【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂

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第二章

お茶会

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 その日、エヴァ嬢――エヴァンジェリア王女から午後のお茶のお誘いがあった。

「実はずっと、同じ年頃の友人が欲しいと思っていたの。恋の悩みも相談したいし、是非、二人っきりで」

 そんな風に言われてしまうと断ることなどできない。エヴァ嬢は食堂車の一番いいテーブルを占拠し、ランデル風のアフターヌン・ティーを準備して待っていた。カーティス大尉だけでなく、なぜかロベルトさんまで心配してついてきたけれど、エヴァ嬢は別のテーブルに追い払ってしまう。

『カーラと護衛の方はそちらのテーブルなら、様子がわかって安心でしょう? 乙女には聞かれたくないことだってあるんだから、少し離れてちょうだい』
『いや、エルスペス嬢はもう、乙女じゃなっ………いたああああい!』
 
 余計なことを言おうとしたらしいロベルトさんの足を、カーティス大尉が思いっきり踏んづけた。……付き添い婦人とカーティス大尉とロベルトさん、という三人のテーブルで、いったいどんな会話をするのか、はっきり言ってそっちの方が心配だった。

 わたしは気を取り直し、エヴァ嬢と二人、アフタヌーン・ティーのテーブルを囲む。三段重ねのティースタンドには、サンドイッチとスコーン、ケーキが並ぶ。ポットの紅茶を給仕が注ぎ分けて下がると、早速、サンドイッチを取り皿に取って、エヴァ嬢が言った。
 
「あなたは元は伯爵家の出なんですってね。ランデルの法律だと女は爵位も領地も継げないだなんて、ふざけてるわ」
「国王陛下の勅許があれば、わたしの子に継承させることはできました。父はあの――シャルロー村で戦死しているので、当然、勅許は下りると思ったのですが、下りなかったのです」

 わたしは紅茶に角砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜながら言う。

「なぜダメだったの?」
「書類の不備だとか……今、殿下が調べていてくださっています」

 代襲相続の請願が却下された経緯が不自然で、さらに弟のビリーの死因も不審だと殿下は考え、調査を進めているはずだけれど――。

 嫌なことを思い出してしまい、わたしは目を伏せた。

 ビリーがの死が殺人だったらと思うと、まるで鉛を飲み込んだような気分になる。ビリーが受け継ぐべき領地を奪う。そんな理由で、たった十四年で、人生を摘み取られてしまったのだとしたら。

 リンドホルムの城も領地も、わたしと弟を育んだ大切な思い出の土地だ。それが、弟の命を奪ったなんて、考えたくない。ただもう静かに眠らせてあげたい、そんな気持ちもあって――。

 黙り込んでしまったわたしを、エヴァ嬢が気にして、話しかけた。

「どうかなさったの?」
「え……いえ、何でも。ごめんなさい、ぼうっとしてしまって」

 わたしは慌てて笑顔を作り、誤魔化すようにテーブルの上の三段重ねのトレーに目を向けた。

「どれも美味しそうで、迷ってしまうわ……」
「このトルテはアルティニアの名物ですのよ。チョコレートたっぷりよ?」

 エヴァ嬢お薦めのトルテを皿に取り、フォークで口に運ぶ。ずっしりぎっしりと甘いケーキに、少しだけ気分が軽くなった。

「あなた、すごかったわ。あの狂犬みたいに怒り狂った人を、キス一つで宥めてしまうなんて。……なんて愛なのかしら。わたくしね、感動したのよ」

 碧色の瞳を興味津々と言った風に煌かせたエヴァ嬢の言葉に、わたしは首を傾げる。

「感動?……はあ……」

 たしかに、エヴァ嬢の前でキスされてしまったけれど……。今、思い出すだけで、恥ずかしくて脳が沸騰しそうだ。

「でも、公爵令嬢との婚約は解消できていないのよね。こんなに愛し合っているのに、まるで愛人みたいな扱いなんて!……『この泥棒猫!』とか言われたりするの? そういう劇を見たことがあるわ!」
  
 ……母国語じゃないせいなのか、エヴァ嬢の言葉はわりとあけすけで、カーティス大尉あたりの耳に入ったら、きっと怒り出す。

「いえ、そこまでは……」

 別れてくれと言われたことはあるけど。そう言えば、ステファニー嬢は今頃、どうしているのかしら。
 そっと目を伏せれば、エヴァ嬢はさすがに言い過ぎたと思ったのか、紅茶を一口飲んで、周囲を見回した。

「わたくし、実はあちらの方に同情していたの。……てっきり、お兄様を誑かした、あのアバズレみたいな女だと思い込んでいたし……あれこれドレスや宝石を強請って、お兄様にしなだれかかって、ほんっとうにみっともないったらないんだから!」
「はあ……」
 
 わたしは首を傾げ、紅茶のカップを口元に当てて、微笑んだ。

「わたしから強請ったものなんて……ああ、祖母の入院費用は出していただいて。それがきっかけと言えばきっかけですわね……」

 それ以上は口にできず、言葉を濁して紅茶を飲めば、エヴァ嬢は碧色の目を丸くする。

「そ、それはつまり――」
「ええまあ。……家も人に貸さざるを得なくて、住む場所もないので、殿下のアパートメントに住まわせいただいているんです。傍から見たら、愛人にしか見えませんもの。非難されて当然です」
「おばあ様はまだ入院していらっしゃるの?」

 わたしは首を振る。

「いえ、最近ですが、亡くなりました。祖母には入院費用の出どころは内緒にしていたのですけど、あちらの……公爵家の顧問弁護士が暴露してしまって、ショックを受けて、心臓が。……結局わたし、祖母を助けたくて殿下に頼って、かえって死期を早めてしまったのですわ」
『まあ……なんてことマイン・ゴット……!』

 エヴァ嬢はガチャン、と少し乱暴にカップをソーサーに置き、わたしの手を両手で握り締める。

「そんな理由があっただなんて! なのにわたくしったら、あなたをあの、毒婦みたいな女に違いないって、決めつけていましたの! わたくし自分が許せないわ!」
「いえ、そんな……知らなければ当然です。わたしだって、知らない人から同様の話を聞けば、売春婦まがいの女だと軽蔑するでしょうから。姫……じゃなくて、フロイラインが気に病まれることは何も……」 
「わたくしにできることなら、何でも言って! あなたの力になりたいの!」

 碧色の瞳をキラキラと潤ませて見つめられるけれど、わたしも同じ年頃の友人なんて、マリアン・ブレイズくらいしかいなかった。だから、距離の取り方がよくわからない。

「いえ、その……フロイライン・エヴァご自身も大変な身の上なのですから……まずは、あなたが無事に、元の婚約者殿と再会できればいいですわね」

 意訳すれば、あなたは人の心配をしている場合じゃあなくってよ、というつもりだったけれど、母国語話者じゃない彼女には、遠回しに過ぎたかもしれない。

「まあ、わたくしのことまで気遣ってくださって、なんて優しいの!」

 と、エヴァ嬢をさらに感動させるだけだった。

「応援するわ!あの狂犬を宥められるのは、あなたしかいないわ! あなたは未来のランデル王妃に相応しい人よ!」
「いえ、あの、アルバート殿下は第三王子なので、たとえ彼と結婚できたとしても、わたしが王妃になる可能性はほぼなくてですね……」
「そうだわ! わたくしとフェルが結婚して生まれた、アルティニアの皇子か皇女と、あなたとアルバート殿下の間に生まれた王子か王女を結婚させたらいいわ! そうすればもう、あんな悲惨な戦争もなくなるし! 素敵だわ! わたくしたち親戚同士になれば、世界も平和になるわ!」
「お願いですから、そんな先走らないで……」

 殿下とカーティス大尉の話では、フェルディナンド大公とエヴァ嬢の結婚が、すんなり許される可能性は低いようだったのに、彼女は自分の結婚に横槍が入るなんて、想像すらしていないらしい。

 一人で盛り上がっていくエヴァ嬢に呆れながら、わたしはふと、ステファニー嬢のことを考えた。

 きっと、殿下が戦地から戻られるのを待つ間、彼女もこうやって、殿下との夢を描いていたのだろう。殿下と王妃の確執を知らない彼女にしてみれば、殿下が自分を内心、疎んじていたなんて、かけらも考えていなかっただろう。そんな彼女にとって、突然現れて殿下の心を奪ったわたしは、無礼で卑しい泥棒猫に違いない。
 
 わたしははしゃぐエヴァ嬢のカップにお替わりのお茶を注ぎながら、静かに窘めた。

「人生、一寸先は闇と申しますわ。……わたしだってまさが自分が領地も城も失い、王都で王子の愛人になるなんて、想像もしませんでした。これからだって、何がどう、転ぶかわかりません」
「そ、それはそうね」
「フロイラインは、ビルツホルンに着いたら、元の婚約者に会われるとして、そこからどう、なさるの? いつまでご身分を隠しておかれるおつもり? そろそろ、グリージャからの追っ手も追いつくころじゃないかしら」

 わたしの問いに、エヴァ嬢は気まずそうに視線を泳がせる。

「ええ、そうね……フェルの元に行くことしか考えていなかったわ」
「婚約を再び取り結ぶことはできそうですの?」
「あちらから申し出てもらえれば、きっと……」

 わたしはエヴァ嬢に顔を寄せて、小声で言った。

「あなたに着いて来ている護衛は、信用できる人たちかしら?」
「それは問題ないわ。長く仕えてくれる者たちばかりよ」
「わたしも、フロイラインとお近づきになれて、嬉しいです。何かあったら、わたしを頼っていただきたいの。わたしはずっと、ランデルの大使館にいます。年の近い友人が訪ねて来るのは、不自然じゃない。ランデルの大使館なら、あなたの身分を明かさずに保護できます」

 わたしの言葉に、エヴァ嬢が眉を寄せた。

「わたくしが、フェルの側にいられないかもしれないと?」

 彼女の碧色の瞳が、自分と彼の間でそんなことはあり得ないと告げる。わたしはただ、微笑んだ。

「単なる保険ですわ。グリージャの大使館を頼るくらいなら、わたしのところに来て欲しいと思っただけで。わたしにとっても数少ない、大事な友人ですもの。……身分違いをあなたが咎めないでくださるなら」

 エヴァ嬢の目が輝いた。

「もちろんよ! ええ、何かあったら、いえ、何もなくてもお訪ねするわ。せっかくできたお友達ですもの!」

 嬉しそうに頷くエヴァ嬢の表情から、とりあえずグリージャ大使館に駆け込まれる危険は回避できそうだと、わたしはホッとした。




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