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第1章 約束と再会編
第28話 婚約者 後編
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「エレシュキガル・レイルロードは僕の婚約者だ――」
何かの冗談かと思った。
私は友人で、アーサー様の婚約者ではない。
今の今まで、婚約の話なんて何もなかった。
とんでもないことを言いだしたアーサー様に、私は思わず目を見開いていた。
一体アーサー様は何を考えて――――。
「で、殿下! 何をおっしゃっているのですか!?」
私がアーサー様に尋ねる前に声を上げたのは、ブリジット様。
いつも気品で溢れる彼女は、取り乱し慌てていた。
「『何を』って、僕とエレちゃんは婚約しているって言ったんだよ」
「わ、私と婚約するのではなかったのですか!?」
やっぱり……。
風の噂ではあるけれど、アーサー様はブリジット様とご婚約されるとかなんとか聞いたことがある。きっと王族の方とブリジット様のご実家ラストナイト家で話を進めていたのだろう。
それなのに、別に婚約者がいるなんて言われた。
ブリジット様が驚かれるのも無理はない。
「僕がそんなことを言った覚えはないけど、誰が言ったの?」
「……」
だんまりするブリジット様に対し、アーサー様は小さくため息をつく。
「君たちは勝手に話を進めていたようだけど、僕がそれを受け入れるとでも思ったのかい? 自分の婚約者は自分で決めるよ」
ブリジット様は下唇を噛み、キッと私を睨む。
いや、私を睨まれても……私も全然知らなかったので……。
「殿下、私は殿下を愛しております。そんな戦しか知らない女よりも私と婚約した方がお国のためにもなると思います。どうかお考え直しください」
「君と婚約した方が国のためになる? 本当?」
「はい。その女よりはずっと」
アーサー様に圧倒されながらも、ブリジット様は引き下がることはない。
その瞬間、私を抱き寄せていたアーサー様の腕にぐっと力が入った。
「僕はそう思わない。現時点で、君は人を使っていじめを行った可能性があるし、君は国のために何かしようとした? 君の行動を見てはいたけど、君は勉学にも魔術にも何にも力を入れている様子はなかった。そんな君との婚約は国のためにはならないし、なにより、僕は君のことを好きじゃない」
……うっ、そんなドストレートに言わなくても。
まぁ、アーサー様が言わなかったら、正しく伝わらなくて誤解されるかもしれないし、はっきり言ってあげた方がいいのか。
うーん。でも、ブリジット様のお顔が絶望になってる。
絶対に傷ついているわ。
だが、私が物を言える雰囲気ではなく、アーサー様は話を続けた。
「エレちゃん……エレシュキガルは真面目に生きてる。人を頼らずに1人でいじめに耐えようとしてしまう難点はあるけれど、彼女はこの国の将来のために、必死に戦っている」
「………」
「この国の平和と安泰を望む僕には彼女が必要だし、僕は彼女を愛してる。だから、誰であろうと彼女を傷つける者は許さないよ」
そう語るアーサー様の瞳は真っすぐだった。
水色の瞳はゆるぎなく、輝いていた。
私が必要……愛してる……。
アーサー様の言葉が頭の中で反芻し、頬が熱くなるのを感じる。
直球な言葉に私は恥ずかしくなってしまったが、横から見えるアーサー様の顔は真剣そのもので、彼に見とれてしまっていた。
彼が輝いて見えていた。
「君たちの話はこれでおしまいにしたいのだけど、他に何かある?」
アーサー様はブリジット様に問いかける。
だが、彼女の口が開くことはなく、顔を俯かせて肩をプルプルと震わせていた。
周りにいた女の子たちは彼女に声をかけようか悩んでいるようで、そわそわしている。
一方、いつの間にか泣き止んでいたスカーレットさんは、リアムさんと話していた。どうやら、事情聴取されているようだった。
これで一件落着かしら。
私はほとんどアーサー様に任せて、特にすることもなく、じっとしていただけ。
でも、アーサー様がいらっしゃってよかった。
きっと私1人だったら、何も言えず退学していただろうから。
でも、私が婚約者ってどういうことだろう。
「あのアーサー様――」
婚約について尋ねようとした瞬間、私のお腹からぐっーという音が響く。
隣のアーサー様も音に気づいたようで、目を丸くしていた。
ああ、そういえば私ご飯食べていないんだった。
色んなことがあったせいで、すっかり忘れていたわ。
すると、くすっという笑い声が聞こえる。
横を見ると、アーサー様が小さく笑っていた。
「エレちゃん、ご飯食べていなかったの?」
「………はい。列に並んでいるところを話しかけられましたので」
「じゃあ、一緒にご飯にしようか」
「はい」
「今日は何と何の定食にするの?」
「コロッケとギュウドンです」
そうして、私はアーサー様と2人で食堂の列へと並ぶ。
こちらに注目していた他のみんなも友人とおしゃべりをしながら元の席へ帰り、程よく騒がしい食堂へと戻っていく。
私とアーサー様の婚約について話している人がいたけれど、その時の私はそれどころではなく、ご飯のことで頭がいっぱいだった。
その後も婚約のことはすっかり忘れて、アーサー様と一緒にダブル定食を楽しんでいた。
★★★★★★★★
ご飯を食べ終えた私たちは中庭に来ていた。
快晴の空の下で白、ピンク、赤の薔薇が咲き誇るその中庭。
そこはとても綺麗だが、生徒は誰もいない。
セレナもリアムさんもマナミ様もいない。
3人とも用事があるからと言って、食堂で別れた。
なので、今は私とアーサー様の2人きり。
「ここに座ろうか」
「はい」
涼しそうな木陰の中にあったベンチに、私たちは腰を掛ける。
その際、私は距離を置こうとしたが、離れようとすると、アーサー様はこちらに詰め寄ってきた。また離れても、無言ですぐに近づいてくる。
最終的に端まで行くと、逃げることができなくなった私は諦めた。
正直言って、心臓がバックバク。
距離も普段より近いし、気づいたら手を握られているし。
なぜ今日のアーサー様はこんなに積極的なのだろう。
「さっきのことだけど、エレちゃんと僕が婚約してるなんてこと言って、本当にごめんなさい」
アーサー様は丁寧に私に頭を下げる。
あ、そうよね。
嘘に決まってる。
本気に思ってしまった自分が恥ずかしい……。
勝手に1人で変な誤解をしてしまっていて申し訳なく思った私も慌てて頭を下げた。
「いえ、アーサー様が謝罪されることはありません。アーサー様は私へのいじめをなくそうとしたのですよね。こちらこそご迷惑をおかけしてすみません」
「エレちゃんこそ謝らなくていいよ。エレちゃんを助けるのは当たり前のことだから……でもね、婚約のことはずっと話そうと思ってたんだよ」
と言って、アーサー様は立ち上がると私の前で跪き、ポケットの中から何かを取り出す。
取り出したのは手のひらよりも小さな箱。
アーサー様はその箱をパカリと開けて、中身を私に見せた。
「……?」
…………なぜ私にこれを見せるのだろう?
その箱の中があったのは小さな碧の宝石がついた指輪。
ついている宝石は、アーサー様がくださったあのネックレスの宝石と似たもの。
とっても綺麗だけど……。
「あの……これは?」
「指輪。エレちゃんの婚約指輪だよ」
「え」
私は指輪とアーサー様を交互に見る。
目を合わせると、アーサー様はニコッと優しく微笑んだ。
「エレシュキガル・レイルロード。僕と婚約してくださいませんか?」
彼の瞳は真剣そのもの。
冗談じゃないことぐらいすぐに分かった。
「私と……ですか?」
「うん。僕は君と生きていきたいんだ」
「私なんかでいいのですか?」
「うん、エレちゃんがいい」
アーサー様が好きなのか考える度に、どうしてもルイが脳裏をよぎる。
ルイはもういないし、彼との約束は二度と果たされないから。私が誰と婚約しても、結婚しても構わない。
だけど、ルイのことを忘れられない……。
なのに、そんな中途半端な私でいいのだろうか。
「私は……まだアーサー様を好きかどうか分かりません」
「うん。それでいいよ。いつか好きになってもらえるように、僕が頑張るから」
「……誰かを好きになることを恐れている私でもですか」
そう言うと、アーサー様は黙った。
でも、一時して、彼は慎重そうに口を開いた。
「怖い理由を聞いてもいい?」
「……私が誰かを好きになったら、相手がどこかに行ってしまう、死んでしまうのではないかって思ってしまうんです」
ルイは、私が彼を必要とした時にはいなくなった。
それなら、誰も好きにならないままの方がいいんじゃないかと思ってしまう。
アーサー様は跪いたまま、そっと私の手を取る。
「大丈夫。僕はどこにも行かない。エレちゃんから離れない」
「本当ですか。アーサー様はどこにも行きませんか」
「うん、どこにも行かない。エレちゃんから離れることはもうないよ。だから、僕と婚約してくれるかい?」
私はアーサー様の手を取る。
指輪を持つその手はとても温かく、優しいもの。
その手に触れると、安心できる自分がいた。
『好き』という感情は私の中でまだはっきりしていない。
でも、アーサー様を失うことが嫌なのは分かった。
だから、私も二度とこの手を離さないでいよう。
「ふつつかな者ですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そうして、私はアーサー様の婚約者となった。
何かの冗談かと思った。
私は友人で、アーサー様の婚約者ではない。
今の今まで、婚約の話なんて何もなかった。
とんでもないことを言いだしたアーサー様に、私は思わず目を見開いていた。
一体アーサー様は何を考えて――――。
「で、殿下! 何をおっしゃっているのですか!?」
私がアーサー様に尋ねる前に声を上げたのは、ブリジット様。
いつも気品で溢れる彼女は、取り乱し慌てていた。
「『何を』って、僕とエレちゃんは婚約しているって言ったんだよ」
「わ、私と婚約するのではなかったのですか!?」
やっぱり……。
風の噂ではあるけれど、アーサー様はブリジット様とご婚約されるとかなんとか聞いたことがある。きっと王族の方とブリジット様のご実家ラストナイト家で話を進めていたのだろう。
それなのに、別に婚約者がいるなんて言われた。
ブリジット様が驚かれるのも無理はない。
「僕がそんなことを言った覚えはないけど、誰が言ったの?」
「……」
だんまりするブリジット様に対し、アーサー様は小さくため息をつく。
「君たちは勝手に話を進めていたようだけど、僕がそれを受け入れるとでも思ったのかい? 自分の婚約者は自分で決めるよ」
ブリジット様は下唇を噛み、キッと私を睨む。
いや、私を睨まれても……私も全然知らなかったので……。
「殿下、私は殿下を愛しております。そんな戦しか知らない女よりも私と婚約した方がお国のためにもなると思います。どうかお考え直しください」
「君と婚約した方が国のためになる? 本当?」
「はい。その女よりはずっと」
アーサー様に圧倒されながらも、ブリジット様は引き下がることはない。
その瞬間、私を抱き寄せていたアーサー様の腕にぐっと力が入った。
「僕はそう思わない。現時点で、君は人を使っていじめを行った可能性があるし、君は国のために何かしようとした? 君の行動を見てはいたけど、君は勉学にも魔術にも何にも力を入れている様子はなかった。そんな君との婚約は国のためにはならないし、なにより、僕は君のことを好きじゃない」
……うっ、そんなドストレートに言わなくても。
まぁ、アーサー様が言わなかったら、正しく伝わらなくて誤解されるかもしれないし、はっきり言ってあげた方がいいのか。
うーん。でも、ブリジット様のお顔が絶望になってる。
絶対に傷ついているわ。
だが、私が物を言える雰囲気ではなく、アーサー様は話を続けた。
「エレちゃん……エレシュキガルは真面目に生きてる。人を頼らずに1人でいじめに耐えようとしてしまう難点はあるけれど、彼女はこの国の将来のために、必死に戦っている」
「………」
「この国の平和と安泰を望む僕には彼女が必要だし、僕は彼女を愛してる。だから、誰であろうと彼女を傷つける者は許さないよ」
そう語るアーサー様の瞳は真っすぐだった。
水色の瞳はゆるぎなく、輝いていた。
私が必要……愛してる……。
アーサー様の言葉が頭の中で反芻し、頬が熱くなるのを感じる。
直球な言葉に私は恥ずかしくなってしまったが、横から見えるアーサー様の顔は真剣そのもので、彼に見とれてしまっていた。
彼が輝いて見えていた。
「君たちの話はこれでおしまいにしたいのだけど、他に何かある?」
アーサー様はブリジット様に問いかける。
だが、彼女の口が開くことはなく、顔を俯かせて肩をプルプルと震わせていた。
周りにいた女の子たちは彼女に声をかけようか悩んでいるようで、そわそわしている。
一方、いつの間にか泣き止んでいたスカーレットさんは、リアムさんと話していた。どうやら、事情聴取されているようだった。
これで一件落着かしら。
私はほとんどアーサー様に任せて、特にすることもなく、じっとしていただけ。
でも、アーサー様がいらっしゃってよかった。
きっと私1人だったら、何も言えず退学していただろうから。
でも、私が婚約者ってどういうことだろう。
「あのアーサー様――」
婚約について尋ねようとした瞬間、私のお腹からぐっーという音が響く。
隣のアーサー様も音に気づいたようで、目を丸くしていた。
ああ、そういえば私ご飯食べていないんだった。
色んなことがあったせいで、すっかり忘れていたわ。
すると、くすっという笑い声が聞こえる。
横を見ると、アーサー様が小さく笑っていた。
「エレちゃん、ご飯食べていなかったの?」
「………はい。列に並んでいるところを話しかけられましたので」
「じゃあ、一緒にご飯にしようか」
「はい」
「今日は何と何の定食にするの?」
「コロッケとギュウドンです」
そうして、私はアーサー様と2人で食堂の列へと並ぶ。
こちらに注目していた他のみんなも友人とおしゃべりをしながら元の席へ帰り、程よく騒がしい食堂へと戻っていく。
私とアーサー様の婚約について話している人がいたけれど、その時の私はそれどころではなく、ご飯のことで頭がいっぱいだった。
その後も婚約のことはすっかり忘れて、アーサー様と一緒にダブル定食を楽しんでいた。
★★★★★★★★
ご飯を食べ終えた私たちは中庭に来ていた。
快晴の空の下で白、ピンク、赤の薔薇が咲き誇るその中庭。
そこはとても綺麗だが、生徒は誰もいない。
セレナもリアムさんもマナミ様もいない。
3人とも用事があるからと言って、食堂で別れた。
なので、今は私とアーサー様の2人きり。
「ここに座ろうか」
「はい」
涼しそうな木陰の中にあったベンチに、私たちは腰を掛ける。
その際、私は距離を置こうとしたが、離れようとすると、アーサー様はこちらに詰め寄ってきた。また離れても、無言ですぐに近づいてくる。
最終的に端まで行くと、逃げることができなくなった私は諦めた。
正直言って、心臓がバックバク。
距離も普段より近いし、気づいたら手を握られているし。
なぜ今日のアーサー様はこんなに積極的なのだろう。
「さっきのことだけど、エレちゃんと僕が婚約してるなんてこと言って、本当にごめんなさい」
アーサー様は丁寧に私に頭を下げる。
あ、そうよね。
嘘に決まってる。
本気に思ってしまった自分が恥ずかしい……。
勝手に1人で変な誤解をしてしまっていて申し訳なく思った私も慌てて頭を下げた。
「いえ、アーサー様が謝罪されることはありません。アーサー様は私へのいじめをなくそうとしたのですよね。こちらこそご迷惑をおかけしてすみません」
「エレちゃんこそ謝らなくていいよ。エレちゃんを助けるのは当たり前のことだから……でもね、婚約のことはずっと話そうと思ってたんだよ」
と言って、アーサー様は立ち上がると私の前で跪き、ポケットの中から何かを取り出す。
取り出したのは手のひらよりも小さな箱。
アーサー様はその箱をパカリと開けて、中身を私に見せた。
「……?」
…………なぜ私にこれを見せるのだろう?
その箱の中があったのは小さな碧の宝石がついた指輪。
ついている宝石は、アーサー様がくださったあのネックレスの宝石と似たもの。
とっても綺麗だけど……。
「あの……これは?」
「指輪。エレちゃんの婚約指輪だよ」
「え」
私は指輪とアーサー様を交互に見る。
目を合わせると、アーサー様はニコッと優しく微笑んだ。
「エレシュキガル・レイルロード。僕と婚約してくださいませんか?」
彼の瞳は真剣そのもの。
冗談じゃないことぐらいすぐに分かった。
「私と……ですか?」
「うん。僕は君と生きていきたいんだ」
「私なんかでいいのですか?」
「うん、エレちゃんがいい」
アーサー様が好きなのか考える度に、どうしてもルイが脳裏をよぎる。
ルイはもういないし、彼との約束は二度と果たされないから。私が誰と婚約しても、結婚しても構わない。
だけど、ルイのことを忘れられない……。
なのに、そんな中途半端な私でいいのだろうか。
「私は……まだアーサー様を好きかどうか分かりません」
「うん。それでいいよ。いつか好きになってもらえるように、僕が頑張るから」
「……誰かを好きになることを恐れている私でもですか」
そう言うと、アーサー様は黙った。
でも、一時して、彼は慎重そうに口を開いた。
「怖い理由を聞いてもいい?」
「……私が誰かを好きになったら、相手がどこかに行ってしまう、死んでしまうのではないかって思ってしまうんです」
ルイは、私が彼を必要とした時にはいなくなった。
それなら、誰も好きにならないままの方がいいんじゃないかと思ってしまう。
アーサー様は跪いたまま、そっと私の手を取る。
「大丈夫。僕はどこにも行かない。エレちゃんから離れない」
「本当ですか。アーサー様はどこにも行きませんか」
「うん、どこにも行かない。エレちゃんから離れることはもうないよ。だから、僕と婚約してくれるかい?」
私はアーサー様の手を取る。
指輪を持つその手はとても温かく、優しいもの。
その手に触れると、安心できる自分がいた。
『好き』という感情は私の中でまだはっきりしていない。
でも、アーサー様を失うことが嫌なのは分かった。
だから、私も二度とこの手を離さないでいよう。
「ふつつかな者ですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そうして、私はアーサー様の婚約者となった。
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