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15、寄り添う二人

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「王太子殿下だ!」
「――あれは、ジュスティーヌ姫じゃないか?」
「事前の通告はなかったから、微行おしのびか?」

 広間の入口に目を向ければ、派手に着飾ったヌイイ侯爵夫妻が、蜂蜜色の髪をした若い男と話しながら広間に入ってきた。仮面を着けているが、堂々とした身のこなしは、王族特有の傲慢さと優雅さに満ちている。少し遅れて、同じく蜂蜜色の髪に真珠の髪飾りを着け、深い青色の地に金糸刺繍の豪華だが繊細なドレスを着た華奢な女が、銀色の仮面を着けた背の高い銀髪の男に、腕を預けるようにして歩いて来た。金色の仮面を着けているから、女の顔はわからない。男はさっきミレイユの横を通り過ぎたラファエルに相違なくて、女を庇うように、周囲を警戒しながら歩いている。

(――ラファエル!)

 視界の悪い仮面を着けているためとはいえ、恋人の腕に別の女が縋っている姿を見せつけられ、ミレイユは心臓が掴まれたような気がした。王太子と王女の背後には、王宮騎士の青い制服を着た護衛が二人従っていて、制服を着ていないラファエルは今夜は「王女の護衛」としてではなく、一般の「招待客」としてこの場にいるということだ。それが王女と寄り添って腕まで組んで歩いているのである。
 
 ラファエルが制服を着ていないのは仰々しさを抑えるためだと、王太子は説明していたが、ぱっと見には二人は恋人同士のようで、王太子も認めた仲であると、周囲は勘違いするだろう。もともと噂があるところにこんな登場の仕方をすれば、王女をラファエルに降嫁させるつもりだとの噂に信憑性を与えてしまう。この場の者は皆、思うに違いない。――王太子はなのだ、と。

 広間中央奥の、豪華な装飾のついたソファに導かれ、腰を下ろそうとした王女は視界の悪さのためか、少しふらついた。それをラファエルは事も無げに支えて、王女が彼を見上げて微笑みかける。

 ――ありがとう。
 ――どういたしまして。

 声は聞こえないが、そんなやり取りがあったのか、ラファエルがほんの一瞬、表情を和らげる。仮面を着けているのにもかかわらず、整いすぎたきらいのある口元が優美に緩んで、柔らかな光が発散されるかのような、優しい雰囲気が零れ出る。普段のどこか硬質な、無機質な美しさとは全く違う、蕩けるような甘い微笑み。 
 その瞬間を目にしてしまったミレイユは、衝撃のあまりその場で倒れてしまうのではないかと思う。
 だってそんな微笑みは、恋人のはずであるミレイユすら、初めて目にするものだったからだ。

(――わたくしは、ラファエルの何なの?)

 恋人のはずだった。結婚も申し込まれ、父親の許しを得ようと努力しているところだった。なのに――

 考えてみれば、このひと月以上ろくな便りもなく、話もできていない。
 
「ミレイユ、大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

 クロティルドが心配そうに問いかける声すらも、もうミレイユには届かない。

 もしかして、ラファエルは王女との結婚を、すでに了承したのだろうか。
 ミレイユの心に、初めて疑いの種が蒔かれた。――疑ってしまえば、何か特別な空気が二人の間にあるように見えてくる。

 ミレイユとラファエルは当人同士が結婚を誓っただけで、父親の許しを得ていない。神の前で誓っていない誓いは正式の効力を持ちえない。だが、その誓いは神聖なものだと、ミレイユはずっと信じてきたのに――

 足元からグラグラと崩れていくような感覚に、ミレイユは懸命に耐える。ここで倒れるような無様なことだけはしたくなかった。ミレイユは両脚を踏ん張って、ぐっと両手を握りしめる。
 
 それからシャンデリアの煌く華やいだ会場から逃れるように、そっと、目立たないように踵を返し、ひっそりと広間を後にした。その姿に気づいて、慌てて追いかけたのはクロティルドただ一人。 
 
 ――ラファエルはミレイユの存在にすら、まったく気付かなかった。
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