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くだらないメール 1

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 俺、夏海 憲一郎はいつも通り6時間ある授業を終え、部室に向かっていた。
 俺の苗字は夏海と、一見ファーストネームのようであるが、俺の「夏海」は芸名などではない存在するファミリーネームである。しかし、みんなが「なつみ」と苗字の方だけで呼ぶせいで女の子のような名前を持っているとよく勘違いされてしまう。

 確かに、俺の下の名前、憲一郎はクラスに3人いるから違いをつけるために夏海の方で呼ぶしかないのだろうけどさ。
 病院でもたまに「夏海さーん」と呼ばれる度に妙な視線を感じる。できればフルネームで呼んでくれないか、事務員のお姉さん。

 そんな自分の名前の悩みを抱える俺は、入部して3年目の部活の部屋のドアを開ける。部屋には俺よりさきに1人、席に座っていた。そんな彼女を見るなり、俺は思わず呆れ顔をしてしまう。

 「夏海、やっと来たか」
 「『やっと来たか』じゃないですよ。レイア先輩、またサボっていたんですか」

 ほんとサボり魔だよ。毎日授業すっぽかすして、部活にはくるなんて。
 部室に入り、自分の席に向かった。机は職員室にあるように島のように各机を合わせている。正面にはすでにレイア先輩が座って、大量の書類と目を合わせていた。こっちを見ずに僕が来たって分かったのだろう?? 怖い。

 俺の年1つ上の先輩、伊豆原レイア先輩は出会った3年前と変わらず、コスプレイヤーのような髪型であった。金髪は地毛らしいので仕方ないとして、高等部2年にもなってツインテールとは恥ずかしさはないのかとつい自分のことのように考えてしまう。彼女自身は恥じらいを感じるどころか、時たま自分のツインテールを自慢してくることがある。

 そんなレイア先輩は見た目に反し、学年のトップの成績を出す天才。頭の回転は速く、学校のテストで好成績を残すだけでなく、様々な資格を持つ彼女が天才だということは学園中が周知している。
彼女曰く授業に出ても全部理解しており先生のプライドを傷つけるだけ。だから、私は授業に出ない方がいいと言い訳をしてしょっちゅうサボっている。全くなんて先輩だ。さぞ、先生も悲しいだろう。

 「ていうか、今まで何してたんですか??」

 レイア先輩が学校に来ないことはない。家のことで来られない場合が何度かあったが、そんな日以外は大体学園内にいる。自分の教室に姿は未だ現していないようだが。

 「そりゃあ研究に決まってんだろ。まぁ、昼休みには外に行っていたがな」

 外に行ったですって??

 「まさか、またボーリング調査なんてしていないですよね??」

 俺がそう尋ねると、その女子はニコリと嫌な笑みを浮かべる。ああ。嫌な予感。

 「ああー。その顔から判断するとしたんですね、ボーリング調査」
 「そりゃな。気になったもんは仕方ない」
 「先輩はほんと相変わらずですね」

 彼女には常識なんてものは存在しない。一般の人からすれば1人ではできないようなことをやってしまう。先輩は超がつくほどのアクティブ人間であり、雑学部の筆頭変人であるのだ。
でも、ボーリング調査するなんて……。

 中学の理科で一度は聞いたことがあるだろうボーリング調査。地層を確認するために行われるもので調査の道具は3つある。調査目的によって使用する道具が異なるのだが……………………その中の1つはかなりの騒音を出しかねないやつなんだよな。

 「で、レイア先輩はもちろんロータリー・ボーリングマシンを使いましたよね??」
 「ああ。他のはそれなりに音が出るからな。先生に授業サボっているのを発見されたら厄介だし」

 幸いサボっている自覚はまだあるようだ。お願いだから授業に参加してよ。

 「それで、ボーリング調査はなんのためにやっていたのですか?」
 「暇つぶし」

 うそでしょ。

 「冗談は言わないでください。地震のメカニズムについて調べるんじゃなかったのですか?? そんでもって地震を予測するんじゃないんですか??」

 レイア先輩ならし兼ねない考えだ。

 「それいいな」

 それいいなって……。本当に暇つぶしだったんだ。あんな機械使ってまでやったのに。
 思わず深いため息が出る。
 昼休みにボーリング調査をちゃっかりしちゃうなんて……本物の行動派人間じゃないか。

 「でも、私にはブラックホールがあるからな……」
 「浮気するわけにはいかないと??」
 「ああ。同時進行は私にはあまり得意としていないからな。ただえさえ、多くの研究者が取り組んでいる分野だ。謎が多いわ、情報量が多いわで忙しいからな」
 「超弦理論についてやってるんでしたっけ??」

 説明を聞くだけで頭が痛くなりそうな理論だった気がする。

 「そうだ。これはブラックホールのエントロピーを説明することができるからな。まぁ、永遠に仮説とは言われている理論ではあるがな。……………………そういうお前は何を勉強してんだ?」
 「俺ですか??」

 先輩に言ってもろくな記憶しかないんだけど。

 「なんか先輩に言いたくないです」

 昔の記憶を頼りにすると、バカにされる予感しかしないので。

 「なんだよ。何も文句は言わないしバカにしないから言ってみろよ」
 「洋菓子……」
 「えぇ?? なんて??」

 先輩はニヤニヤしながら、楽し気に尋ねてくる。
 このっ。

 「洋菓子です」
 「ようがしぃ?? 聞こえない」

 プリントに目を向けているレイア先輩は、うつむいて肩をプルプルと震わしている。この人、絶対聞こえてる!! 笑っているし!!

 「聞こえているじゃないですか!!」
 「プハハハっ!!」
 「バカにしないって言ったじゃないですか!!」

 ひどいぃ……裏切られた!!

 「ハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 レイア先輩は俺に指さし、涙を浮かべながら大笑いする。
 そんなに笑うことないじゃないか……。先輩、ひどい、ひどいよ。

 「お、お前。この前も和菓子について調べていたじゃないか」

 笑い過ぎて息ができているか危うい先輩は話し続ける。

 「今回は洋菓子って。ハハハハハハハハハハ!!!」
 「なんですか!? 悪いですかっ!?」

 美味しいものは調べたくなるんですよ!! あと可愛いものも!!

 「悪くないけど。ハハハハハハハハハハ!!! でも、ガリ勉のお前が洋菓子。ハハハハハハハハハハ!! 女子かよ。似合わねー。ハハハハハハハハハハ!!!」
 「先輩、偏見はやめてください!!」
 「ごめんごめん。ハハハハハハハハハハ!!!」

 先輩は謝っているのにも関わらず堪えれないのか笑っていた。本当に失礼な先輩だ。
 正面に座る先輩は笑いが収まると、「それで……」と話を続けてきた。

 「洋菓子っていっても幅広いだろ?? まず、何について調べるんだ??」
 「やっぱり最初はパティスリーかなって考えています」
 「洋菓子は大きく3種類に分けられて、そんで1つがパティスリーだっけ??」
 「ええ。そうです。よくご存じですね」
 「米倉が調べているときがあって少し教えてもらった」
 「米倉先輩がですか?? 初耳なんですが??」
 「あー。サブで調べていたようだったからな。ほら、アイツが指紋について調べている時期にやってたんだ」
 「あの時ですか」
 「そうだ。あの時だ。米倉が科捜研にでも行く気でいるぐらい法化学について勉強しているときだ」

 さっきから「米倉さん」と言っている人はレイア先輩と同じ2年の米倉 さだみさん。米倉先輩は雑学部に入部しながらも運動部に所属している体力怪物。
 また、米倉先輩も変人であり、事あるごとに俺の首を絞めようとする酷い先輩である。まぁ、レイア先輩よりかは常識があってマシなのだけれど。
 因みに米倉先輩が所属している運動部は陸上部。小等部のころは合気道を習っていたとか。

 「米倉先輩が科捜研ですか……警官の方が似合っていると思いますがね」
 「確かにな。アイツ、そんなに頭脳派ではないしな」
 「誰が頭脳派でないですって」
 「あ、米倉」「米倉先輩」

 入り口の方には1人のナイスバディな女子が立っていた。
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