婚約破棄された軍人令嬢、なぜか第2王子に溺愛される

せんぽー

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第1章 約束と再会編

第32話 俺とお前でデートをしよう

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 この前の実技訓練で出会った美青年クライド。
 出会った当時、彼は王国では珍しい黒のレイピアを持っていた。
 私はその剣が気になっていたのだが、最近は忙しくていて、そのことをすっかり忘れていた。
 
 通常、グレックスラッド王国ではレイピアの色は銀や青、銅。
 それ以外にも他の色をしているものはあるのだが、黒は一度も見たことがなかった。
 さらに、クライドの黒レイピアは振れば波を作りだせるという特性も持っている。

 これが気にならないはずがない。
 一体、あのレイピアにはどんな魔法技術が組み込まれているのかしら。

 「うぅ……気になる……」

 静かな教室で私は頭を抱えて1人呻く。
 朝にランニングをして着替えた後、教室に来たのだが、まだ教室には誰も来ていなかった。
 だから、変な呻き声をあげても、誰かに聞かれるということはないのだけれど……。
 
 目を閉じ、あの地下で見た漆黒のレイピアをふと思い出す。
 クライドが手に持つその剣は、近くに灯されている火の明かりを反射させ、きらりと輝く。大きく振ると、綺麗な弧を描く波を作り出す。

 ああ……どこで誰が作ったのかだけ知りたい。
 作っていただけるのなら、私も1本作ってもらいたい。

 だが、私はアーサー様からクライドに会わないようにと言われている。
 言われているけど……でも、私は少しだけだったらいいのではないかと思う。
 ただレイピアのことを聞くだけだし、もしも彼に襲われたら私は戦うまで。
 クライドの持つ武器はいいし、彼も技術があるけれど、私が彼に負けることはないだろう。

 だから、たぶん大丈夫。
 よし、クライドに会いに行こう。

 目を開けると、教室に徐々に生徒が入ってきていた。

 「おはようございます、エレシュキガル」
 「おはよう、エレシュキガル」
 「おはようございます、セレナ、マナミ様」

 私の近くにセレナとマナミ様もすでにおり、左の席に並んで座った。
 だが、アーサー様の姿はない。まだ来ていないみたいね。
 一応クライドに襲われた時のため、私は簡易的な魔法の杖を腰にしまった。
 クライドの所に向かおうと私が立ち上がると、マナミ様が話しかけてきた。

 「エレシュキガル、どこか用事でもあるの?」
 「はい、ちょっとした用事がありまして」
 「もしかして忘れ物ですか?」
 「いえ、そういうわけではなく……」

 と曖昧に答えると、2人は首を傾げた。

 「あの、少し他のクラスに用事がありまして」
 「ああ……そういうこと。授業が始まるまで20分あるし、ゆっくり行ってらっしゃい」
 「はい。行ってきます」
 「あ、でも、クライドには捕まらないように気をつけてね」

 マナミ様は優しく微笑んで送り出してくれたが、私は固く笑ってしまう。

 うぅ……私はそのクライドに用事があるのですが……。
 2人にそのことは言わず、再度教室にはまだアーサー様の姿がないことを確認して、こっそりと教室を出た。

 クライドは私たちの所から2つ隣の教室にいるらしい。
 だから、まずはそちらに向かって……いなかったら、クライドのクラスメイトさんに尋ねることにしよう。
 そうして、私は教室に向かう学生の間を通りながら歩いていると。

 「わっ」
 「うぉ!」
 
 後ろから大きなものが当たり、私は前に倒れそうになる。
 だが、地面に手がつくことはなく、私の左腕は誰かに捕まれていた。

 「わりぃ、俺の不注意であんたをこかすところだったぜ」

 え。この声って……。

 私はゆっくり顔を上げ、ちらりと左にいると思われる相手の顔を見る。
 そこには端正な顔があった。
 艶やかな黒髪に、透き通った碧眼、ずば抜けた身長。
 彼が着ている制服のジャケットの下からはちらりと青のパーカーが見え、ネクタイは緩まっていた。

 「って、誰かと思えば、エレシュキガルじゃねーか」

 ぶつかった相手は私が会いに行こうとしていたクライド。
 彼は以前出会った時とは違い、制服を身にまとっていた。
 この前の運動着とは違うから知らない人かと思ったわ。

 「お久しぶりです、クライド」
 「おう。おひさだな、エレシュキガル。てか、さっきは悪かったな。怪我とかしてないか?」
 「はい。なんともありません」
 「そりゃあ、よかった………ところで、今あんたのアーサーは近くにいないよな?」
 「はい。まだ教室には来ていません」
 「そうか。あんたの近くにはいつもアーサー様が引っ付いているから、あんたに話せねぇなと思っていたんだよ。でも、今日は1人で出てきてくれてよかったぜ」 
 
 その様子だとクライドも何か私に用事があったのかしら?
 そのことを尋ねてみると、クライドは縦に首を振った。

 「ああ、少し誘いたいことがあってな……あんたも俺に用事か?」
 「私もお聞きしたいことがありました」
 「奇遇だな。あんたの聞きたいことってなんだ?」
 「あなたのレイピアについて知りたいんです。あれはどこで手に入れたものなのですか?」
 「レイピア……黒のやつのことか?」
 「はい」

 すると、クライドはなぜか黙って考え込み始めた。
 もしかして、あのレイピアは借り物で、クライドはレイピアについては詳しくは知らないのだろうか?
 待っていると、一時してクライドは口を開いた。

 「あんたはあのレイピアについて知りたいんだな?」
 「はい」
 「そうか……あれのね……」

 クライドはまだ教えてくれない。

 うぅ……もったいぶらずに早く答えてほしい。
 知らないなら「知らない」とはっきり言ってほしい。
 だが、彼は黙ったままで、ニヤリと笑みを浮かべるだけ。
 そして。

 「なぁ、エレシュキガル。ちょっと戦ってみないか、俺とお前で」

 と、なぜか別の話題を振ってきた。

 「……2人で、ですか?」
 「ああ。お前が勝ったら、レイピアについて教えてやるからさ。だから、1試合俺たちで決闘しようぜ」
 
 私とクライドで決闘……。

 実技訓練で私は彼の戦いっぷりを見た。
 トロール戦は時間はかかるが、私がいなくても彼1人で倒せていたことだろう。
 もちろん、レイピアの性能のこともあるけれど、彼の実力を見る限り軍にいてもおかしくない強者。
 
 うーん、ちょっと戦ってみたいかも。
 クライドがどのくらい強いのか気になる。

 「私が負けた場合はどうするのです?」
 
 私には、勝てばレイピアについて教えてもらうという報酬がある。
 だが、今の試合の条件にはクライドにそういった報酬がない状態だ。
 彼が勝った場合の条件をつけないと試合に公正ではなくなる。

 負けるつもりはさらさらないけど、クライドが提示してくるものが簡単なものであればいいな。

 「うーん。あんたが負けた場合はそうだな……俺とエレシュキガルでデートをするっていうのはどうだ?」
 「デ、デート!?」
 「別にそんな驚くことないだろ……」
 「驚きます……私にはその……あの……婚約者がいらっしゃるのですが」
 「そこは気にするなよ。俺が提案しているデートは友人と遊ぶみたいな感じのもんだ。だから、俺とお前でデートをしようぜ?」
 「………」

 彼に負けるつもりはない。
 だが、クライドの能力を全て把握してはいないので、負ける可能性もなくはない。
 でも、レイピアのことは知りたいから……。

 と私がクライドの誘いに答えようとした瞬間。

 「僕の婚約者をデートに誘うなんてどういうつもりだい?」

 という声が隣から聞こえた。
 横を見ると、隣にいたのはアーサー様。
 いつの間にか横にいた彼に笑顔はなく、冷たく鋭いエメラルドの瞳はクライドを睨んでいた。

 怒っている……。

 そうよね……会わないようにって言われてたから、怒られるのも無理はない。
 理由をちゃんと言えば、納得してくれるだろうけど……。
 
 「ねぇ、クライド。エレちゃんは誰の婚約者か分かってるよね?」
 「ああ、もちろん。リアムの婚約者だろ」
 「…………」
 「今のは冗談だよ。そんなに睨むな。エレシュキガルはお前の大事な大事な婚約者様だろ」
 「なら、なんでエレちゃんと話してるの?」
 「こうなったのは偶然だ。俺がエレシュキガルにぶつかってしまったんだよ」
 「…………」
 「だから、睨むなよ。わざとぶつかったわけじゃねぇって」
 「でも、なんで君とエレちゃんがデートするって話になってるの? おかしくない?」
 「こいつ、俺のレイピアのことを知りたいんだとよ。簡単に教えるわけにもいかねーから、俺が決闘を提案したんだが、公正じゃないとかなんとかで、俺が勝った時の報酬を考えていたんだよ」
 「………エレちゃん、今の話ほんと?」
 「はい。この前の実技訓練で見たクライドの剣が気になりまして、話をお伺いしようと……すみません」
 「………」

 アーサー様の顔は険しくなり、逆にクライドはクククッと笑みをこぼす。
 
 「随分と余裕がなさそうだな、完璧王子」
 「…………誰のせいだ」
 「さぁ~? 誰のせいだろな~? ………でも、まぁ安心しろよ、アーサー。デートといっても、俺からは何もするつもりはねぇ。ただ店に行ったり公園に行ったりして遊ぶだけだ」
 「そんなの許可できるわけないだろ……絶対ダメだ。もし君がどうしてもエレちゃんとデートをしたいというのなら、僕もそのデートについて行く。婚約者が男と2人で出かけるなんて嫌だ」
 「えー。お前がいたら、デートにならないじゃないか」

 クライドとのデート(?)はアーサー様が嫌だって言っているのだから、止めておいた方がいい。
 でも、私としてはレイピアについて教えていただきたい。

 でも、アーサー様が嫌がることはしたくない……。

 「クライド、他に私にしてほしいことはないのですか?」
 「うーん……他のことね……」

 また唸って考え込み始めるクライド。
 彼の返答を待っていると、突然クライドはハッと息を飲み、何か閃いたようにぱぁと顔を明るくさせた。

 「なら、夜に俺の部屋に来てほしいな」
 「……は? それはダメ。絶対ダメ。夜に男の部屋に行くとか、クライドじゃなくてもダメ」
 「じゃあ、デートだな。それぐらいしか思いつかないぜ」

 クライドはそれ以外に案がないのか、肩をすくめた。
 
 「じゃあ、クライドの報酬はなしで、それで決闘をしよう」
 「え~。それじゃあ、決闘はなしだ。エレシュキガルとのデートを褒美にしてくれないのなら、決闘はなーし」

 そう言って、なぜか私とのデートのこだわるクライドは、教室に向かおうとし始める。

 「分かりました、クライド。その条件で決闘をしましょう」

 本当はアーサー様以外の人とはデートはしたくない。
 でも、レイピアのことは知りたい。
 クライドがデートの提案しかしないのなら、私が負けなければいい。勝てばいいんだ。
 
 決闘日時を決めようと私が話しだそうとした瞬間、「エレちゃん、待って」とアーサー様が制した。

 「決闘は僕がする。僕がクライドと戦うよ」

 と、とんでもないことを言い始めた。

 「ほぉ……王子様が決闘ね」
 「うん。こっちが勝ったら、僕らはレイピアについて教えてもらう。もし僕が負けたら、僕とクライドがデートをする」
 「おい、それはさすがに待て。俺は男とデートをする趣味はないんだが」
 「デートなら何でもいいんでしょ。なら、僕とのデートでいいじゃないか」

 アーサー様は冷静に提案するが、クライドはよほど嫌なのかブンブン横に首を振った。

 「どんなデートでもOKなわけあるか。俺がしたいのはエレシュキガルとのデートだ。王子様にエスコートされるデートじゃねぇ。あと、決闘相手はエレシュキガルがいいんだ。俺は元々エレシュキガルと決闘をしたくて誘ったんだよ。エレシュキガルが相手にならないのなら、レイピアのことはなしだな」

 そういうことなら、仕方ない……。
 
 「分かりました。私が戦います」
 「エレちゃん……」
 「アーサー様、ご安心を。私は負けません。誰が相手だろうと」

 軍にいた頃もトップクラスに強い相手と戦ってきた。
 私よりずっと年上の人が相手とも戦ってきた。
 でも、ある1人の人間以外に負けたことはほぼない。

 「へぇ、銀魔女さんは随分と強気だな」
 「強くないと軍人はやっていけれませんので」
 「そりゃあ、そうだな」

 そうして、放課後に決闘をする約束をして、私たちはクライドと別れた。
 クライドがいなくなると、アーサー様は私の左手を取り、ぎゅっと握った。
 私は彼の手を見ていた。目は合わせられなかった。

 「ねぇ、エレちゃん。次からクライドと話したい時は僕に言ってね。一緒に行くからさ。あの人は君が思っている以上に危険だから」
 「はい。先程はすみませんでした……アーサー様に黙って、クライドのところに行こうとしていました」
 「うん。僕もごめんね。エレちゃんがしたいことを阻むようなことをしちゃって。でも、心配なんだ。今回の決闘の条件だって……」

 私が顔を上げると、アーサー様の煌めくエメラルドの瞳と目が合う。
 瞳は輝いていても、でも、私の目にはアーサー様が疲れているようにも見えた。

 「アーサー様、決闘のことは大丈夫です。私は誰が相手だろうと勝ちます。デートはしません」

 そう言うと、アーサー様は一瞬驚く。
 だが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。安心しているようだった。

 「そうだね。エレちゃんは強い……うん、君を信じるよ」
 「はい、信じていてください」

 私たちは手を握って、教室へと戻っていく。
 廊下を行きかう人全員が私たちに目を向けていたけど、どうでもよかった。
 
 私はアーサー様の手のぬくもりを感じながら、ただ強く思った。
 
 ――――クライドとの勝負、絶対に勝とう、と。
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