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21、欺瞞
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「それは――」
「ジュスティーヌ姫を選ばぬ限り、王家の股肱としてのお前の将来も消える。……もちろん、ジロンド家の栄達も」
「……それは、脅しですか」
「もちろんだ。陛下を取るか、アギヨン侯爵を取るか。王家に着く代償が、ジュスティーヌ姫とボーモン伯領だ。一伯爵家として断れる筋ではないと、覚悟を決めよ」
「そんな……」
茫然とするラファエルに、兄ガブリエルも言う。
「ラファエル、いい加減観念しろ。それでもミレイユ嬢をと言い張るのであれば、勘当するしかない」
「父上……」
八方塞がりだった。ミレイユを択べば、彼の未来は根こそぎ消えてしまう。二人が添い遂げるには駆け落ちくらいしか、道は残されていなかった。が、ミレイユがそれを承知するかも、貴族社会を捨てて二人で生きていけるのかすらわからない。――そもそも、ミレイユへの愛のために貴族の責任を捨てることは、国や王家への不忠である。それもまた、騎士としてあってはならぬこと――。
追い詰められたラファエルの脳裏には、不思議なことに、別れろと詰め寄られている恋人の姿ではなく、結婚しろと迫られている王女の姿ばかりが浮かんでくる。――俺は、いったいどうしたら。
ラファエルは頭を振り、乱れた銀色の髪を後ろへと掻きあげる。
どうしても、何か一つを裏切らなければならないのだとしたら。切り捨てるべきものは、ラファエルの中では決まっていた。
ただ一つ気がかりなのは――。
「しかし、父上、兄上、肝心の姫君のお気持ちはどうなのです。姫君は結婚はしたくないと仰っていた。俺だって姫君に修道院に入ってほしくはありません。でも、俺がミレイユを捨てて姫君との結婚を承諾したと聞いたら、姫君はきっと、俺を軽蔑なさると思います」
「ミレイユ嬢のことは公にはなっていないし、黙っていればバレることはあるまい」
ガブリエルはこともなげに言うが、ラファエルは首を振る。
「人の口に戸は立てられません。俺と姫君の婚約が正式なものになれば、必ずやどこかから、俺とミレイユのことが知られるでしょう。後から事実を知れば、姫君がご自分をお責めになるかもしれない」
正式な婚約まで至っていなくとも、他人の恋人を結果として奪ったと知れば、ジュスティーヌは後悔するに違いない。
「では、どうする」
「……どのみち、遠からずミレイユは他の男に嫁ぐことになるでしょう。年齢から言っても、そろそろ躱し切れないと本人も言っていました」
「ミレイユ嬢が嫁ぐのを待つのか?」
「ミレイユももう、十九ですから。俺も、前回の叙爵が潰れた時点で、もう無理かもしれないと少し思っていました。ミレイユがどこかに嫁ぎ、俺がすっぱりミレイユに振られてしまえば、姫君は可哀想な振られ男を拾っただけということになる」
その方法なら、ラファエルからミレイユに別れを切り出したわけではないから、姫君は他人の恋人を奪ったことにはならない。未亡人である姫君が、夫の死後数年、独り身で過ごすのは珍しい話ではないのだから、焦る必要はないのだ。
「俺はミレイユを捨てて、姫に乗り換えるような真似はできないし、そんなことをしたら姫君が傷つかれるでしょう。――王家にはこう、お伝えください。ミレイユとの結婚は諦めますから、ミレイユが別の誰かに嫁ぐのを待っていただきたい。姫君をお守りするのが俺の仕事で、たとえ白い結婚であっても、俺はそんなのは気にしない、と。ただ、焦って話を進めないでいただきたいのです」
ラファエルの言い分に、ジロンド伯爵は腕を組んで考える。
「――迂遠だな。まあいい、陛下もせっかく戻ってきた姫君を、そんなに早く手放すおつもりはないと、わしも踏んでいる。将来的にお前が姫を貰ってくれると確約してくれるなら、それでいいようなことをおっしゃっていたからな」
ラファエルは家族の説得に折れて、ジュスティーヌとの結婚を承諾した。ミレイユとの結婚を諦めながら、それを彼から言い出すことはしないという、条件で。ミレイユが先に嫁いでしまえば裏切りにならないというラファエルの欺瞞に、ラファエル本人だけが気づいていなかった。
「ジュスティーヌ姫を選ばぬ限り、王家の股肱としてのお前の将来も消える。……もちろん、ジロンド家の栄達も」
「……それは、脅しですか」
「もちろんだ。陛下を取るか、アギヨン侯爵を取るか。王家に着く代償が、ジュスティーヌ姫とボーモン伯領だ。一伯爵家として断れる筋ではないと、覚悟を決めよ」
「そんな……」
茫然とするラファエルに、兄ガブリエルも言う。
「ラファエル、いい加減観念しろ。それでもミレイユ嬢をと言い張るのであれば、勘当するしかない」
「父上……」
八方塞がりだった。ミレイユを択べば、彼の未来は根こそぎ消えてしまう。二人が添い遂げるには駆け落ちくらいしか、道は残されていなかった。が、ミレイユがそれを承知するかも、貴族社会を捨てて二人で生きていけるのかすらわからない。――そもそも、ミレイユへの愛のために貴族の責任を捨てることは、国や王家への不忠である。それもまた、騎士としてあってはならぬこと――。
追い詰められたラファエルの脳裏には、不思議なことに、別れろと詰め寄られている恋人の姿ではなく、結婚しろと迫られている王女の姿ばかりが浮かんでくる。――俺は、いったいどうしたら。
ラファエルは頭を振り、乱れた銀色の髪を後ろへと掻きあげる。
どうしても、何か一つを裏切らなければならないのだとしたら。切り捨てるべきものは、ラファエルの中では決まっていた。
ただ一つ気がかりなのは――。
「しかし、父上、兄上、肝心の姫君のお気持ちはどうなのです。姫君は結婚はしたくないと仰っていた。俺だって姫君に修道院に入ってほしくはありません。でも、俺がミレイユを捨てて姫君との結婚を承諾したと聞いたら、姫君はきっと、俺を軽蔑なさると思います」
「ミレイユ嬢のことは公にはなっていないし、黙っていればバレることはあるまい」
ガブリエルはこともなげに言うが、ラファエルは首を振る。
「人の口に戸は立てられません。俺と姫君の婚約が正式なものになれば、必ずやどこかから、俺とミレイユのことが知られるでしょう。後から事実を知れば、姫君がご自分をお責めになるかもしれない」
正式な婚約まで至っていなくとも、他人の恋人を結果として奪ったと知れば、ジュスティーヌは後悔するに違いない。
「では、どうする」
「……どのみち、遠からずミレイユは他の男に嫁ぐことになるでしょう。年齢から言っても、そろそろ躱し切れないと本人も言っていました」
「ミレイユ嬢が嫁ぐのを待つのか?」
「ミレイユももう、十九ですから。俺も、前回の叙爵が潰れた時点で、もう無理かもしれないと少し思っていました。ミレイユがどこかに嫁ぎ、俺がすっぱりミレイユに振られてしまえば、姫君は可哀想な振られ男を拾っただけということになる」
その方法なら、ラファエルからミレイユに別れを切り出したわけではないから、姫君は他人の恋人を奪ったことにはならない。未亡人である姫君が、夫の死後数年、独り身で過ごすのは珍しい話ではないのだから、焦る必要はないのだ。
「俺はミレイユを捨てて、姫に乗り換えるような真似はできないし、そんなことをしたら姫君が傷つかれるでしょう。――王家にはこう、お伝えください。ミレイユとの結婚は諦めますから、ミレイユが別の誰かに嫁ぐのを待っていただきたい。姫君をお守りするのが俺の仕事で、たとえ白い結婚であっても、俺はそんなのは気にしない、と。ただ、焦って話を進めないでいただきたいのです」
ラファエルの言い分に、ジロンド伯爵は腕を組んで考える。
「――迂遠だな。まあいい、陛下もせっかく戻ってきた姫君を、そんなに早く手放すおつもりはないと、わしも踏んでいる。将来的にお前が姫を貰ってくれると確約してくれるなら、それでいいようなことをおっしゃっていたからな」
ラファエルは家族の説得に折れて、ジュスティーヌとの結婚を承諾した。ミレイユとの結婚を諦めながら、それを彼から言い出すことはしないという、条件で。ミレイユが先に嫁いでしまえば裏切りにならないというラファエルの欺瞞に、ラファエル本人だけが気づいていなかった。
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