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第2章 大星祭編

第77話 氷塊の囚われ人

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「アーサー様っ!?」

 もう助からないと思っていた絶対絶命の状況で現れた彼。

 星々の煌めきよりも輝く黄金の髪は大きくなびかせ、ふぅと息を吐く。そして、彼が見上げると、アイスブルーの瞳が見えた。

「エレちゃん、大丈夫?」

 私と目を合わせるなり、ニコッと笑うアーサー様。その笑みは何よりも温かくって、強張っていた体も自然と緩んでいた。

 でも、何でアーサー様がここに…………?

 これまで私から連絡は取れていない。外への連絡手段は見つけ出せなかった。

 一方、イシスたちはかなり警戒していたようだし、アーサー様から探すことは困難に近かったのだろうけど………この様子だと自力で見つけ出したのかしら?

「アーサー様、どうやって私たちの居場所を?」
「彼女たちに渡したお金にさ、追跡魔法をかけておいたんだ」

 アーサー様は私が抱えているイシスをちらりと見る。イシスはさっと目を逸らした。

 お金……身代金とかだろうか。

 地面に頭をつかされた白銀のドラゴンはうめき声をあげる。アーサー様から食らった一発がかなり効いたようだった。

 ドラゴンはもう一匹いたはずだけど…………。

 と別のドラゴンに目を向けると、その上には。

「やぁ! エレシュキガル! 久しぶりだね~」
「兄様!」

 なんと私の兄、シン兄様がいた。彼は笑顔のまま黒のドラゴンの首を締めている。丸メガネの奥の微笑みには不気味さを感じた。

「アハハ、僕の妹を傷つけようとするなんて、君たちどういうつもり~? いくらドラゴン様とはいえ、許せないよ~」

 相変わらず私への思いがおかしい兄様だが、ドラゴンがギブアップしたかのように地面を叩くと、そこでようやく締めていた腕を緩めた。ドラゴンは地面に臥せ、目をグルグル回していた。

「兄様、なぜここに?」
「なぜって、妹の大ピンチに来ないわけがないだろう~?」

 そう言ってニコッと笑顔を見せる兄様。懐かしい微笑みに、私は安心していた。

「ガァ」

 死んだかと思ったドラゴンだが、彼らは雄叫びをあげ、むくりと体を起こす。

 ……マズい。
 まだちゃんと倒し切れていなかった!

 私はイシスを庇うように、彼女の体を隠す。

「………………え」

 しかし、彼らから攻撃が来ることはなく、アーサー様、シン兄様それぞれにドラゴンたちが頭を下げていた。まるでお辞儀をするかのように。

 目を凝らして見ると、ドラゴンの体にもう傷はない。さっきまで確かに怪我を負っていたのに…………。

「君…………」
「クゥ――――」

 透き通った高い鳴き声。まるでひれ伏すかのようにドラゴンたちは頭を下げていた。

 これは一体どういうこと? ドラゴンは私たちを食べようとしていたんではないの?

「マジか。俺まで勇者認定か~戦わないんだけどな~」

 シン兄様のドラゴンは異様になついており、兄様の体に頬をこすりつけていた。アーサー様の方もきゅるんとした瞳を向けている。

 なんだろ、このドラゴンたち……。

 そうして、アーサー様とシン兄様の2人はドラゴンを待機させると、私たちのところへ駆け寄ってくれた。

「あの……アーサー様。ドラゴンたちは一体何を?」
「ああ、あれはたぶん僕らを勇者と判断したんだと思う」
「勇者……………?」
「ほら、おとぎ話にあるだろう。自分が認めた勇者の願いをドラゴンの話」
「うーん、私にはあまり聞き覚えがありませんね」
「俺も~」
「えっ…………じゃあ、その話を知ってるのは僕だけ?」
「そうなるなー。さっき俺もその話を聞いたけど、初めて聞いたし。ドラゴンなんてとっくの昔に滅んでると思っていたし」
「そうなのか…………ともかく、彼らが勇者の願いを叶えてくれるドラゴンだろう」
「えっ、待って。じゃあ、勇者しかドラゴンは願いは叶えてくれな、いのっ………?」

 先ほどから黙っていたイシス。相当気になったのか、アーサー様に問いていた。

「そうだね。おとぎ話ではそうなってるね」
「!?」

 その瞬間、エメラルドグリーンの瞳が大きく開かれる。口も空いていた。

「じ、じゃあ、生贄は…………? 生贄を与えたら、ドラゴンは願いを叶えてくれるんじゃないのっ!?」
「生贄は別に必要ないよ」
「なっ」

 てっきりイシスは生贄を捧げることでドラゴンが願いを叶えてくれるとでも思っていたのか、驚愕のあまり目が泳いでいた。

「じゃあ、イーたちがして、たのって、全部無、駄だった…………? 別に妖精王の契約者、必要なかった、の…………?」

 どこで私が妖精王と繋がっているのか気になるところだったけど、アーサー様が視線を送ってくるので、先に彼の疑問に答えることにした。

「彼女はイシスです。おそらく上に青年がいたと思いますが、彼の妹です」
「…………君がセトの妹」
「…………うん、そう」
「つまり王女殿下ってことかぁ」

 兄様はイシスに近づくと、彼女を軽々と抱える。不思議にもイシスは逃げたりせず、兄様に抱き着いていた。

「…………もう、王女じゃな、い…………国、ない…………」
「失礼いたしました。では、イシス様。俺と上に参りますか」
「…………うん」

 イシスの小さな体は兄様の胸にすっぽり埋っていた。イシスはいっときすんすんと兄様を嗅ぐと、こてんと首を曲げた。
 
「……あなた、誰? 匂いがエレシュキガルと似てる」

 私と兄様は目を合わせ、ふふっと笑みを漏らす。

「エレシュキガルの兄です。イシス様」
「…………名前は?」
「申し遅れました。私、シンと申します」
「……………シン。にぃは………セトは?」
「生きております。処置はしております。ですが、伯爵がどうなっているか分かりません。急いで参りましょう」
「うん」

 私には変な対応をするくせに、こういう時だけは普通の紳士。珍しい兄の姿に呆然としていると、肩に何か掛けられた。見ると、アーサー様が自分の上着を私にかけていた。

「エレちゃん、遅れてごめん」

 アーサー様がぎゅっと抱きしめる。久しぶりの彼のぬくもりに思わず、泣きそうになる。

「…………いえ、アーサー様は何も悪くありませんよ」

 悪いとするのならば、罠に気が付けなかった私だ。イシス(少年)の正体に気づいていれば、どこか飛ばされずに済んだはずだったんだ。

「つらかったよね。手錠を外すよ」

 アーサー様はどこから持ってきたのか、手錠の鍵を錠前に差し込み、拘束を解いてくれた。その瞬間、感じる体内の魔力の流れ。

 だけど、体に上手く力が入らない。その場に立ち上がるので精一杯だった。

 そんな私を、アーサー様は軽々と持ち上げ、お姫様抱っこ。そして、今はすっかり懐いてしまったドラゴンの上に2人で乗った。

「さぁ、行こうか。エレちゃんはしっかり僕にしがみついていて」
「はい」

 そうして、ドラゴンに乗った私たちは、地上を目指して暗闇の空へと飛んだ。



 ★★★★★★★★



 ドラゴンとともに上へと目指した私たち。落下していた時は時間を長く感じ、穴はかなり深いのだろうと思っていたが、ドラゴンに乗っていた時は全然長さを感じなかった。あっという間にあの地下へと戻っていた。

「にぃっ!?」
「う゛ぅ…………」

 地下に着いた途端、ドラゴンから飛び降り、セトへと一直線に走るイシス。幸い、セトは無事だった。意識はまだ戻っていないが、唸っていた。

 心配なので一応回復魔法をかける。イシスはすぐにセトの傍につくなり、ほっと安心した顔を浮かべた。

 セトは大丈夫だろう。イシスもきっと落ち着きを取り戻してる。何かあっても、2人にはシン兄様がついているから、任せておこう。

 それよりも、だ…………。

「あなたがこんなことをするとは思いませんでした、伯爵」

 もう逃げられていると思っていたバイエル伯爵。しかし、彼は地下にいた。背後には部下らしいフードコードを被る黒の男たちを待機させていた。

 バイエル伯爵はいつだって優しい人で思いやりのある人だった。犯罪には無縁の人だと、たとえ犯罪に関わったとしても、それはいつでも巻き込まれる側だと思っていた。

「……伯爵。あなたは一体何を考えているのですか?」

 しかし、彼は私の問いに笑うだけ。
 偽物のような笑顔を見せるだけ。

 その態度に苛立ったのか、私の手を握りしめていたアーサー様の手の力がキュッと強くなる。

「伯爵、エレシュキガルの質問に答えろ」
「…………失礼致しました、殿下、エレシュキガル嬢。随分とエレシュキガル嬢が変わられていたようでしたので、驚いて呆けておりました」

 伯爵は胸に手を当て、頭を深く下げる。顔を上げた後も笑みは崩すことはなかった。

「エレシュキガル嬢、私と取引いたしましょう」

 伯爵がバッと右手を横に伸ばす。直後、彼の隣には大人以上の大きさの氷塊が現れた。宝石のように透き通ったの氷だった。

「………………え?」

 その氷の中でうずくまる1人の少年。眠るように目をつぶり、短い黒髪を持つ彼。そして、彼が着ているのは大星祭のために用意されたあの白の軍服。

「ギルバート…………?」

 氷の中で捕まっていたのは私の後輩だった。
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