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番外編
警視庁ジョン・ウォード警部の捜査日誌⑨
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ジョナサン・カーティス大尉の言葉に、俺もエヴァンズ警部も凍りつく。
「ど、どういうことです?」
カーティス大尉は俺たちを応接室の隅に導いて、腰を下ろす。
「ざっと説明しておきますよ」
俺たち三人が座ったのを見た若い警官が、ポットのコーヒーを淹れて運んできた。
「ありがとう」
爽やかに礼を言うこの男、めちゃくちゃ育ちがよさそうで、俺は少しだけ気後れしていた。でも何て言うのか、えらぶったところが全くなくて……そう、あれだ。「金持ち喧嘩せず」。とにかく厭味もなくて、ものすごくできた男なんだろうな、と思う。――だが、その兄貴が十年前に殺されていた? ダグラス・アシュバートンに?
「今回、ダグラス・アシュバートンを匿っていたのは、ミセス・デイジー・フランクと言いまして、実は僕の亡くなった兄の、婚約者でした」
カーティス大尉の言葉に、俺もエヴァンズ警部も言葉がない。
「僕の家はリーデンシャーに領地を持つロックウィル伯爵家で、隣の領地がグレンフィリック子爵のパーマー家。その当主の姉がやはりリーデンシャーの郷紳である、ミルドレッド家に嫁いで生まれたのが、デイジーでした。領地が隣り合っていることもあり、カーティス家とパーマー家の関係は良好で、特に、父親同士が親友でしてね。まあそんなわけで、僕の兄、クリストファーとグレンフィリック子爵の姪のデイジーは婚約していたんです」
カーティス大尉は優雅な動作でコーヒーを一口飲むとアップをソーサーに戻し、言った。
「兄のクリスとデイジーは同い年で、僕より二歳年上でした。デイジーが二十歳で結婚式を挙げる直前に、兄が王都で殺されたんです。……場末の娼館で、娼婦の夫だという、男に刺されて。娼婦は兄が馴染みで、泥酔した夫と居合わせて口論になり、刺されたと証言しました」
カーティス大尉の緑色の瞳は真剣で、だが、感情は読み取れなかった。
伯爵家の嫡男が、娼婦の夫に刺殺される――。大事件のはずだが、記憶にない。俺は首を傾げる。
「憶えがない、と訝しんでいらっしゃる。当然です。我が家が総力を挙げて、噂をもみ消しましたから」
カーティス大尉は言う。
「……今、思えば不自然なことはたくさん、ありました。そもそも兄は当時、文官として王宮に出仕し始めたばかりで、娼婦に入れあげている時間もなく、また娼婦に入れあげているほど、金を使った形跡もなかった。でも死んだ場所が死んだ場所で、また刺した男は泥酔していて記憶が定かでない。まともな証言ができるのは、娼婦本人だけでした。再捜査を要求すれば、醜聞を押さえ込むことは不可能です。――我が家は、兄の名誉や真実よりも、家の名誉を取ったのです」
微かに、悔しそうに唇を噛むカーティス大尉の表情に、俺は納得する。俺は貴族じゃないから、例えば親族が同じ目に遭ったら、きっととことんまでの真相究明を要求するだろう。だが、カーティス家は伯爵位を持つ貴族だ。事実如何よりも、嫡男が娼館で殺されたことの方が致命的だ。
「結婚式直前に、あんな形で婚約者を失ったデイジーに対し、我が家は二つの道を示しました。一つは、手切れ金としてまとまった金を渡すので、クリスのことは他で吹聴せず、新しい人生を歩む。もう一つは、そのまま僕の婚約者となることです」
「デイジーは第一の道を選んだ?」
「ええ。僕の母は、どうも当時からデイジーに不信感を抱いていて、僕との結婚を承諾しなかったとことに、内心、ホッとしていたようですが」
俺はコーヒーを一口飲んで、考える。
「その事件が、実はダグラス・アシュバートンと、デイジーの共謀だった……ということですか」
「ええ……全く、想像もできない真相でした」
カーティス大尉も、コーヒーを一口啜って口を湿らせ、続けた。
「当時、デイジーは王都にいました。遠い親類が王都の、マールバラ公爵夫人なので」
「はあ」
「……それで、どういう縁か知りませんが、王都に近い法科の学校……たぶん、ダンバー・カレッジだと思いますが、そこに在学中だったダグラス・アシュバートンと知り合い、恋愛関係になったようです」
「なるほど」
「そして大学を出て、王都で仕官した兄に、二人の関係に気づかれた。言ってはなんですが、兄はまっすぐというか、いささか潔癖で、傲慢なところがありました。伯爵家の嫡男であることを、誇りに思うというか……鼻にかけるところがあって。ダグラス・アシュバートンはリンドホルム伯爵の親類ですが、到底、爵位を継ぐような生まれではない。そんな男に婚約者を寝取られるなんて、我慢がならないと思ったようです。兄は二人の関係を暴露し、デイジーとの婚約を破棄すると通告した」
「なるほど。……そこに娼婦がどう、関ります?」
カーティス大尉は顔を歪め、言った。
「もし、関係が暴露されれば、デイジーは婚約破棄され、ダグラスと結婚することになるでしょう。でもダグラスは、デイジーと結婚する気などなかった。それで、話し合いをすると言って兄クリスを娼館に呼び出し、ダグラスが殺した。証言をした娼婦は当時、ダグラスの馴染みで、酔うと暴力を振るう夫と縁を切りたがっていた。ダグラスは娼婦に金をやって証言をさせ、夫には意識を無くすまで酒を飲ませ、クリスの死体の横に、ナイフを握らせておいたのです」
「……冤罪かよ……」
「事件が発覚し、我が家の意向で裁判もスピード結審して、無実の男は絞首刑になりました……」
カーティス大尉が項垂れる。
「……まあ、でもそんな奴は生きていたところで、ロクなことはしませんし」
「ですが……」
俺が慰めれば、カーティス大尉が溜息をつく。
「僕はその頃、王都の士官学校に通っていて、口を出すことができませんでした。兄の起こした事件に、ただただ驚くばかりで……」
「とにかく、デイジーとダグラスは首尾よく、邪魔者だったおたくの兄さんを始末してしまったと……」
俺は顎に手を触れて考える。それが、十年前――。
「結局、デイジーはダグラスとも結婚せずに?」
「はい。数年後、王都のフランク商会の会長だったロドリー・フランクの後妻になって。……ですが、その間もずっと、ダグラスとは切れていなくて、デイジーは夫の金をダグラスに貢いでいたようです」
「うわっ……なんつークズ男……」
横で話を聞いていたエヴァンズ警部が思わず呟く。俺も同感だったが、今、俺に関わるのはその一件ではなく、リンドホルムに関わる件だ。
「三年前、ダグラスは人妻との不倫がバレて、勤務先の事務所をクビになったと聞いたが、その相手もデイジー?」
「ええそうです。……リーマンロッド法律会計事務所。デイジーの夫、フランク氏の顧問弁護士も務めていた。そして、ジェームズ・アシュバートンの資産管理も」
「……ジェームズ・アシュバートン?」
どこかで聞いた名前だったか、と俺が首を傾げると、エヴァンズ警部が叫んだ。
「え、て言うことは! ダグラスは親父の継承順位が繰り上がることを、かなり早くに知っていたんですね!」
「そうです。ダグラスはフランク氏に、デイジーとの関係が知られて、窮地に立っていた。デイジーとを別れるつもりが、デイジーが承諾しない。デイジーに頼まれ、フランク氏に毒を盛るつもりで入手した砒素を使い、いっそリンドホルムを手に入れることを目論んだのです。――ウィリアム少年を殺せば、アシュバートン家はエルスペス嬢に代襲相続を要求するが、その婿に収まれば、あの城もエルスペス嬢も手に入る。万一、却下されても、相続するのは自分の父親で、リスクは少ないと判断した」
カーティス大尉が説明する。
「……ダグラスは昔から、本家のご令嬢であったエルスペス嬢に、憧れとも何ともつかない感情を抱いていたようです。十歳も年下の、お高く止まって美少女で、まさに高嶺の花です。自分のものにならないはずだった、リンドホルムの爵位、広大な城、領地――そんなものの象徴が、エルスペス嬢だったのではないでしょうか」
俺の脳裏に、荒野の畔に聳える古城の姿が蘇る。――その、寂れた庭に佇む、氷人形のように美しい、エルスペス嬢。きっとかつては薔薇が咲き乱れ、噴水の水が溢れ、光と緑に覆われた美しい庭だったに違いない。
人は、極めてくだらない理由で、人を殺す。
金のため、復讐のため、あるいは、憎しみのため。
自分のものにならないものに恋い焦がれ、それを手に入れるために――。
「なるほど。……ダグラスに、尋問することは可能ですか?」
「ええ。もちろん。――ただ、アルバート殿下のご意向で、僕も同席します」
「アルバート殿下の?」
警察権力に、王子が介入するのか?
俺の批判めいた眼差しに、カーティス大尉が困ったように言った。
「警察の邪魔をする気はありません。殿下としては、要するに爵位の行方が気になるのです。ウィリアム卿殺害の犯人がサイラス、およびダグラスであると確定されれば、エルスペス嬢に爵位を取り戻せる」
「……本気で、彼女との結婚を?」
俺の問いに、カーティス大尉が「何を今さら」という表情をした。
「マックス・アシュバートン中佐は、シャルローで、殿下の盾になって戦死しました。その彼の代襲相続が却下されているなんて、本来ならばあってはならないことです。遺族会が聞けば、大きな問題になるでしょう。どう考えても、エルスペス嬢に爵位は戻るべきだけれど、代襲相続のやり直しを求めれば、政府への批判を引き起こすかもしれない。殿下はそれを望みません。代襲相続に触れずとも爵位を取り戻すためには、ウィリアム卿の殺人事件から、犯人であるサイラス父子の爵位を剥奪した方がいいとの、ご判断です」
「命の恩人のご令嬢だから――結婚するつもりでいる?」
カーティス大尉がちらりと俺を見て、微笑んだ。
「殿下は帰国前から、エルスペス嬢に求婚する決意を固めておられたのですよ。その決意に揺らぎはありません」
「……だからって、愛人にしちまうのは、よくなかったと俺は思いますがね?」
カーティス大尉も、我が意を得たと言わんばかりに頷いた。
「それは僕も、マクガーニ中将も、かなーりこっぴどく説教しましたよ。でも予想よりも手が早くて。……こちらです」
俺たちはダグラス・アシュバートンが収監されている拘置所に、足を踏み入れた。
「ど、どういうことです?」
カーティス大尉は俺たちを応接室の隅に導いて、腰を下ろす。
「ざっと説明しておきますよ」
俺たち三人が座ったのを見た若い警官が、ポットのコーヒーを淹れて運んできた。
「ありがとう」
爽やかに礼を言うこの男、めちゃくちゃ育ちがよさそうで、俺は少しだけ気後れしていた。でも何て言うのか、えらぶったところが全くなくて……そう、あれだ。「金持ち喧嘩せず」。とにかく厭味もなくて、ものすごくできた男なんだろうな、と思う。――だが、その兄貴が十年前に殺されていた? ダグラス・アシュバートンに?
「今回、ダグラス・アシュバートンを匿っていたのは、ミセス・デイジー・フランクと言いまして、実は僕の亡くなった兄の、婚約者でした」
カーティス大尉の言葉に、俺もエヴァンズ警部も言葉がない。
「僕の家はリーデンシャーに領地を持つロックウィル伯爵家で、隣の領地がグレンフィリック子爵のパーマー家。その当主の姉がやはりリーデンシャーの郷紳である、ミルドレッド家に嫁いで生まれたのが、デイジーでした。領地が隣り合っていることもあり、カーティス家とパーマー家の関係は良好で、特に、父親同士が親友でしてね。まあそんなわけで、僕の兄、クリストファーとグレンフィリック子爵の姪のデイジーは婚約していたんです」
カーティス大尉は優雅な動作でコーヒーを一口飲むとアップをソーサーに戻し、言った。
「兄のクリスとデイジーは同い年で、僕より二歳年上でした。デイジーが二十歳で結婚式を挙げる直前に、兄が王都で殺されたんです。……場末の娼館で、娼婦の夫だという、男に刺されて。娼婦は兄が馴染みで、泥酔した夫と居合わせて口論になり、刺されたと証言しました」
カーティス大尉の緑色の瞳は真剣で、だが、感情は読み取れなかった。
伯爵家の嫡男が、娼婦の夫に刺殺される――。大事件のはずだが、記憶にない。俺は首を傾げる。
「憶えがない、と訝しんでいらっしゃる。当然です。我が家が総力を挙げて、噂をもみ消しましたから」
カーティス大尉は言う。
「……今、思えば不自然なことはたくさん、ありました。そもそも兄は当時、文官として王宮に出仕し始めたばかりで、娼婦に入れあげている時間もなく、また娼婦に入れあげているほど、金を使った形跡もなかった。でも死んだ場所が死んだ場所で、また刺した男は泥酔していて記憶が定かでない。まともな証言ができるのは、娼婦本人だけでした。再捜査を要求すれば、醜聞を押さえ込むことは不可能です。――我が家は、兄の名誉や真実よりも、家の名誉を取ったのです」
微かに、悔しそうに唇を噛むカーティス大尉の表情に、俺は納得する。俺は貴族じゃないから、例えば親族が同じ目に遭ったら、きっととことんまでの真相究明を要求するだろう。だが、カーティス家は伯爵位を持つ貴族だ。事実如何よりも、嫡男が娼館で殺されたことの方が致命的だ。
「結婚式直前に、あんな形で婚約者を失ったデイジーに対し、我が家は二つの道を示しました。一つは、手切れ金としてまとまった金を渡すので、クリスのことは他で吹聴せず、新しい人生を歩む。もう一つは、そのまま僕の婚約者となることです」
「デイジーは第一の道を選んだ?」
「ええ。僕の母は、どうも当時からデイジーに不信感を抱いていて、僕との結婚を承諾しなかったとことに、内心、ホッとしていたようですが」
俺はコーヒーを一口飲んで、考える。
「その事件が、実はダグラス・アシュバートンと、デイジーの共謀だった……ということですか」
「ええ……全く、想像もできない真相でした」
カーティス大尉も、コーヒーを一口啜って口を湿らせ、続けた。
「当時、デイジーは王都にいました。遠い親類が王都の、マールバラ公爵夫人なので」
「はあ」
「……それで、どういう縁か知りませんが、王都に近い法科の学校……たぶん、ダンバー・カレッジだと思いますが、そこに在学中だったダグラス・アシュバートンと知り合い、恋愛関係になったようです」
「なるほど」
「そして大学を出て、王都で仕官した兄に、二人の関係に気づかれた。言ってはなんですが、兄はまっすぐというか、いささか潔癖で、傲慢なところがありました。伯爵家の嫡男であることを、誇りに思うというか……鼻にかけるところがあって。ダグラス・アシュバートンはリンドホルム伯爵の親類ですが、到底、爵位を継ぐような生まれではない。そんな男に婚約者を寝取られるなんて、我慢がならないと思ったようです。兄は二人の関係を暴露し、デイジーとの婚約を破棄すると通告した」
「なるほど。……そこに娼婦がどう、関ります?」
カーティス大尉は顔を歪め、言った。
「もし、関係が暴露されれば、デイジーは婚約破棄され、ダグラスと結婚することになるでしょう。でもダグラスは、デイジーと結婚する気などなかった。それで、話し合いをすると言って兄クリスを娼館に呼び出し、ダグラスが殺した。証言をした娼婦は当時、ダグラスの馴染みで、酔うと暴力を振るう夫と縁を切りたがっていた。ダグラスは娼婦に金をやって証言をさせ、夫には意識を無くすまで酒を飲ませ、クリスの死体の横に、ナイフを握らせておいたのです」
「……冤罪かよ……」
「事件が発覚し、我が家の意向で裁判もスピード結審して、無実の男は絞首刑になりました……」
カーティス大尉が項垂れる。
「……まあ、でもそんな奴は生きていたところで、ロクなことはしませんし」
「ですが……」
俺が慰めれば、カーティス大尉が溜息をつく。
「僕はその頃、王都の士官学校に通っていて、口を出すことができませんでした。兄の起こした事件に、ただただ驚くばかりで……」
「とにかく、デイジーとダグラスは首尾よく、邪魔者だったおたくの兄さんを始末してしまったと……」
俺は顎に手を触れて考える。それが、十年前――。
「結局、デイジーはダグラスとも結婚せずに?」
「はい。数年後、王都のフランク商会の会長だったロドリー・フランクの後妻になって。……ですが、その間もずっと、ダグラスとは切れていなくて、デイジーは夫の金をダグラスに貢いでいたようです」
「うわっ……なんつークズ男……」
横で話を聞いていたエヴァンズ警部が思わず呟く。俺も同感だったが、今、俺に関わるのはその一件ではなく、リンドホルムに関わる件だ。
「三年前、ダグラスは人妻との不倫がバレて、勤務先の事務所をクビになったと聞いたが、その相手もデイジー?」
「ええそうです。……リーマンロッド法律会計事務所。デイジーの夫、フランク氏の顧問弁護士も務めていた。そして、ジェームズ・アシュバートンの資産管理も」
「……ジェームズ・アシュバートン?」
どこかで聞いた名前だったか、と俺が首を傾げると、エヴァンズ警部が叫んだ。
「え、て言うことは! ダグラスは親父の継承順位が繰り上がることを、かなり早くに知っていたんですね!」
「そうです。ダグラスはフランク氏に、デイジーとの関係が知られて、窮地に立っていた。デイジーとを別れるつもりが、デイジーが承諾しない。デイジーに頼まれ、フランク氏に毒を盛るつもりで入手した砒素を使い、いっそリンドホルムを手に入れることを目論んだのです。――ウィリアム少年を殺せば、アシュバートン家はエルスペス嬢に代襲相続を要求するが、その婿に収まれば、あの城もエルスペス嬢も手に入る。万一、却下されても、相続するのは自分の父親で、リスクは少ないと判断した」
カーティス大尉が説明する。
「……ダグラスは昔から、本家のご令嬢であったエルスペス嬢に、憧れとも何ともつかない感情を抱いていたようです。十歳も年下の、お高く止まって美少女で、まさに高嶺の花です。自分のものにならないはずだった、リンドホルムの爵位、広大な城、領地――そんなものの象徴が、エルスペス嬢だったのではないでしょうか」
俺の脳裏に、荒野の畔に聳える古城の姿が蘇る。――その、寂れた庭に佇む、氷人形のように美しい、エルスペス嬢。きっとかつては薔薇が咲き乱れ、噴水の水が溢れ、光と緑に覆われた美しい庭だったに違いない。
人は、極めてくだらない理由で、人を殺す。
金のため、復讐のため、あるいは、憎しみのため。
自分のものにならないものに恋い焦がれ、それを手に入れるために――。
「なるほど。……ダグラスに、尋問することは可能ですか?」
「ええ。もちろん。――ただ、アルバート殿下のご意向で、僕も同席します」
「アルバート殿下の?」
警察権力に、王子が介入するのか?
俺の批判めいた眼差しに、カーティス大尉が困ったように言った。
「警察の邪魔をする気はありません。殿下としては、要するに爵位の行方が気になるのです。ウィリアム卿殺害の犯人がサイラス、およびダグラスであると確定されれば、エルスペス嬢に爵位を取り戻せる」
「……本気で、彼女との結婚を?」
俺の問いに、カーティス大尉が「何を今さら」という表情をした。
「マックス・アシュバートン中佐は、シャルローで、殿下の盾になって戦死しました。その彼の代襲相続が却下されているなんて、本来ならばあってはならないことです。遺族会が聞けば、大きな問題になるでしょう。どう考えても、エルスペス嬢に爵位は戻るべきだけれど、代襲相続のやり直しを求めれば、政府への批判を引き起こすかもしれない。殿下はそれを望みません。代襲相続に触れずとも爵位を取り戻すためには、ウィリアム卿の殺人事件から、犯人であるサイラス父子の爵位を剥奪した方がいいとの、ご判断です」
「命の恩人のご令嬢だから――結婚するつもりでいる?」
カーティス大尉がちらりと俺を見て、微笑んだ。
「殿下は帰国前から、エルスペス嬢に求婚する決意を固めておられたのですよ。その決意に揺らぎはありません」
「……だからって、愛人にしちまうのは、よくなかったと俺は思いますがね?」
カーティス大尉も、我が意を得たと言わんばかりに頷いた。
「それは僕も、マクガーニ中将も、かなーりこっぴどく説教しましたよ。でも予想よりも手が早くて。……こちらです」
俺たちはダグラス・アシュバートンが収監されている拘置所に、足を踏み入れた。
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