【R18】女嫌いの医者と偽りのシークレット・ベビー

無憂

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1、遺言

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「俺はもう、ダメだ。イライアス。最期に、聞いてほしいことがある」

 友人でもあるデニス・カートの弱々しい声は、彼の死期が迫っているのだと、僕に教えた。僕が枕元に控える看護婦に目配せすると、彼女は心得て席を外す。二人きりになって、僕はデニスの包帯だらけの顔を覗きこんだ。

「わかった、聞こう。今、ここには僕だけだ」 
「懺悔しなきゃいけないことがある」
「……牧師を呼んだ方がいい?」
「いや、君に聞いてほしい。頼みがあるんだ」

 デニスの掠れた声に、実は内心、厄介な頼みごとなら困るなと考えていた。――デニスは数日前の戦闘で重傷を負った。戦況は日増しに悪くなる一方で、軍医の僕は最前線に立つことはないものの、無事に故郷に帰れる保証などない。

「……わかった。メモを取るからちょっと待って」

 僕は白衣の胸ポケットから質の悪いわら半紙と鉛筆を取り出す。 

「ローズマリー・オルコットを探してほしい」

 突然名を言われて、僕は慌てて書き留めた。

「ローズマリー・オルコット? 女性だね? 彼女に遺言が?」
「俺は、やしきのメイドだった彼女を妊娠させて、捨てた」

 いきなりの告白に、僕の手が止まる。

「……ライラとの、結婚の前?」

 デニスは僕の従妹、ライラの夫だ。ライラとの縁で僕たちは知り合い、意気投合した。デニスは快活ないい男で、女性関係の悪い噂は聞いたこともなかったのに。デニスは包帯で塞がれていない、片目を瞬きした。

「そう。……ライラとの婚約がほぼ決まりかけたころに、ローズマリーが妊娠して……俺は、親父に怒られるのが怖くて、知らない、俺の子じゃないって言ったんだ」
「……それは……」

 最低だな、と喉元まででかかったのをなんとか飲み込み、先を促す。

「それで、どうしたんだ?」
「……俺の両親は俺を信じて、ローズマリーが嘘をついていると詰って、クビにして邸から追い出した」
「……君は、身に覚えがあったのに、彼女を庇わなかったのか?」

 デニスの青い目がかすかに揺らぐ。

「……そうだ。ライラは、憧れの女性で……婚約できることに俺は浮かれていた。メイドを孕ませたなんて知れたら破談になってしまう。それで、つい――」

 僕は従妹のライラと、デニスが婚約したころのことを思い出す。デニスがまだ二十歳前くらいのころで、若気の至りと言われればそうなのだろうが――

「そのメイド……ローズマリー? 彼女はそれからどうした?」

 だが、デニスは無言で首を振る。

「わからない――」 
「まさかと思うが、君は、彼女の行方を捜すことさえ、しなかったのか?」

 どうしても口調が非難がましくなる。妊娠を知らなかったのならともかく、身に覚えがあるのに彼女を庇わず、追い出されるままにした。せめて金くらい渡したんだろうな?

「……その頃の俺は親父が怖かったし……彼女は実家に帰ったと思っていた。でも、実家からも姿を消して――」
「その状況であれば、まずは自殺が疑われると思うのだが――」

 僕が冷酷に告げれば、デニスが苦し気に息を吐く。

「……そうかも、しれない。でも、万一、彼女が生きているなら、償いたいんだ」

 今さら?

 口からでかかるのをぐっと飲みこみ、僕は言った。

「どうやって?」
「――僕の、資産の一部を、信託財産にして彼女に渡すようにしてある。彼女の行方が知れなくなって、自分の仕出かしたことが怖くなった。いつか、渡せるようにと思って、ライラには内緒で……」
 
 正直、その頼み事は無茶苦茶過ぎて、「はい、わかった」と言えるものではなかったが、僕は仕方なく、彼の告げる法律事務所の名前を書き留める。

 僕はライラの従兄で、彼女のことは実の妹のようにも思っている。
 戦場で、軍医としてもライラの夫の命を救うこともできず、さらにデニスの秘密を抱え込むのは気が重い。

「わかった。僕もいつ故郷に帰れるかはわからないが、できる限りのことはする」 
「……ありがとう。君が、ここにいてくれてよかった」

 デニスは包帯の巻かれた顔を少し動かし、僕を見つめる。

「あと――ライラには愛していると。僕はいろいろ間違いを犯したけれど、ライラとの結婚は間違っていなかった。だから――」

 それだけ言うと咳き込んで、痛みに顔を歪める。
 
「ああ、大丈夫だ。デニス、必ず伝えるよ」

 告白して安心したのか、デニスは眠りにつき、その夜遅くに息を引き取った。
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