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第3ラウンド

第43話 夢を見るのもほどほどに

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「その顔………」

 生々しい顔の筋肉。透き通ったグリーンアイを持っているのに、皮膚を失った顔面はホラー。ご丁寧に顔の皮膚だけ剥ぎ取られているが、首からはあの褐色の肌があった。

 散々グロいもの見てきたけど………正直、見るのも耐え難い。ベンジャミンだと判断するのも難しいものだった。

「僕は天使と契約したんだ」

 片手で半顔を覆って説明するベンジャミン。
 
 インターバルの時点ではこんな顔ではなかった。第2ラウンドでは偽装魔法を使えないし、魔法薬も飲んだとしても元の姿に戻れる薬に出会うなどゼロに等しい。となると、この醜い顔になったのは第3ラウンド以降。

 でも、なぜ今なの? 
 なぜ今天使と契約を?

 魔法が使えるようになった今、天使との契約はあまり意味をなさないのに………。

「今更契約を? なぜ?」
「………未来にかけるためさ」

 醜い顔はあまりにも似合わない。でも、ベンジャミンはいつかスチルで見た笑顔を浮かべていた。その笑みは柔らかく優しい。

「僕は死んでも、2人の守護者となる」

 天使との契約の代償は美貌を捨てること。そして、得たのはエイダンとハンナの守る魔法か、それとも他の何か。

 美貌ぐらいで……とは思ったが、人間改造といい、きっしょい双子にはノーリスクで魔法をあげるところといい、これまでの行動を振り返る限り、思い描いている天使とは随分と違う。
 
 悪魔と呼ばれる方が似合う天使だろう。
 もしかしたら、私と気が合うかもしれない。

「うーん…………ますます会いたくなったわね」

 ゲームをめちゃくちゃにされて、憎悪に似た苛立ちを天使に抱いていた。だが、今は好奇心の方が爆発しそう。早く出会いたいという焦燥が胸を燃やしていた。

 馬に姿を変えたコニーは50階の高層ビルへと駆け込み、ガラス張りの入り口を大胆に割って、走っていく。私たちも追って、ビルに侵入。

「アハハッ!! 捕まえれるもんなら、捕まえてみろっ!!」

 ビルのてっぺんまで吹き抜けのあるホール。煽り言葉を吐くコニーは人間の姿へ戻り、入り口から正面にあったエスカレーターを駆けあがる。

 その勢いのままバッタに変化した足で大ジャンプ。走るように壁を上っていく。ジャンプした瞬間を狙って、棘付きの蔓を彼へと伸ばす。

 しかし、コニーは手先の爪を鷲のように鋭く伸ばし、手を広げてクルクルと回転。蔓を刈った。コニーは私が蔓で捕まえようとしていると読んでいるだろう。

 でも、あれは気を引くためのダミー。

 彼が蔓を対処している間に、地面にベンジャミンが使っていた沼を出現させ、私は1人そこへジャンプ。

「アハハッ!!」
「!!」

 沼を抜けた先はコニーの頭上。壁に出口の沼を生み出し、彼よりも上へと移動していた。私はそのまま重力に任せてコニーの上へ落ちていく。

 かっ開いた瞳で見上げる彼。その動揺した隙を狙って、コニーを蔓で拘束。彼の皮膚に棘が刺さる。
 
「じゃあ、もう1つコアをいただくわね」
「っは――」

 ずっと違和感を感じていたコニーの左目。色はおかしくない、形も右目と同じ。人間と目としては何も違和感はない。

 ただそこに集中する魔力量が異常だ――――。

 大杖を両手に構え直し、彼の左目へと勢いよく突き刺す。予想通り、パリンっとコアの破壊音が響いた。ハッ、目に埋め込むなんて、やるじゃない。

「ア゛アァ!!」

 あまりの激痛で絶叫するコニー。
 彼の目からは血しぶきがあがり、頬に彼の血が散った。綺麗な赤い血だ。

 これであと一つ――――。

「あらまぁ、綺麗な小鳥」

 コニーの絶叫と同時に現れた1羽の白の小鳥。小鳥はコニーの周りをクルクルと回って飛んでいた。その小鳥の首元にはトパーズのネックレス。オレンジ色の宝石が煌めいている。

 ああ…………もう1つのコアも見つけたわ。

「僕を仲間外れにしないでよ」

 私と同じように沼を利用し、ようやく現れたベンジャミン。彼は大杖を小鳥に向け、狙いを定め氷塊の刃を形成。氷塊はシュルシュルと高速回転し、撃つ準備は完了。

 ――――――しかし、その氷塊は撃たれることなく。
 
「あは、待ってたわ♡」

 ずっと待っていた――――ベンジャミンがコニーへとどめを刺すその最高の瞬間を。

 私は隠していたコアをあえて出現。
 そして、杖を大きく横に振る。

「な、んで………………」

 ベンジャミンのグリーンアイに映る、砕け散った赤のコアと、無傷の青のコア。赤は彼のコアで、青のコアは私のもの。

「あなたの命ってこんなに脆かったのね」

 のコアに傷一つなく、弧を描いて宙を飛ぶ。綺麗に輝いていた。コアは命も同然なので即座に隠す。

「私がちゃんと約束を守る女に見えたの? だったら、あなたの目は随分と節穴ね♡」

 弾丸以上の速度で飛ばされたのコア。魔法を幾重にもかけ、強化に強化に重ねたそれは、ダイヤモンド以上の硬度を持っていた。
 
 そんなものが猛スピードで当たったら、何にも強化していないあなたのコアなんて壊れちゃうに決まってるわよね?

 ベンジャミンがコニーの最後の1コアを壊す予定だった。来る道中で打ち合わせていた。でも、この私がそんなの守るわけがない。騙し合いこそ、このゲームの醍醐味。

「私、言ったわよね――――全員殺すって」

 騙される方が悪い。共闘するからと言って、敵を信用するものじゃない。常に警戒しておかないと――――。

「ヘル・グラウィタス」
「「うぐっ」」

 重力を操り、2人を地へと落とす。さらに下へ深く落とし、地下まで落とした。

「2人ともしょうもないわ」
 
 コニー、あなたは自分が平凡であると理解していた。理解していたなりに、真向の正面の戦いは避けた。それは偉いと思うわ。

 でも、あなたは私に勝とうとしたわよね? 
 『倒す』だなんてことぬかしたわよね?

 凡人がこの私から勝利を奪うなんて、そんなのほぼ賭け。命綱なしのでの綱渡りと一緒。あなたに勝ちは取れない。無理よ。

 ベンジャミン、あなたはいつだって自分を犠牲にするから、主人公の親友ポジなのよ。ほーんとエイダンに譲りすぎ。期待しすぎ。

 守護者なら、せめてハンナの近くで死になさいよ。
 死んで守護者とか、どこのお花畑? 
 どこのフェアリーテイル?

「…………ハッ、夢を見るのはほどほどになさいな」

 乾いた笑いを吐き、大杖を振り四方八方に多種多様な魔法を展開。とにかくビルに魔法を打ちこむ。

 無意味に暴れているようにも見えるだろう。まだ死んだわけじゃないのだから、地下に落ちた2人を警戒するべきだろうと思うだろう。

 でも、無意味じゃない。
 私が真に狙っていたのは2人のコア同時破壊。

 十分にビルを攻撃すると、地下へ瞬間移動。折角壊した地下の天井だが、杖を一振りして元通りに戻す。さらに壊されることがないよう強化と硬度を上げた。

「あらあら、逃げても無駄よ」
「っ!!」

 逃走を図ろうとしていた2人を柱に蔓で縛る。しかし、諦めの悪い彼らは蔦を燃やし引きちぎり拘束から脱出。地下から、このビルから離れようと、彼らはこちらに見向きもせず階段へダッシュ。

 このビルがもうじき壊れるのを本能的に感じているのだろう。
 
 自力の足では遅いと判断したベンジャミンは闇の水たまりの中から転移。しかし、その出口を再度地下へとリンクさせ、元の場所へ戻ってこさせる。

 コニーも当然上へ上がらせない。
 脱出口となる階段も壊し、退路の道を封じた。
 だが、それでも2人は外へ出るのを諦めない。
 下へと穴を掘り始める。

 ああ………そんなに逃げたいのなら、遊んでからにしましょう?

「死にたくないのなら、私を倒しなさいな」

 そう言って、左手に浮遊させるそれを見せる。
 驚きで思考を止めた2人は分かりやすく目を見開いていた。

「そんなに驚かなくても…………別に壊しちゃダメとは説明していないでしょ?」
 
 左手に浮遊する星型の魔法石、それは転移装置。
 新宿駅に転移した時にパクってきたものだ。
 私は自力での転移で簡単に脱出できる。

 転移魔法なんて、今じゃ慣れたもの。
 ま、魔力コストはハンパないけれど………。

 しかし、2人は長距離の転移魔法が使えない。
 ベンジャミンは短距離移動なら、あの闇の沼で可能だろうが、今は封じさせてもらっている。

「度胸試しと行きましょうか」

 これを持つのはメリットとデメリット、両方ある。メリットはいつでも転移できること。デメリットはこちらに敵が転移してくる可能性があること。

 でも、今敵が来てくれるのなら万々歳。ぜひ来てほしいわ。

 だが、残念ながら、転送装置は敵を呼び寄せるために持ってきたわけじゃない。2人の小さな希望を残すために取ってきたの。私を倒せば逃げられるという藁のような希望を――――。

「クソがっ!!」
「君、やることが悪魔だよ!!」
「それはどうもありがとう♡」

 悪魔だなんて、私には褒め言葉。
 最高の言葉をありがとう♡ 

「ア゛ア゛ァ――――ッ!!
「ヴヴォ――――ッ!!」

 全力の叫びをあげ走り出す2人。ベンは氷を、コニーは爪を向けて襲いかかってくる。先ほどまで私・ベンジャミンVSコニーだった形勢が崩れ、私が攻められる形へと変わっていた。

「いいわぁっ!! いいわねぇっ!!」

 爪の刃が耳元をかすめ、足元には捕えようとする黒の沼。小さな玉となった水が猛スピードで吹っ飛ぶ。口に少しでも当たると、肺に入って窒息させようとする。そんな絶え間ない2人の攻撃に笑顔で避ける私。

 ああ、楽しいぃ………………楽しいわッ!!

 しかし、何分経っても、2人は私に攻撃はおろか触れることすらできない。私の攻撃が当たるばかり。

「ああ、残念………時間切れね」

 嘲笑を浮かべてこぼした一言に、2人は絶句。私が遊んでいただけだと察したのだろう、焦燥と怒りがさらに増していた。

 ああ――――その顔が見たかった。

「2人で仲良く黄泉の道でも歩いてちょうだいな♡」
「まだだァッ!! 僕はまだ死ねな――――」

 ベンジャミンの叫びを聞き終える前に、私はベンジャミンの大杖を奪い取る。そして、ぱちんと指を鳴らし、転移装置とともに瞬間移動。ビルの上に飛び、空中で壊れていくビルの様子を見守った。

 目下で崩れていくビル群から、ゴゴォ――と世界の終わりのような地鳴りが響き、全てが崩れ落ると、私はがれきの山へと降り立った。

 かつてはオフィスの床だったそこ。1メートル四方で綺麗に残っていたそのフロアに寝転がり、一呼吸。空には星々は見えない。雨が降り出しそうな黒い雲が流れてきていた。

 ――――そして、1分後。

 彼らにしては耐えた方だ。深い地の底から「パリンッ」と2つのコアの破壊音が聞こえた。2人は仲良く圧死した。

 その死の音を確認すると、私は奪い取ったベンジャミンの杖をがれきの山の上へ突き刺す。そして、横に当たり障りのない石の墓を作った。

 ベンジャミンにはこの杖の墓を。
 凡人さんには普通の石墓を。
 
 今まで墓なんて作ってあげなかったわよ。
 贅沢だわ。2人とも光栄に思いなさいな。

 ――――2つの墓と1人の少女。

 嵐の前兆のような強風が吹く。
 銀髪をなびかせる少女は、逝った2人に笑みを零し話しかける。

「うふふ、よかったわね? 立派なお墓を立ててもらえて♡」

 雨が降り出したそのがれきの山の頂上には、彼女の不気味な笑い声だけが響いていた。
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