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14、薤露
テセウスの亡霊*
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今まで、何人もの女を抱いてきた。だが全て合意の上であり、また女たちは皆、快楽への期待を抱いて自らゾラに身体を開いた。要するにゾラは豊富な経験と自慢の技術でその期待に応えてやればよかった。
だがアルベラは違う。
アルベラにとっては、ある種の刑罰であって、諦めているから抵抗しないだけだ。当然、快感を得たいなどと思っていないし、感じることを拒む雰囲気さえある。
だが苦痛だけのセックスなんてゾラにはできない。どちらかと言えば、ゾラは女を悦ばせることに満足を覚えるタイプだから。自分勝手に突っ込んで腰を振って――なんてのは、想像しただけで萎える。
だからアルベラの抱く恐れを解きほぐして、それなりに感じてもらわないといけない。
「大丈夫だ。――俺は、テセウスだから。怖くない……」
あんまり喋り過ぎるとテセウスの仮面が剥がれてしまう。ゾラは極力、言葉少なにアルベラの耳元で囁く。アルベラの閉じていた目が開き、涙で滲んだ瞳でゾラを見た。そしてもう一度目を閉じ――両腕でゾラの首筋に縋りつく。これが、了承の合図だと、ゾラは理解した。
おそらく、これまでの豊富な経験の中でも一番ってくらいに、壊れ物でも扱うかのように大切に触れて。
自分のガサツな性格ではこれ以上は無理、ってくらいに丁寧に。快楽を恐れ戸惑うアルベラの、ありとあらゆる場所を指と舌と唇で愛撫して、ガチガチに凍えていたアルベラの息がようやく乱れ、力が抜けたころあい。……そろそろゾラの方が限界だった。
一つ間違えたら本当に壊れてしまうのではないかと、柄にもなく手が震える。しかし、この役割を他の男に譲るなんてことは到底、できそうもなくて、ゾラは彼女のこぶりな耳元で囁く。
「そろそろ、挿れる……」
なすすべもなく喘ぐばかりだったアルベラが、ビクりとその声に身体を震わせ、一瞬、ゾラを見て目が合った。涙で潤んだ翡翠色の瞳。だが、アルベラはすぐに目を閉じ、ゾラから顔を背けてしまう。涙の粒がこめかみを流れ落ちた。
ゾラは何とも言えない罪悪感に蝕まれるが、ここまできて途中でやめるわけにもいかない。別の男に同じ命令が下るだけの話だ。ならば今、ひと思いに終わらせてしまうしかない。
「アルベラ――今夜だけは俺はテセウスだから。あんたは何も悪くないんだ――」
虚しい言い訳とわかっていても、自分と瓜二つだった彼女の死んだ恋人の役を演じてやる以外、ゾラには思いつかなかった。ゾラはアルベラの膝の裏に手をかけて足を開き、自身の切っ先をゆっくりと推し進めた。
(……うわっ……きつっ……)
あるいは新月の夜に、アルベラの処女は奪われているかもしれないと懸念していたが、確かに目にした純潔の証に、ゾラは内心、「やべぇ」と思う。
きっと死んでプルミンテルンの頂に上ったら、そこで待っているテセウスに殺される。――いや、そんときはもう、俺も死んでるんだけど、でも間違いなくボコボコにされる――そんな下らないことを考えて気を散らさないと、一瞬で果ててしまいそうだった。
眉を顰めて破瓜の痛みに耐えているアルベラの顔中に、宥めるようなキスを幾度も落としながら、ゾラ自身も追い上げられていくのを自覚する。
「……アルベラ、好きだ……」
ゾラとして本心を吐露したつもりだったが、アルベラはきっと、ゾラの向こうに愛しい男の面影を見ているのだろう。ゾラを見上げた顔が、少し、歪んだ。両腕を伸ばしてゾラの黒い頭を抱え込み、荒い息遣いの合間に微かに応えた。
「……うん……わたしも……」
それが自分へのものかテセウスに対するものか、ゾラはもう、追及するつもりはなかった。
どのみち、最初で最後の夜だ。――こんな上玉は、俺にはやっぱり勿体ないお化けが出る。
そいつは、きっと俺と同じ顔をしているに違いない――。
だがアルベラは違う。
アルベラにとっては、ある種の刑罰であって、諦めているから抵抗しないだけだ。当然、快感を得たいなどと思っていないし、感じることを拒む雰囲気さえある。
だが苦痛だけのセックスなんてゾラにはできない。どちらかと言えば、ゾラは女を悦ばせることに満足を覚えるタイプだから。自分勝手に突っ込んで腰を振って――なんてのは、想像しただけで萎える。
だからアルベラの抱く恐れを解きほぐして、それなりに感じてもらわないといけない。
「大丈夫だ。――俺は、テセウスだから。怖くない……」
あんまり喋り過ぎるとテセウスの仮面が剥がれてしまう。ゾラは極力、言葉少なにアルベラの耳元で囁く。アルベラの閉じていた目が開き、涙で滲んだ瞳でゾラを見た。そしてもう一度目を閉じ――両腕でゾラの首筋に縋りつく。これが、了承の合図だと、ゾラは理解した。
おそらく、これまでの豊富な経験の中でも一番ってくらいに、壊れ物でも扱うかのように大切に触れて。
自分のガサツな性格ではこれ以上は無理、ってくらいに丁寧に。快楽を恐れ戸惑うアルベラの、ありとあらゆる場所を指と舌と唇で愛撫して、ガチガチに凍えていたアルベラの息がようやく乱れ、力が抜けたころあい。……そろそろゾラの方が限界だった。
一つ間違えたら本当に壊れてしまうのではないかと、柄にもなく手が震える。しかし、この役割を他の男に譲るなんてことは到底、できそうもなくて、ゾラは彼女のこぶりな耳元で囁く。
「そろそろ、挿れる……」
なすすべもなく喘ぐばかりだったアルベラが、ビクりとその声に身体を震わせ、一瞬、ゾラを見て目が合った。涙で潤んだ翡翠色の瞳。だが、アルベラはすぐに目を閉じ、ゾラから顔を背けてしまう。涙の粒がこめかみを流れ落ちた。
ゾラは何とも言えない罪悪感に蝕まれるが、ここまできて途中でやめるわけにもいかない。別の男に同じ命令が下るだけの話だ。ならば今、ひと思いに終わらせてしまうしかない。
「アルベラ――今夜だけは俺はテセウスだから。あんたは何も悪くないんだ――」
虚しい言い訳とわかっていても、自分と瓜二つだった彼女の死んだ恋人の役を演じてやる以外、ゾラには思いつかなかった。ゾラはアルベラの膝の裏に手をかけて足を開き、自身の切っ先をゆっくりと推し進めた。
(……うわっ……きつっ……)
あるいは新月の夜に、アルベラの処女は奪われているかもしれないと懸念していたが、確かに目にした純潔の証に、ゾラは内心、「やべぇ」と思う。
きっと死んでプルミンテルンの頂に上ったら、そこで待っているテセウスに殺される。――いや、そんときはもう、俺も死んでるんだけど、でも間違いなくボコボコにされる――そんな下らないことを考えて気を散らさないと、一瞬で果ててしまいそうだった。
眉を顰めて破瓜の痛みに耐えているアルベラの顔中に、宥めるようなキスを幾度も落としながら、ゾラ自身も追い上げられていくのを自覚する。
「……アルベラ、好きだ……」
ゾラとして本心を吐露したつもりだったが、アルベラはきっと、ゾラの向こうに愛しい男の面影を見ているのだろう。ゾラを見上げた顔が、少し、歪んだ。両腕を伸ばしてゾラの黒い頭を抱え込み、荒い息遣いの合間に微かに応えた。
「……うん……わたしも……」
それが自分へのものかテセウスに対するものか、ゾラはもう、追及するつもりはなかった。
どのみち、最初で最後の夜だ。――こんな上玉は、俺にはやっぱり勿体ないお化けが出る。
そいつは、きっと俺と同じ顔をしているに違いない――。
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