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18、セルジュの困惑

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 イザベルが言うと、白い指で焼き菓子を摘まんでいたジュスティーヌが、驚いたように顔をあげた。青い空を映した湖のように澄んだ瞳が、びっくりして丸くなる。

「だって、あれは恋人同士で乗るのでしょう? 恋人でもないのに、そんなこと頼めませんわ」
「確かに恋人同士で乗るということにはなってますけど、何か資格試験があるわけでもなし、別に恋人じゃなくてもバレはしませんわよ」
 
 扇をパタパタ振りながら、イザベルが悪戯っぽく笑う。

「だって、考えてもごらんなさいな。もし、ジュスティーヌ様に恋人がいたとして、その人がジュスティーヌ様をお舟に誘って乗ろうとなったら、絶対に、ラファエルもついていきますわよ? 自分は護衛だから、姫様のお側を離れることはできません、とか何とか言って」 
 
 そう言われて、ジュスティーヌも思わず扇を口元に当ててぷっと噴き出す。無理矢理舟に乗りこんでくる、ラファエルの姿が想像できてしまったからだ。

「そんなお邪魔虫なことになるくらいなら、最初からラファエルと二人で乗った方がマシじゃありませんの。ジュスティーヌ様は要するにお舟に乗りたいのであって、恋人と愛を語りたいわけではないのでございましょ? だったら別に相手がラファエルでも、何の問題もないわ」

 イザベルのものすごい論理に、ジュスティーヌは茫然とする。

「……何だかそれは……ちょっと違うんじゃありませんの? お義姉様」
 
 不安になったジュスティーヌは、背後に控えるラファエルの部下を振り返る。

「えーと、あなた。たしかセルジュと仰ったわよね? 今のお話、聞いていて?」
「は」

 黒髪の騎士が生真面目に頭を下げる。

「お義姉様は、どっちみちラファエルが護衛として付いてくるのだから、最初からラファエルに舟に乗せてもらいなさいと仰るのだけど……あなた、どう思う?」

 いきなり王女にそんなことを聞かれて、セルジュは内心、動揺するけれど、それを全く表に出さず、騎士然として答える。

「……それは、当日の警備の観点から申し上げますれば、姫君がお舟に召されます場合は、隊長もしくは我々の誰かが同乗するべきかと存じます。おそらくは隊長自身が、姫君の警護に当たることになると想定されます」
「つまり、どのみちラファエルとは一緒に舟に乗ることになる、と言う意味かしら。でもそれと、いっそのことラファエルに舟に乗せてもらうというのは、ちょっと意味が違うように思うのだけど……」

 セルジュは無表情を装いながら、背中に冷や汗をかく。
 従騎士時代からの付き合いであるセルジュは、当然、ラファエルとアギヨン侯爵令嬢の件を知っている。最近、二人の仲が疎遠になりつつあることも。

 ラファエルは基本、女性に対しては親切であるが、明確に距離を置くタイプである。恋人であるアギヨン侯爵令嬢への態度と、他の女性たちとの態度ははっきりと一線を画していた。だが、セルジュの目から見て、ラファエルのジュスティーヌへの態度は、これまでの他の女性たちとの態度とは少し異なる。あくまで護衛対象と騎士との間の関係を逸脱しない程度ではあるが、ラファエルはジュスティーヌに自ら近づこうとしている。だが、ラファエルにその自覚があるのかは、付き合いの長いセルジュにもわからなかった。

 仮面舞踏会の夜、制服を着て背後に控えていたセルジュは、視界の片隅にアギヨン侯爵令嬢らしき女性の姿を認めていた。いつものラファエルと違う態度と雰囲気を、女性は鋭敏であるから気づいているのではなかろうか。何より、すでに二人の間のことは王都で噂になっているのだ。

 噂に疎いラファエルは、ジュスティーヌの頼みとあれば二つ返事で舟の手配をするだろう。めったに何か要求することのないジュスティーヌのだ。

 だがそうなればラファエルは、湖上祭のことを恋人にどう、説明するのだろうか。王女の護衛と言いながら、実はジュスティーヌと二人、恋人同士のように舟に乗っていると知られたら、さすがに令嬢は重大な裏切りだと思うだろう。

 セルジュは困惑する。
 ジュスティーヌには結婚の意志もないし、幼いころからの夢を叶えたいという、無邪気なお願いごとに過ぎない。別にラファエルでなくともいいはずだが、万一のことを思えば、責任者であるラファエルはその役目を他人任せにしたくないだろう。ジュスティーヌが自ら別の騎士を指名すればラファエルも折れざるを得まいが、第三者であるセルジュが、ラファエルの秘密の恋人の存在をジュスティーヌに告げるわけにもいかない。

「――それは、ラファエル本人と、王太子殿下にご相談なさるべきかと存じます」

 結局、セルジュはあたりさわりのない答えを返すことしか、できなかった。
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