
その笑顔すら美しく、私は思わずドキドキしてしまう。
前々から、アーサー王子って端麗な顔をされているとは思っていた。
でも、こんな美しかったかな……はぁ、なんか暑い、暑いわ。
「今のはエレちゃんが可愛かったから、いじわるしちゃったけど、でも、ケーキの時に言ったことは全部本音だよ」
「本音……」
「うん、僕はエレちゃんのことが好きって本音」
また適当なことを言って……。
「……そ、そういうことは冗談でも言ってはいけません」
「冗談じゃないよ。本気だよ」
「つ、次の場所に行きましょう」
「うん。次に紹介したい場所はここだよ」
そう言って、アーサー王子に案内された場所はお菓子屋さん……ではなく、アクセサリーショップだった。
「お菓子屋さんではないのですか?」
「うん、残念ながら。お菓子屋さんはここの次」
正直アクセサリーにはあまり興味がないけど、せっかく紹介してもらったし、入るだけ入ろうか……。
店内に入ると、そこには大きな宝石がついた指輪、何個も宝石がついたネックレス、蝶々がデザインされた金のイヤリングなど数々のアクセサリーたちがあった。
わぁ……眩しいほどにキラキラだわ。
私には縁がなかった場所だなぁ。
もちろん、私には買うお金がなかったというわけではない。
軍に勤めている間に稼いだお金は、ほとんど魔法石とか杖に使っていた。
アクセサリーなんて持っていたって、私には宝の持ち腐れだし。
ここは時間を潰して、次のお菓子屋さんに行くことにしよう。
そして、適当に眺めていると、1つのネックレスに目を留めた。
「それ、気になるの?」
気になったネックレス。それはエメラルドのような小さな宝石がついたもの。
ついている宝石はいつかルイと見たあの川の輝きに似ていた。
「はい。昔見た川の色に似ているなと思いまして」
「川の色か……その川はとても綺麗だったんだろうね」
「はい。流れる水も澄んでいて、蛍も飛んでいて全てが綺麗でした」
ルイと遊んだ時のことを思い出しながら、私はネックレスを取る。
この宝石、本当にあの川の色だわ。綺麗……。
「エレちゃんはこのネックレス買うの?」
「いえ……私が買ってもつける機会がないので、買いませんよ」
「そうなの? エレちゃんには似合うと思うけど」
「私が持っていても意味はありません。それよりも普段から身につける方に買ってもらった方が、このネックレスも幸せでしょう」
そして、全てのアクセサリーに目を通したが、気になったあのネックレス以外に特に目ぼしいものがなく、アーサー王子は買うものがあるらしいので、私は先に店を出た。
アーサー王子が購入されているのは、きっと懇意にされているご令嬢にプレゼントするもの。
街を眺めて待っていると、アーサー王子は小さな袋を持って店から出てきた。
「エレちゃん、待たせたね」
「ご心配なく。殿下はご所望のものを入手できましたか?」
「うん。手に入りました」
「それはよかったです。では、次のお店に参りましょうか」
次のお菓子屋さんにはどんなお菓子があるのだろう……ちょっとわくわく。
私が歩き出そうとした時、アーサー王子は「あー、ちょっとその前に」とストップをかけた。
「エレちゃん、手を出してもらえる?」
「手ですか? こうですか?」
私はアーサー王子に物乞いをするかのうように両手を出す。
一体何をするつもりなんだろう……。
すると、アーサー王子は小さな袋を私の手の上に乗せた。
「え?」
「これ、エレちゃんにあげます」
「……私にですか?」
てっきり他の方に渡すものかと……。
「うん。エレちゃんにつけてほしいなと思って」
「?」
「開けてみて」
見ると、袋の中には小さな箱が入っており、私はその箱を開けた。
そこに入っていたのは先ほど見ていたネックレス。
銀のチェーンに、エメラルドのような宝石のネックレスだった。
「エレちゃん、それ気になってたでしょ?」
気になっていたといえば、気になっていたけど……。
「でも、私には合わないかと」
「そんなことはないと思うよ。ぜったーい似合うと思う」
「……そうですか?」
「うん、なんなら、今つけてみる? きっと似合うよ」
アーサー王子がそこまで言うのなら……彼からもらったのだし、つけてみようか。
そうして、私はアーサー王子にネックレスをつけてもらった。
ネックレスなんてつけるの久しぶりだな……。
ネックレスをつけた私を見て、アーサー王子はうんうんと頷き、こう言った。
「綺麗だ。とても似合ってる」
「っ……」
また適当なお世辞を言って……。
彼の言葉がお世辞と分かっていながらも、心中喜ぶ自分がいた。
「で、では次こそお菓子屋さんに参りましょう」
「うん」
よし……これでやっとお菓子屋さんに行ける。
次こそはお菓子の味をちゃんと堪能しよう。
そうして、次のお菓子屋さんへ向かっている道中、アーサー王子からこんなことを言われた。
「エレちゃんにお願いしたいことがあります」
お願い?
「はい、なんでしょうか」
「僕のこと『アーサー』って呼んでもらえませんか?」
――え?
それはつまり『殿下』ではなく『アーサー』と呼んでほしい……と。
私は横にぶんぶんと顔を振った。
「それはできません。殿下は殿下ですので」
私がアーサー王子を『アーサー』と呼んでしまったら、それこそ本当に誤解されてしまう。
しかし、アーサー王子は粘り強く。
「僕からの“お願い”です」
「…………」
と優しい声ながらも、圧強く言ってきた。
むむぅ……アーサー王子のお願いというのなら、命令も同然だから逆らうことはできない。
結局、私は仕方なく呼ぶことにした。
「アーサー様」
呼ぶと、アーサー王子は幸せそうに笑みを浮かべた。
……とっても嬉しそうね。
こんなもので嬉しくなるものなのだろうか。
「これでご満足ですか」
「満足です。これから、僕を呼ぶ時は『アーサー』でお願いします」
「それは無理です」
「“お願い”です」
「むぅ……分かりました」
そうして、アーサー王子からの“お願い”ごとをされたり、魔法陣による連鎖術式についてお話をしてたりして歩いていると、目的のお菓子屋さんが見えてきた。
やったぁー、またケーキが食べられる!
待っていて、ケーキさん。絶対に食べてあげるから。
と早足で歩き始めたその瞬間――――。
「キャー!!」
近くで女性の叫びが響いた。
声が聞こえた方向から、逃げるように走り出す人々。
そこには人間ではないものが暴れていた。
暴れるそれは、近くのカフェにあったテーブルを壊し、窓ガラスを割っていく。
お客さんも慌てて逃げ出していた。
「あれは……獣族?」
――――獣族。
獣のような姿から、そう呼ばれる族種。
彼らは他の動物たちと違い、人間と同じように話すことができる。
彼らは頭がよく学者として活躍している方が多く、人間は彼らとは敵対していない。
当然、私たちの国にも獣族はいるけど、現れた獣族は少し違った。
白目分は黒く、自我を失っているよう。
あれはきっと魔王軍側の獣族だ。
「アーサー様、お逃げください」
私はアーサー王子の前に立ち、杖を構える。
住民たちは悲鳴を上げながら、逃げ出していた。
「エレちゃんこそ、逃げて」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。あの獣人を倒します」
「なら、僕も手伝う」
「いえ、アーサー様はお逃げください」
彼は強い。戦闘能力も魔法技術も十分にあることは耳にしている。
だけど、相手は魔王軍の者で、良くわからない状態にある獣人。
アーサー王子に万が一のことがあれば、大問題になる。
しかし、彼が逃げてくれる様子はない。
「エレちゃんが逃げないのなら、僕も逃げない」
「ですが……」
「大丈夫だよ、エレちゃん」
アーサー王子は安心させるような柔らかな声で、私を名を呼び、ニコリと微笑む。
「僕はもう負けないし、何があっても、僕はずっと君の隣にいるから」
強くそう言う彼の瞳には覚悟があった。
……これは言っても逃げてくれなさそうだな。
「では、支援魔法をお願いします」
「了解しました。エレちゃん、気を付けて」
「はい。アーサー様も危険だと思ったら、距離を取ってください」
「分かった」
私は逃げる人々とは真逆の方向へ走り出す。
不思議にも獣族たちは住民に目を向けず、私の方へ真っすぐ走って来ていた。
「そこの獣族さん、一体に何があったのですか!」
「あ゛あぁ――――!!」
「止まれば、攻撃をしません! 足を止めて、私たちにお話しください!」
「あ゛あぁ――――!!」
だが、7体の獣族の足が止まる様子はない。
…………そう。言葉は通じない、か。
「パーマフロスト!」
私は走りながら、獣族たちの下半身を氷で固め、身動きを封じる。
そして、腰につけていた短剣を取り出し、即座に獣族の首をかききっていく。
敵の血が噴き出し、私の顔にかかった。
――1体目、撃退。
私は1体を倒すと、次の獣族へと移動。
上半身は固めていなかったので、抵抗しようと獣族が斧を振りかざしてくるが、私はさらりとかわす。
――2体目、3体目、撃退。
その間に力づくで氷を破壊し、自由に動けるようになった獣族。
彼らは他の敵の相手をしている私に襲い掛かってこようとしたが。
「アンプルスバイン!」
後方からアーサー王子が緑魔法を使って、太い蔓で彼らを拘束。
そして、手の空いた私はすぐに炎魔法で獣族を焼き付くし、全ての獣族を屠った。
「これで全部かしら……」
久しぶりの戦闘ではあったが、身体はなまっていないかった。
訓練のおかげだわ。訓練最高。
でも、油断はしない。
ちゃんと死んでいるか確認しておこう。
背を向けた瞬間に襲われたら、対応できないわけではないけど、困るし面倒だし。
そうして、敵の死体を確認していたその時。
「エレちゃん! 左!」
アーサー王子が声が響く。
見ると、左上から矢が飛んできていた。
だが、刺さる前に、私は矢をガシッと掴んだ。
「っは……」
危ない、危ない。
タイミングが悪かったら、矢は刺さっていたかもしれない。
王子が声をかけてくれなかったら、脳天を貫かれていたかも。
ふぅ……本当にギリギリだった。
「マジかよ。それ掴むのかよ」
そんな驚きの声が建物の上から聞こえた。
屋根の上には茶色のフードコートを被った人……いや人にしては大きい……人型の魔物であろう何かが3体いた。
「貴様! 何者だ!」
と尋ねたが、相手は無言。
弓を手にしたまま、突っ立っていた。
私は矢を投げ捨て屋根上に行こうとすると、敵は反対側から屋根を折り姿を消した。
追いかけて、屋根の上に上ったが、誰もいない。
そこから周囲を見渡しても、先ほどの茶色フードコートは見つからない。
…………逃げられたかな。
そのまま追おうと思ったが、王子の護衛らしい人が走り出しているのを見て、犯人の追跡は彼らに任せることにした。
今はアーサー王子の無事が一番だ。離れた時に襲われるかもしれないし。
そうして、私はアーサー王子の所に戻ると。
「エレちゃん!」
「ア、アーサー様?」
彼にぎゅっと抱きしめられた。
「……アーサー様、服が汚れます」
「そんなことはどうでもいいさ……それより大丈夫だった? 怪我はしてない?」
「はい。怪我はしておりません」
「そっか。それなら、よかった」
彼は私の無事を確認すると、安堵の声を漏らした。
だが、さらに彼の抱きしめは強くなった。
「ア、アーサー様……苦しいです」
「あ、ごめん」
ようやく私はやっと解放してくれた。
でも、心配は尽きないようで、アーサー王子は私の手をずっと握っていた。
獣族をここに連れてきたのが、先ほどの茶色フードコートの人物なら、あれもきっと魔王軍側の者。
前線から離れた場所で、敵がいたなんてことがあったら、大騒ぎだ。
「でも、なぜ魔王軍の者がこんな街中に……」
前線から離れたこの街にはそうそう敵がやってくることはない。
一体どうやってここまでやってきたのだろう?
獣族の亡骸を目の前に、私はどこか嫌な予感がしていた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる