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幕間 公爵令嬢ステファニー・グローブナーの悔恨
裏切り
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アルバート殿下が戦地に赴かれてから、一年ほど経った、秋口のこと。
王宮から戻った父が、わたくしを書斎に呼び出した。
「ステファニー、落ち着いて聞いて欲しい」
常にない父の様子に、わたくしの胸が早鐘を打つ。
「……もしや、バーティ……アルバート殿下に、何か?」
「今まで中立を保っていた隣国グリージャが敵側について、西部戦線に参戦した。ちょうど、グリージャとの国境に近いシャルローという村にいた、殿下の部隊が急襲された。損害は甚大で、殿下の消息もわからないと――」
その瞬間、わたくしの脳裏は真っ白になり、次に気づいた時は自室のベッドの上だった。
目を覚ましたわたくしは、医者を呼びに行こうとするばあやのドレスのスカートを掴み、叫んだ。
「バーティは? バーティは無事なの? どうなったの?!」
すぐに母がわたくしの部屋に駆けつけ、涙ながらに話してくれた。
「アルバート殿下はご無事でしたよ。たいした怪我もなさっていないと。……護衛の方が盾になり、身を以て殿下をお救いしたのです。……ああ、ステファニー……でもあんなにショックを受けて……かわいそうに……」
その時に、わたくしは悟ったのだ。
わたくしはバーティを、アルバート殿下を愛している。あの方以外の、誰にも嫁ぎたくはないのだと。
それから三年。
二十歳を迎えたころから、両親はわたくしに縁談を薦めるようになったが、わたくしは首を振った。婚約は白紙に戻ったけれど、わたくしはアルバート殿下の婚約者だと。あの方のお帰りをお待ちする。……そう、言って。
正式な婚約者でもないわたくしには、殿下の無事を祈ることしかできなかった。待つだけの日々は辛い。それでも、わたくしは殿下を待つことを選んだ。
殿下がお戻りになったら、もうあんな子供のようなわがままは言うまい。
殿下を支えられる立派な妻になろう。戦争で傷ついて帰ってこられる、殿下のお心を慰め、寄り添う、そんな妻になりたい。
貴族の娘として、戦争遺児の暮らす孤児院や、戦傷者、戦病者を病院に慰問したり。ジョージ殿下の病状の悪化により、地方の離宮に籠ってしまわれたエレイン王妃陛下に代わり、王太子妃のブリジット様が王族女性の代表として、慰問を積極的に行なっていた。わたくしはブリジット様を手伝って、陰日向に働いた。第三王子殿下の妃として恥ずかしくないように、それだけを考えて。
幼馴染で相思相愛の婚約者でありながら、戦争によって引き裂かれたアルバート殿下と、わたくしレコンフィールド公爵令嬢ステファニーの純愛。そんな物語が王都で語られていると、友人たちが教えてくれた。中にはゴシップ紙の切り抜きを持ってきてくれる人もいた。わたくしは恥ずかしく思う気持ちと同時に、殿下とわたくしの恋を、王都の人々が応援してくれているのだと、誇らしくもあった。いつ戻るかわからない殿下の帰りをお待ちできたのは、やはり愛されていると、信じられたから。
戦争が終わり、殿下が王都に戻ってこられると聞いた時の、あの喜び。
ああやっと、お会いできる。……殿下の出征から、瞬く間に四年が過ぎていた。
殿下は二十六歳、わたくしは二十一歳になっていた。
アルバート殿下は凱旋パレードや、戦勝記念式典など、全て謝絶なさったという。
我が国だけで八百万人の兵士を投入し、両軍合わせての戦死者は一千万人を超える。
「本当の栄光は戦死者・戦傷者の上にあるべき」
という殿下のお考えから、派手な式典を嫌ったのだ。シャルローで殿下の盾となって戦死した将官を、殿下は今もなお忘れず、彼の家族を気にかけておられるとか。それらの噂を耳にしても、殿下のお姿を早く目にして、ご無事を確かめたいと思うばかり。
そして、とうとう殿下が王宮にお戻りになるその日。
わたくしはエドワード陛下の特別な計らいで、父と二人、陛下の居間で殿下をお待ちすることが許された。
「アルバート殿下のおなりです」
侍従官の先導で部屋に入ってきた殿下は、軍服のまままっすぐに陛下のもとに歩いてくる。
脇のソファに座り、わたくしは殿下の姿を一身に見つめた。
出征の時とは比べものにならないほど、日に焼けた精悍な顔つき。黒髪は後ろに流して撫でつけ、徽章のついた帽子を被り、金釦の光る深緑の軍服に、膝下までの革の軍靴。わたくしの存在には目もくれず、一直線に陛下の前に歩みより、白手袋を嵌めた右手を額にかざし、ビシリと敬礼した。
「ただ今帰還いたしました。多くの戦死者を出しましたこと、国王陛下にお詫び申し上げます」
「おお……バーティ……」
感激したように陛下が、よろよろと立ちあがり、殿下に手を伸ばす。
「よくぞ、無事に戻った。……そなたは余の、自慢の息子だ。よくぞ、わが軍を勝利に導いてくれた」
「勝利は時の運ですし、功績も俺――私一人の手柄ではありません。……それよりも、お身体の具合が思わしくないと伺いました」
「うむ、情けない話であるが、長時間の謁見は耐えられぬ。……右足が、不自由でな……」
「それは気づきませんで……」
殿下は慌てて陛下に寄り添い、陛下がソファに座りなおすのを手伝う。
そうして身体の向きを変えたところで、ようやく、脇のソファに座っていた、父と、わたくしに気づいた。
殿下は一瞬、金色の目を見開き、次に不審そうに眉を顰める。その唇が「なぜ?」と言う風に動くのがわかった。
「ああ、レコンフィールド公爵と、ステファニー嬢だ。四年間ずっと、結婚もせず、そなたの帰りを待っておった。すぐにも、正式に婚約して――」
「ええ? まさか! 待っていた? 俺の帰りを? 嘘だろ?」
四年前とは全然違う言葉遣いに、わたくしも父も、エドワード陛下も不思議そうに殿下を見上げる。
「えっと、いやその……長いこと、一般の兵士と一緒に塹壕に籠ったりしたので、スカした言葉遣いをすると反感を買いやすく、意識的に崩しているうちについ、癖に……」
殿下が言い訳ごかして早口で言い、それからわたくしの方を見て、明らかに困惑していた。
「待っていたって、どういうことです? 正式に婚約? 俺と、ステファニーが?」
「そうだ、そなたも無事に戻ったし、白紙に戻した婚約をもう一度――」
「どういうことです、父上! 話が違います! 俺はステファニーと結婚なんかしません!」
その言葉に、わたくしは茫然と固まる。どうして――そんな――。
「……バーティ?」
思わず立ち上がったわたくしを、殿下は困った子供でも見るかのような表情で、じっと見つめた。
「俺は、結婚は白紙に戻すから、俺を待たずに結婚しろと言ったはずだ。なぜ、勝手に待って……」
「なぜって、わたくしはバーティを愛しているからですわ。愛しているから、お待ちしました。ずっと……お手紙も禁じられておりましたけれど、でも、バーティを信じて……ずっとずっと、お慕いしておりましたから――」
「そんな勝手な! 俺は婚約を白紙に戻して、俺のことは待つなと言ったはずだ。勝手に待たれても、困る。俺の中で、ステファニーとの婚約はもう、過去の話だ。俺はステファニーと結婚する気はない」
殿下ははっきりと、わたくしとの結婚を拒絶した。
父も立ちあがり、殿下に言った。
「娘はもう、二十一です。ここまで待たせて、今さら何を仰るのです」
「だからそうならないように、四年前に婚約を白紙撤回したのだろう? 勝手に待っておいて、そっちこそ何を言っている」
「でも、わたくしはバーティ! あなたを愛しているのです!」
叫んだわたくしに、殿下は金色の目を見開く。
「愛してる?……お前が俺を? 冗談だろう?」
「いいえ、そんなこと! 殿下はいつもわたくしに優しくしてくださって……何度も一緒に出掛けて……」
「だって、お前は俺が言う通りにしないと、王妃にあることないことチクるじゃないか。だから――」
殿下は周囲を見回して、それ以上口にするべきじゃないと思い直したのか、首を振って肩を竦めると、国王陛下に向き直る。
「父上、話が違います。俺はステファニーと結婚するつもりはありません!」
国王陛下は気まずそうに、殿下とわたくし、そしてわたくしの父を見回し、宥めるように言った。
「だが、そなたとて二十六だ。知ってのとおり、フィリップのところにはまだ、男児が生まれていない。そなたも早く身を固めて――」
「結婚はします。でも、俺は別の相手が――」
殿下のあまりの言葉に、わたくしは立っていられなくなって、もう一度ソファに倒れ込んだ。
「約束が違う! アルバート殿下の妃は、我が家から娶るとの約束だ!」
父が騒ぐけれど、殿下は父に宣言した。
「婚約の白紙撤回を、公爵だって了承した! 文書もあるし、政府広報も出した! 父上との間にどんな約束があろうが、すでに無効だ!」
「落ち着け、アルバート! 声が大きすぎる! 外まで聞こえているぞ」
ちょうど、室内に入ってこられた王太子のフィリップ殿下が歩きながら声をかけ、アルバート殿下は躊躇いがちに周囲を見回す。
「まず、無事に戻ってよかった。ステファニー嬢がまだ独り身であるから、再婚約を考えていたが、お前は嫌だと言うのだな?」
フィリップ殿下がアルバート殿下に椅子を勧め、自分も肘掛椅子に腰を下ろし、父と、わたくしにも座るように言う。
「……ええ、四年前に、ステファニー嬢との話は無しになった、というのが俺の認識です。今さら、もう一度婚約する気にはなりません」
はっきり断言され、わたくしの血の気が失せる。胸がドキドキして、頭がガンガンした。
どうして――わたくしはバーティを待っていたのに。
あんなに優しかった人が、まるで別人のよう――。
「だが、第三王子とはいえ、即位の可能性がないわけじゃない。その妃は誰でもいいというわけにいかないのは、お前にもわかるだろう?」
噛んで含めるように言うフィリップ殿下に、アルバート殿下は少しだけ躊躇った末に言った。
「……結婚したい相手がいます。それはステファニーじゃない」
「嘘よ! どうして! ……バーティが心変わりするなんて!」
思わず叫んだわたくしに、殿下がムキになって叫び返す。
「違う! 心変わりじゃない! ……本当は昔から、ずっと好きな人がいる。俺はステファニーじゃなくて、彼女と結婚する!」
今まで信じていた全てが、わたくしの足もとで音を立てて崩れ落ちた。
王宮から戻った父が、わたくしを書斎に呼び出した。
「ステファニー、落ち着いて聞いて欲しい」
常にない父の様子に、わたくしの胸が早鐘を打つ。
「……もしや、バーティ……アルバート殿下に、何か?」
「今まで中立を保っていた隣国グリージャが敵側について、西部戦線に参戦した。ちょうど、グリージャとの国境に近いシャルローという村にいた、殿下の部隊が急襲された。損害は甚大で、殿下の消息もわからないと――」
その瞬間、わたくしの脳裏は真っ白になり、次に気づいた時は自室のベッドの上だった。
目を覚ましたわたくしは、医者を呼びに行こうとするばあやのドレスのスカートを掴み、叫んだ。
「バーティは? バーティは無事なの? どうなったの?!」
すぐに母がわたくしの部屋に駆けつけ、涙ながらに話してくれた。
「アルバート殿下はご無事でしたよ。たいした怪我もなさっていないと。……護衛の方が盾になり、身を以て殿下をお救いしたのです。……ああ、ステファニー……でもあんなにショックを受けて……かわいそうに……」
その時に、わたくしは悟ったのだ。
わたくしはバーティを、アルバート殿下を愛している。あの方以外の、誰にも嫁ぎたくはないのだと。
それから三年。
二十歳を迎えたころから、両親はわたくしに縁談を薦めるようになったが、わたくしは首を振った。婚約は白紙に戻ったけれど、わたくしはアルバート殿下の婚約者だと。あの方のお帰りをお待ちする。……そう、言って。
正式な婚約者でもないわたくしには、殿下の無事を祈ることしかできなかった。待つだけの日々は辛い。それでも、わたくしは殿下を待つことを選んだ。
殿下がお戻りになったら、もうあんな子供のようなわがままは言うまい。
殿下を支えられる立派な妻になろう。戦争で傷ついて帰ってこられる、殿下のお心を慰め、寄り添う、そんな妻になりたい。
貴族の娘として、戦争遺児の暮らす孤児院や、戦傷者、戦病者を病院に慰問したり。ジョージ殿下の病状の悪化により、地方の離宮に籠ってしまわれたエレイン王妃陛下に代わり、王太子妃のブリジット様が王族女性の代表として、慰問を積極的に行なっていた。わたくしはブリジット様を手伝って、陰日向に働いた。第三王子殿下の妃として恥ずかしくないように、それだけを考えて。
幼馴染で相思相愛の婚約者でありながら、戦争によって引き裂かれたアルバート殿下と、わたくしレコンフィールド公爵令嬢ステファニーの純愛。そんな物語が王都で語られていると、友人たちが教えてくれた。中にはゴシップ紙の切り抜きを持ってきてくれる人もいた。わたくしは恥ずかしく思う気持ちと同時に、殿下とわたくしの恋を、王都の人々が応援してくれているのだと、誇らしくもあった。いつ戻るかわからない殿下の帰りをお待ちできたのは、やはり愛されていると、信じられたから。
戦争が終わり、殿下が王都に戻ってこられると聞いた時の、あの喜び。
ああやっと、お会いできる。……殿下の出征から、瞬く間に四年が過ぎていた。
殿下は二十六歳、わたくしは二十一歳になっていた。
アルバート殿下は凱旋パレードや、戦勝記念式典など、全て謝絶なさったという。
我が国だけで八百万人の兵士を投入し、両軍合わせての戦死者は一千万人を超える。
「本当の栄光は戦死者・戦傷者の上にあるべき」
という殿下のお考えから、派手な式典を嫌ったのだ。シャルローで殿下の盾となって戦死した将官を、殿下は今もなお忘れず、彼の家族を気にかけておられるとか。それらの噂を耳にしても、殿下のお姿を早く目にして、ご無事を確かめたいと思うばかり。
そして、とうとう殿下が王宮にお戻りになるその日。
わたくしはエドワード陛下の特別な計らいで、父と二人、陛下の居間で殿下をお待ちすることが許された。
「アルバート殿下のおなりです」
侍従官の先導で部屋に入ってきた殿下は、軍服のまままっすぐに陛下のもとに歩いてくる。
脇のソファに座り、わたくしは殿下の姿を一身に見つめた。
出征の時とは比べものにならないほど、日に焼けた精悍な顔つき。黒髪は後ろに流して撫でつけ、徽章のついた帽子を被り、金釦の光る深緑の軍服に、膝下までの革の軍靴。わたくしの存在には目もくれず、一直線に陛下の前に歩みより、白手袋を嵌めた右手を額にかざし、ビシリと敬礼した。
「ただ今帰還いたしました。多くの戦死者を出しましたこと、国王陛下にお詫び申し上げます」
「おお……バーティ……」
感激したように陛下が、よろよろと立ちあがり、殿下に手を伸ばす。
「よくぞ、無事に戻った。……そなたは余の、自慢の息子だ。よくぞ、わが軍を勝利に導いてくれた」
「勝利は時の運ですし、功績も俺――私一人の手柄ではありません。……それよりも、お身体の具合が思わしくないと伺いました」
「うむ、情けない話であるが、長時間の謁見は耐えられぬ。……右足が、不自由でな……」
「それは気づきませんで……」
殿下は慌てて陛下に寄り添い、陛下がソファに座りなおすのを手伝う。
そうして身体の向きを変えたところで、ようやく、脇のソファに座っていた、父と、わたくしに気づいた。
殿下は一瞬、金色の目を見開き、次に不審そうに眉を顰める。その唇が「なぜ?」と言う風に動くのがわかった。
「ああ、レコンフィールド公爵と、ステファニー嬢だ。四年間ずっと、結婚もせず、そなたの帰りを待っておった。すぐにも、正式に婚約して――」
「ええ? まさか! 待っていた? 俺の帰りを? 嘘だろ?」
四年前とは全然違う言葉遣いに、わたくしも父も、エドワード陛下も不思議そうに殿下を見上げる。
「えっと、いやその……長いこと、一般の兵士と一緒に塹壕に籠ったりしたので、スカした言葉遣いをすると反感を買いやすく、意識的に崩しているうちについ、癖に……」
殿下が言い訳ごかして早口で言い、それからわたくしの方を見て、明らかに困惑していた。
「待っていたって、どういうことです? 正式に婚約? 俺と、ステファニーが?」
「そうだ、そなたも無事に戻ったし、白紙に戻した婚約をもう一度――」
「どういうことです、父上! 話が違います! 俺はステファニーと結婚なんかしません!」
その言葉に、わたくしは茫然と固まる。どうして――そんな――。
「……バーティ?」
思わず立ち上がったわたくしを、殿下は困った子供でも見るかのような表情で、じっと見つめた。
「俺は、結婚は白紙に戻すから、俺を待たずに結婚しろと言ったはずだ。なぜ、勝手に待って……」
「なぜって、わたくしはバーティを愛しているからですわ。愛しているから、お待ちしました。ずっと……お手紙も禁じられておりましたけれど、でも、バーティを信じて……ずっとずっと、お慕いしておりましたから――」
「そんな勝手な! 俺は婚約を白紙に戻して、俺のことは待つなと言ったはずだ。勝手に待たれても、困る。俺の中で、ステファニーとの婚約はもう、過去の話だ。俺はステファニーと結婚する気はない」
殿下ははっきりと、わたくしとの結婚を拒絶した。
父も立ちあがり、殿下に言った。
「娘はもう、二十一です。ここまで待たせて、今さら何を仰るのです」
「だからそうならないように、四年前に婚約を白紙撤回したのだろう? 勝手に待っておいて、そっちこそ何を言っている」
「でも、わたくしはバーティ! あなたを愛しているのです!」
叫んだわたくしに、殿下は金色の目を見開く。
「愛してる?……お前が俺を? 冗談だろう?」
「いいえ、そんなこと! 殿下はいつもわたくしに優しくしてくださって……何度も一緒に出掛けて……」
「だって、お前は俺が言う通りにしないと、王妃にあることないことチクるじゃないか。だから――」
殿下は周囲を見回して、それ以上口にするべきじゃないと思い直したのか、首を振って肩を竦めると、国王陛下に向き直る。
「父上、話が違います。俺はステファニーと結婚するつもりはありません!」
国王陛下は気まずそうに、殿下とわたくし、そしてわたくしの父を見回し、宥めるように言った。
「だが、そなたとて二十六だ。知ってのとおり、フィリップのところにはまだ、男児が生まれていない。そなたも早く身を固めて――」
「結婚はします。でも、俺は別の相手が――」
殿下のあまりの言葉に、わたくしは立っていられなくなって、もう一度ソファに倒れ込んだ。
「約束が違う! アルバート殿下の妃は、我が家から娶るとの約束だ!」
父が騒ぐけれど、殿下は父に宣言した。
「婚約の白紙撤回を、公爵だって了承した! 文書もあるし、政府広報も出した! 父上との間にどんな約束があろうが、すでに無効だ!」
「落ち着け、アルバート! 声が大きすぎる! 外まで聞こえているぞ」
ちょうど、室内に入ってこられた王太子のフィリップ殿下が歩きながら声をかけ、アルバート殿下は躊躇いがちに周囲を見回す。
「まず、無事に戻ってよかった。ステファニー嬢がまだ独り身であるから、再婚約を考えていたが、お前は嫌だと言うのだな?」
フィリップ殿下がアルバート殿下に椅子を勧め、自分も肘掛椅子に腰を下ろし、父と、わたくしにも座るように言う。
「……ええ、四年前に、ステファニー嬢との話は無しになった、というのが俺の認識です。今さら、もう一度婚約する気にはなりません」
はっきり断言され、わたくしの血の気が失せる。胸がドキドキして、頭がガンガンした。
どうして――わたくしはバーティを待っていたのに。
あんなに優しかった人が、まるで別人のよう――。
「だが、第三王子とはいえ、即位の可能性がないわけじゃない。その妃は誰でもいいというわけにいかないのは、お前にもわかるだろう?」
噛んで含めるように言うフィリップ殿下に、アルバート殿下は少しだけ躊躇った末に言った。
「……結婚したい相手がいます。それはステファニーじゃない」
「嘘よ! どうして! ……バーティが心変わりするなんて!」
思わず叫んだわたくしに、殿下がムキになって叫び返す。
「違う! 心変わりじゃない! ……本当は昔から、ずっと好きな人がいる。俺はステファニーじゃなくて、彼女と結婚する!」
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