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くだらないメール 2

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 雑学部部室の入り口で仁王立ちしている彼女こそが、米倉先輩。
 普段はポニーテールをしている米倉先輩は艶やかな黒髪を下ろしていた。

 「科捜研とか米倉は似合わないって話をしてたんだ」
 「なんで、私が科捜研……」
 「いや、去年指紋や薬物やら調べている時期があっただろ? その時の米倉は科捜研に行きそうだったなと思って」
 「でも、米倉先輩は運動派で体力バカだから警官だろうって」
 「体力バカ? 誰が体力バカですって」
 
 米倉先輩は俺のところに真っすぐ歩いてきたので、俺が逃げようとすると米倉先輩に捕まえられ首を絞める。緩めではあるが、怪力の米倉先輩に絞められるのはいつ殺されるか分からなくて恐怖だった。

 「夏海。私は学年で成績2位だからバカではないんだよね」
 「レイア先輩より下じゃないですか」
 「んん??」

 くっ、苦しい。
 米倉先輩の力が少し強くなる。
 やめましょっ、先輩。先輩が人殺しになりますよっ!!

 「お前だって、学年2位だろう。人のこと言えないだろ」
 「そ、そうですけど……」
 「まぁ、お前も悔しいだろ。お前が努力しているのを図書館でよく目にするしな」
 「そりゃあ、あんなド天然でバカそうなあんな子に負けるのは悔しいですからね」
 「しかも、アイツは何について調べてるんだっけ?」
 「『バカ』とは何か調べています……」

 俺がそう答えるとレイア先輩と米倉先輩は豪快に笑う。
 すると、また部室のドアが開いた。入ってきたのは僕がライバル視している人だった。

 「お疲れ様ですぅ!! あれぇ?? どうしたんですかぁ?? そんなに大笑いをしてぇ」
 「お疲れさん。丁度、お前の話をしていたんだよ」
 「私の話ですかぁ??」

 雑学部の部室に入ってきたのは身長がかなり低く幼稚園児と間違われてもおかしくないぐらいの身長。ショートカットの髪と童顔のせいで若く、やはり幼稚園児しか見えない。
 でも、彼女は俺の同級生で僕のライバル。

 「ああ。お前はバカそうに見えて実は夏海より頭がいいって話だ」
 「それって私をディスっるじゃないですかぁ」
 「でも、お前は学年トップ」
 「そうですねぇ。夏海君より頭がいいっていうのは事実ですねぇ。つまりバカに見える私よりバカってことですねぇ」

 うわぁ。こんなショタみたいなやつにこんなことを言われるの本当にムカつくぅ。
 でも実際に彼女は一番頭がよく結果も残しているのでぐうの音も出ない。

 「その定義にするとお前以外の1年が全員バカになるじゃないか」
 「そうなっちゃいますねぇ。でも、世間からしたらこの学校頭はいいと思われてるじゃないですかぁ」

 ここはなんだかんだエリート中のエリートが通う学園。決してみんな頭が悪いというわけではないのだ。
 ただ……彼女が天才というだけ。俺らはバカってわけではない、普通の人間なのだ。

 「だから、今私は『バカ』とは何か調べているんですよぉ」
 「なるほど……お前はやっぱり賢いな」

 ……。
 もう頭がいい人が考えることを考えたくないよ。
 「バカ」について調べようとしている1年のトップの成績である越原 聖歌。彼女もまたレイア先輩のように頭がいいのにも関わらず、常識外れな行動を取ることがある雑学部の問題児。
 自分の成績が変人な彼女より低いことが本当に悔しい。
 俺が妬ましい様子で聖歌を見ていると、彼女はキョロキョロして部室を見渡した。

 「それでレイアさぁん。遠藤君を見かけませんでしたぁ??」
 「いや。まだここには来てないぞ。どうしたんだ?? 遠藤に用事か??」
 「はいぃ。私ちょっとハッカーになりたいなぁと思ってぇ。遠藤くんそういうの得意じゃないですかぁ」
 「え?? ハッカー??」

 ちょっと待って。
 『ちょっとハッカーになりたい』??
 聖歌さん……また常識を飛び越えたようなことをなさろうとしていませんよね?
 ちょっとなりたいってどういう考えで言っているの!?
 俺が訝し気な目を聖歌に向けていると、彼女ははぁと溜息をついた。

 「夏海くーん。今ぁ、絶対勘違いしてるよねぇ?? そんな目を私に向けてぇ」
 「勘違いじゃないと思うけど……ハッキングしようって言ってるんでしょ?? 思いっきり犯罪に手を出そうとしてるじゃん」

 と俺が言うと、レイア先輩が聞いてきた。

 「夏海。まさかお前、ハッキングの定義知らないのか??」
 「え??」

 不正にサイトとか個人ページに侵入することじゃないの??
首を傾げると、レイア先輩も聖歌と同じように重い溜息をついた。いや、そんなに呆れなくてもいいじゃん。

 「夏海、ハッキングというのはコンピューター等に置いて高度な技術と深い知識を持ちプログラムなどを改変することを言うんだぞ」
 「でも、世間では乱用する人のことをハッカーって呼んでるじゃないですか」
 「それはマスコミが間違った知識で乱用者を『ハッカー』って呼んだからハッカー=乱用者みたいな認識になっているんだ。世間でいうハッカーは『クラッカー』のことだ。ったく、お前そんなことも知らないのか」
 「……逆に誰がそんな情報を日常生活で手に入れるんですか」

 調べない限り知らない情報じゃないですか。俺はあきれ顔でそう訴える。
 ともあれ、さすがともいえる学年のトップの2人。
 レイア先輩も聖歌も尋常じゃないほど頭がいいと認識はしていたけれど、やはり知識に関しては強い。

 はぁ。この人たちこんな部活に入らず、普通に何かを極めればいいのに。
2人のとんでもない記憶力に恨めしく思っていると、またガラリとドアが開く音が聞こえた。入り口の方には俺よりも少し身長の低い男子生徒が立っている。彼の制服のデザインは俺らと違うが、校章は同じであった。

 「おお、遠藤。やっと来たか」
 「……お疲れ様です、レイア先輩」
 「遠藤くーん!! 私ぃ、昼休み探してたんだよぉ。一体どこにいたのぉ」
 「……ああ、すみません。祖父に急に呼び出されてしまったので」
 「あー。それなら仕方がないねぇ。さぁさぁ、私にハッキングを教えてくださいなぁ」
 
 高等部1年のトップ聖歌から背中をガンガン押されている彼は中等部の生徒 遠藤 海里くん。
一見陰キャにしか見えない長い前髪を持つ遠藤くんはこの私立皇星学園の理事長孫であり、中等部2年でトップの成績を出す優秀な俺の後輩。

 この雑学部の部員であるため彼もまた変人であることに変わりがないが、レイア先輩や聖歌よりかはずっと常識がある方であってくれ、変わらないでくれと俺はいつも願っている。遠藤くんと過ごしてきて今の所レイア先輩たちのような奇行ぶりは見せていないので安心はしていた。
 いつ先輩たちに染められるか分からないが。

 まぁ、常識はあるけど能力は並外れている。
聖歌が頼るようにパソコンなど機械関連での問題はみながまず彼のところに訪れる。業者に電話するよりも先に、だ。

 遠藤君は機械分野においてプロ並みの力を発揮する。どんなウイルスでも、どんな故障でもお任せだいという感じ。プログラミングなんてお手の物。
聞くところによるとこの学園のセキュリティは彼が管理しているとか。それできっと理事長である祖父に呼ばれたのだろうけど。

 そんな遠藤くんは聖歌に背中を押されつつも雑学部の壁際にある自分専用のデスクに向かう。彼は何と言ってもパソコンが命なのでモニターが3台ある。1つは壁がくぼんでいる場所に置き、サイドに2台置いている。彼は椅子に座るなり、足元にあるパソコン本体の電源を入れると、隣に聖歌の方に向いた。その様子だけを見ると遠藤君の方が先輩に見える。

 気になり遠藤くんの説明を聞こうかなと思った僕は席を立とうとすると、「おい」と低い声でレイア先輩に声を掛けられた。嫌々ながらも一応「はい」と答える。

 「な、何ですか……レイア先輩」
 「遠藤のハッキング話を聞く前にアレを確認しとけ」

 うわ、それ遠藤くんの話聞けないやつじゃないですか。暇つぶしでボーリング調査していたレイア先輩がやればいいことなのに。
俺は内心ブーブーと文句を言いつつ座り直し、バックから取り出したノートパソコンを起動させる。
アレをして今日の俺の活動が終わるんだろうな。

 先輩が指示したアレとは何か。
それは雑学部に置いて大きな活動項目の1つである「困りごと処理」すなわち生徒たちの相談である。

 通常、生徒の困りごとは学園に置いて恐ろしいほどに圧倒的権力を持つ生徒会が対応する。しかし、小等部から高等部まであるこの学園には毎日何らかの事件や事故が発生している。大きなものは生徒会が対処するが、小さな事件やしょうもないもの、生徒のお悩み相談など俺ら雑学部が受けることになっている。

 面倒ではあるけど、これをやってるから雑学部が部活であると生徒会に承認を受けているんだよね。
実際ちゃんと部費も下りているし、俺らの研究材料になることもあるのでこの活動は行うようにしている。

 まぁ、でもこのメンツだと俺と米倉先輩、遠藤君ぐらいしか確認しないのだけれど。
あとの2人は興味を持ったものは対応するが、どうでもいいと思ったものはポイっである。全く頼りない学年トップだなとつくづく思う。

 パソコンを起動させた僕は雑学部公式サイトを開く。
一刻も早くお悩み相談を終わらせて遠藤君の話を聞くんだ。俺は相談件数が少ないことを願いつつ、窓口を見ると5件ほど来ていた。うち4件は小等部低学年の生徒のいたずらで送ってきているもの。
 しかし、1件だけ見逃せないものがあった。
「レ、レイア先輩」僕は思わず顔をあげ先輩の方を見る。

 「なんだよ。声を震わして」
 「あ、あの出席番号44番って存在しませんでしたよね??」
 「ああ。42番までしか存在しないな。まぁ、そう滅多に来ないが転校生は人数が少ないクラスに行くからな。絶対ありえない」
 「……でも、出席番号44番の子からメールが来ているんですよ」

 俺が確かに開いたメールには高等部1年4組 長谷川 グラッドライトという宛名が書かれていた。

 「おい。見せろ」

 レイア先輩は席を立って移動し、向かいにいた僕の所にやってくる。先輩は俺の顔にツインテールがバシバシと当たっていることなんて気にせず、まだ開けていないメールの宛名が表示されたパソコンを覗き込む。さすがレイア先輩。いや、女王様。

 「これ……名前ふざけてるのか??」
 「本名だったらどうするんですか。失礼ですよ」

 レイア先輩と同じハーフの子かもしれないじゃないですか。

 「でも、44番なんて絶対存在しねーよ。な、遠藤??」
 「あ、はい。クラスは最高で41人と祖父が言い張っているんで」
 「遠藤もそう言っているんだ。どうせ暇ガキどものいたずらだろ?? まぁ開けてみろよ」
 「……分かりましたよ」

 どうせ確認はするつもりだったんで開けますけど。
 ホラー類が苦手な俺は渋々本文を見るためメールをクリックする。
 
 Aren't You Glad You Didn't Turn on the Light?

 訳すと「電気をつけなくてよかったな」
 そこにはその1文だけ書かれてあった。
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