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第2章

26 彼の管理下

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 シルバーローズから一番距離の離れた街の反対側。エリィサの記憶を頼りに向かうと、例の建物があった。
 一見普通の石造りの建物。その建物は2階建てになっており、1階の方は飲み屋になっていた。

 「いらっしゃい!」

 その飲み屋に入ると、いたのはいかつい男ども。客のほとんどがウルフハウルの人間だろう。
 俺がそこに踏み入ると、彼らは一斉にこちらに目を向けてきた。

 ん? なんだ?
 やっぱり警戒はされていたのか?
 すると、入り口近くにいた男が、俺の前に立ちふさがる。

 「なんだ、おめぇ。見ねぇ顔だな」
 「お前らに用はない」
 
 左手を横に振り、魔法を唱える。
 すると、男どもはドタバタと倒れていった。従業員も眠らせた。
 こんなやつを相手にしている暇はない。

 急いでベルさんのところに向かわないと。
 カウンターの奥にある扉を開けると、階段があり、地下へと繋がっているようだった。
 ここを下りれば、きっとベルさんがいる。

 だが、地下牢があるとなると、監視されていることだろう。
 俺は警戒しながら、階段を下りていく。地下牢は思った以上に暗く、光魔法である暗視ノクトビジョンをかけ、進んでいった。

 階段を下りると、前に真っすぐ道が続いており、それに沿うように牢屋が並んでいた。また、交差するように横にも道が真っすぐと続いていた。
 どこかに繋がっているのか?

 敵がいないか、確認する。すると、咳をする女性の声が地下に響いた。
 
 声を頼りに走っていくと、ある牢屋の前に明かりがあった。
 その牢屋には弱った女性。彼女の手首には鎖付きの手錠が付けられていた。
 髪はかなり荒れているが、あれはベルだ。1ヶ月も酷い扱いを受けたのだろう。

 「あ、あなたは…………ス、スレイズさん?」 
 「はい、そうです。遅くなってすみません」
 
 俺は牢屋の鍵を爆発魔法で壊し、ベルさんの元へ。彼女はやせ細り、手足は骨が浮き彫りに。さらに、体中にはあざや切り傷があった。
 やつらに暴力を受けて、ろくに食事も与えられなかったのだろう。
 
 ――――――――――――ウルフハウルの連中め、絶対に許すものか。
 
 「ベルさん、シルバーローズに帰りましょう」
 「え、ええ…………」
 
 ベルさんはさすがに歩けそうにもなかったため、俺は彼女を横抱きし、牢屋を出る。
 すると、階段の方から複数の足音が聞こえてきた。

 チッ。ウルフハウルのやつらだな。

 「貴様何者だ!?」
 「ウルフハウルの連中あんたらと口を利く気はない。失せろ」

 俺は怒りを交えた声で忠告する。
 しかし、相手は引かない。むしろ前へと進んでくる。
 すると、廊下を灯していた1つの光が彼らを照らす。そして、俺は彼らの姿を目にした。
 
 「なっ」

 なんでやつら…………いや、この人たちがこんな所に?
 彼らは騎士団の制服を身にまとっていた。

 「ウルフハウルだと…………? 我々はあんな野蛮な連中ではない! それにここは王子の管理下の敷地だ。貴様のようなものが入っていいところではない! 罪人から離れろ!」

 ベルが罪人? 王子の管理下?
 ここはウルフハウルのものじゃないのか?
 どういうことだ?



 ★★★★★★★★



 ウルフハウルのある部屋。
 そこではベルベティーンがソファに座っていた。彼の前の机に置かれた水晶は光を放っている。
 ベルベティーンが肩をすくめると、その大きな水晶から、ため息が聞こえてきた。

 『失敗した…………か』
 「ったく、エリィサのやつ。古代魔法を使ってまでにやったのに失敗するとか」
 『まぁ、1回の失敗ぐらい見逃してあげようじゃないか。この失敗を利用できる場合もあるのだし』
 
 水晶からフフフと笑い声が聞こえてくる。
 
 『さて、ベルベティーン。次の手は考えているのかい?』
 「まぁな。この前言ってたやつを実行するさ。エリィサの失敗を利用しつつな」
 『なるほど。今、シルバーローズの受付嬢はどうなっています?』

 「誰かが店を襲ったらしいから、もうきっと逃げているだろうな。店にいたやつらとは連絡がつかない。だが、あの店の近くの監視させていたやつ曰く、スレイズだけが1人であの店に入っていったようだぜ」

 『ほぉ、スレイズというのはあなたがいつか話していた例の方ですか』
 「そうだ」
 『なるほど。私も一応のため、地下の方には送り込んでいます。逃げるのには少々時間がかかることでしょう……………………ふむ、今が絶好のチャンスでは?』

 そんな問いに、ベルベティーンは答えはしなかったものの、笑みを見せた。

 『彼女、そこにいるのでしょう?』
 「ああ。いるが?」
 『なら、今すぐにでも行かせよう。タイミングを逃してしまう』
 「だってよ、ババア」

 ベルベティーンは背後にちらりと目をやる。
 そこには背骨の曲がった1人の女性が。彼女は大きなローブをまとい、まるで森の中にこもっている魔女のようだった。

 「今からでもいけるかって…………まぁ、お前はいつでも行ける準備をしていたな」
 「ええ。いつでも行けるわ」

 水晶に映る人と目を合わすと、お辞儀をするおばあさん。
 彼女はフードを深くかぶり、顔上半分は見えなかった。

 「でも、ベルベティーン、ババアはやめてくれるかしら」
 「あ? なんでだよ」
 「この姿でいるのは今だけだからよ」
 
 しかし、フードの奥から、桃色の髪とニヤリと笑う口がちらりと覗いていた。
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