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5、女王家の神器

神器の行方

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「つまり、ユウラ女王とギュスターブ公子との結婚は、ユウラ女王の意志によるものではなかったということか。それで、執政長官インペラトールの証となる神器をギュスターブに渡さぬために、アデライード姫に託して聖地に持っていかせた……」
「はい。それを察知したイフリート公爵の手の者が、アデライード姫を誘拐し、神器を手に入れようとしたのではないかと」

 恭親王は無意識に眉間を揉みながら考え込んだ。そういえば、ギュスターブはユウラ女王の夫でありながら、正式に執政長官インペラトールに就任したとは聞いていない。神器が無いので就任できなかったわけだ。

「ギュスターブの下種ゲス野郎が執政長官に就任していないということは、馭者がイフリート公爵の手の者であったか否かに関わらず、イフリート公爵らは神器の入手に失敗したのだな。そしてアデライード姫の周囲からも、乳母や馬車周辺でも神器が発見されていないということは、アデライード姫やその乳母たちがどこかに隠したか……。なるほど、神器の行方をアデライード姫が知っている可能性を捨てきれず、これまでは暗殺できなかったということか。しかし、ここにきて〈聖婚〉の件を嗅ぎ付け、本気でアデライード姫を殺しにかかっていると」
「そうかもしれません。最近までは毒物を盛られても致死性は高くなかったり、持ち物が盗まれたりすることが多いようでしたのに、ここ数日、急に物理的な攻撃が増えたように思われます」

 メイローズの言葉に、恭親王は無意識に顎を撫でて考えに沈む。何だろう。何かがもやもやする。

「いずれにせよ、エイダやら言う修道女は怪しさ満点だな。今すぐにでも引き離した方がいい」
「しかし、そうなりますと姫君のお世話に支障が出てまいりましょう。エイダ以上に姫君の意志を汲み取れる者がおりませんので」
「そんな暢気のんきなことを言って、殺されてからでは遅いぞ」
「ですが、新たに付けた者が、イフリート側の間者かんじゃでないという保証もございません」

 そこなのである。誰が怪しいか分からないよりは、最初から怪しい奴を重点的に見張るほうがマシかもしれない。カイトは優れた暗部である。あれが付いていれば、数日のことならばなんとかなるか。

 恭親王はアデライードの安全については、ひとまず置くことにした。会ったこともない女の安全など、本気で心配する気にもなれないし。
 差し当たって重要なのは――。

「その神器のことなのだが」
 
 恭親王が気を取り直してメイローズに尋ねる。

「それがないと執政長官インペラトールになれないのか?」
「絶対になれないのかは存じませんが……とにかく執政長官の、というより、女王の夫であることの証となるものだとか、何とか」

 メイローズの言葉が珍しくはっきりしない。メイローズが苦笑する。

「女王家の問題は太陰宮の管轄なのですが、神器の紛失という事態を表向きにしたくないのか、どうも我々陰陽宮に入ってくる情報が曖昧模糊あいまいもことしておりまして……。陰陽宮も秘密主義ではありますが、太陰宮もどうしてどうして、とくに女王家に関わることは秘密が多くて困ります」
「つまり、神器は女王の結婚に関わるものなのだな」
「ああ、そのことでしたら」
 
 メイローズは恭親王が気にしている点に気づいたようだ。

「差し当たって、〈聖婚〉に関しては神器は関係ありません。基本的に、〈聖婚〉は女王にはならない王女がするものですから。ただ、〈禁苑〉と帝国の意図するとおり、アデライード姫を女王に即位させ、〈聖婚〉の皇子であるわが主が執政長官に就任する際に、神器の不在が問題にされる可能性はございますね」
「その後のことを考えると胃が痛くなるのだが」

 恭親王は頑丈な方だが胃が弱い。ストレスが胃に来るタイプなのである。

「ジュルチ僧正より、太陽宮の薬草園の胃薬を融通してもらいましょう。それにしても、他の病や怪我は簡単な薬と自己治癒で治せるのに、胃痛と胃痙攣いけいれんだけは自己治癒が効かないってのも、厄介な性質ですね」

 理由は定かではないが、神経性のものは自己治癒が効きにくい。魔法は本人の精神状態と関わっているからであろう。

「それよりも、現時点で神器の所在不明により、一番困っているのは、むしろアルベラ姫でしょう。たとえ即位できても、このままでは結婚できませんからね」
「イフリート公爵としては、必死に探しているのだろうな」
「ギュスターブ卿も、ユウラ女王が死ぬまでに是非、見つけたかったでしょう」

 神器を聖地に持ち出すことで、少なくともギュスターブは執政長官に就任できず、アルベラの即位を強行することもできなくなり、また神器の不在によってアデライード姫の生命も守られてきたとすれば、意図してのことかはともかく、ユウラ女王が神器をアデライードに託したことは功を奏してはいるのだろう。

「アデライード姫は十年前に六歳か……神器がどんなものか知らぬが、そんな子供が持って森の中をうろうろしていたら、そりゃ、落っことして失くすだろう」

 ゴブレットを口元に運び、新しく注いだ葡萄酒で口を湿しながら口走った時、恭親王の頭の中を稲妻のようなものが走り抜けた。

『お母様にもらった指輪、落としちゃった!』
『それはね、わたしが大きくなったら旦那様にあげる指輪なのですって』

(森の中で、落とした……母親に、もらった……旦那様に……)

 恭親王の切れ長の目が限界まで広げられる。彼の手から錫のゴブレットが抜け落ち、赤い葡萄酒が絨毯じゅうたんに飛び散る。

「わが主……?!」

 主の異常に、メイローズが思わず腰を上げて近寄る。懐から布を取り出し、主の足元に膝をついて黒革の長靴に飛び散った葡萄酒の雫を咄嗟に拭いながら、凍り付いたように虚空を見つめている恭親王に、恐る恐る声をかける。

(神器……まさか……いやしかし……十年前……六歳……)

 身動きを止めた恭親王の頭の中で目まぐるしく情報が錯綜さくそうし、一つの結論を出すまで、時間にして数分。
 動かない主のことを、下がっているトルフィンに告げるべきか迷っているメイローズに対して、恭親王が絞り出すような声で言った。

「……メイローズ、見てもらいたいものがある……」
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