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54、略号*

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 ラファエルは素早く廊下に目を走らせ、人目のないことを確認するとカトリーヌの腕を掴んで部屋に引きずり込み、バタンと扉を閉めてその扉にカトリーヌを押し付けるようにした。

「声を出すなよ?」
「ええ、もちろん……閣下?」
 
 カトリーヌの耳元で囁くと、乱暴にスカートを捲り上げる。

「どこだ?」
「うふふ、どこかしら?」

 カトリーヌは両腕をラファエルの首に回し、口づけを強請る。

「口づけしてくださいませ。そうしたら……」  
「もういい、勝手に探す」

 ラファエルはカトリーヌの両脚の間に膝を割り込ませてカトリーヌの動きを封じると、スカートの下のペチコートをまさぐる。

「あん……」
  
 カトリーヌの発する甘えた声を無視し、乱暴にペチコートをまくり上げ、ストッキングの隙間に差し込まれている、筒状に巻かれた羊皮紙を発見し、それを取り出す。

 広げてみれば、細かい文字でびっしりと数字が書き連ねられ、所領の明細帳のように思われた。
 
「まだ、約束のものをいただいていませんわ? 返してくださいませ」

 カトリーヌが帳簿を取り戻そうと伸ばす手をするりと避け、ラファエルは上からカトリーヌをまじまじと見下ろす。
 
「数年分の帳簿には少ない気もするが……」
「伯父だって、所領全部の収穫高を誤魔化しているわけじゃあ、ございませんわ。誤魔化している部分だけ、書き出せばいいわけですから」

 つまり、どこの所領の収穫を誤魔化しているのか、知らなければ突き合せることもできないということだ。ラファエルは素早く帳簿に目を走らせるが、具体的な地名のようなものは見えなかった。ラファエルは眉を寄せる。略号らしきものはあるが、当地の地理にまだ疎いラファエルには、略号から細かい地名を割り出すなんて不可能だ。

「閣下、わたくしにお情けをくださいませ? そうしたら、略号の意味を教えて差し上げないでもないわ?」
「この部屋では無理だ。――隣に姫がいる」

 そう言いながらラファエルは、扉にカトリーヌを押し付け、彼女の膝の間に膝を割り込ませて下半身を密着させる。目の前にはこれでもかと言うほど強調された、カトリーヌの白い胸が、大きく開いた襟首から今にも零れそうである。

 ラファエルは押収した帳簿らしきものを素早く上着プールポワンの隠しに突っ込むと、両手でカトリーヌの白い胸をぐっとつかんだ。

「ああん!」
「声を出すな……」

 ラファエルはカトリーヌの胸に顔を近づけると、ふっと息を吹きかけるようにして言う。

「略号を教えれば、少しぐらいなら可愛がってやらなくもない」
「そん……なぁ……ああっ」

 息を吹きかけただけで、もうカトリーヌの白い胸は上気して桃色に染まり、触れてもいないのに、乳首がピンと立ってドレスの胸元を押し上げている。――相当に場数を踏んで、すっかり身体の感覚が開発されてしまっているらしい。娼婦のような媚態に嫌悪感を覚え、手短かに済ませようと、ラファエルは白い胸の双丘を舌でペロリと舐めた。
 
「はあぁぁ!」
「大きな声を出すなと言っている」

 それだけの刺激で身を捩らせ、身体をくねらせて下半身を押し付けてくるカトリーヌを、ラファエルは醒めた目で見下ろして、少しだけ誘うように腰を動かしてやると、カトリーヌはすっかり瞳を潤ませて、縋るような視線でラファエルを見上げ、強請った。

「お、お願い、ちょうだい……くださいませ、閣下の……」 

 愛撫らしい愛撫もしていないのに、強烈な女の匂いをまき散らしながら迫ってくるカトリーヌに、ラファエルはウンザリしながら、だがもうひと押しだと膝を女の股間に押し当てて、グリグリと動かしてやる。

「ああぁ――っ」

 カトリーヌが大袈裟に上半身を反らせ、ガタンと扉が大きな音を立てる。とっとと片をつけようと、ラファエルが女の耳元で囁いた。

「略号は? この〈b〉はなんだ?」 
「〈b〉は……ビゾンヌで……ああっ、もっとぉ……」
「〈g〉は?」
「……ゲレ……んんっ……ああん、あっ……?」

 どちらもボーモン領内の小さな荘園だ。これだけわかれば十分と、ラファエルはあっさりカトリーヌの身体を突き離し、汚いものでも見るような目で見下ろすと、冷たい声で命じた。

「なるほど、もう用は済んだ」
「なっ……ラファエル様?」

 快楽への階梯を突如外されたカトリーヌは、真っ赤な顔でラファエルを詰る。

「帳簿をお返しくださいませ! 約束が違います!」
「約束? 何のことだ?」
「わたくしを愛妾にしてくださると!」
「そんな約束していないぞ? いいからとっとと失せろ」
 
 ラファエルは乱暴にカトリーヌを部屋の外に放り出すと、「早く帰れよ」と言い捨てて、バタンと扉を閉める。

「ちょ……閣下ぁ? ひど……、ねぇ、入れて! 入れてよぉ!」
 
 なおもドンドンと扉を叩いていたが、駆け付けてきた衛士に連れていかれたらしい物音が聞こえ、やがて静かになった。

 ラファエルは上着から帳簿を取り出して足早に机に戻ると、王宮に提出した帳簿の写しと比べてみる。

「ビゾンヌと……ゲレ、だったか……」

 ラファエルは長い指で辿って、数字を見比べる。――ラファエルの口元が緩む。
 とりあえず、帳簿は本物であるらしい。ラファエルは即刻、その裏帳簿の写しに取り掛かり、できる限り早く、それを王太子マルスランのもとに送ろうと、仕事に没頭した。
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