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六竅
30、計画の始動
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「若い貴族の男だと?」
ソールはスールーの言葉に、表情を曇らせた。瞳には明らかな嫉妬の光が宿っている。
「はい。かなり身分の高そうな、だがまだ若くて少年と言ってもいい年頃のようですが、頻繁にあの家に出入りしているとか」
男はユイファが売り出した稀覯本を高値で買い取った縁で、ユイファの夫の蔵書を見せてもらっているのだとか。男が援助したのかユイファの家の経済状態は好転したようで、近所に住む女を通いの女中として新たに雇ったが、その女がおしゃべりで、ユイファと少年貴族のことを外でしゃべっているらしい。女中によれば、男はとにかく美少年で、三日とあげずにユイファの家を訪れ、二人で書庫に籠っては調べものをしたり、書籍の整理のようなこともしているらしい。天気が良い日は二人で庭を散歩したり、ユイファが薔薇の手入れをするのを手伝ったり、雨の日は書斎で〈陰陽〉と言うゲームの烏鷺を闘わせたりと、親しく過ごしているが、あくまで節度を保っていて、傍から見ると仲のよい姉弟のような微笑ましい関係だという。
「いったいどこの貴族の者なのだ?」
「調べていますが、身分をやつしていてなかなか……。立居振舞や着ている物から見ても、最上の部類なのは間違いありません」
スールーの言葉に、ソールは歯噛みした。どんな男か知らないが、生意気な若造が!
「援助していると言ったな?」
「その点はまだ確認できていませんが、ユイファの方からマンジに連絡があって、借財を一気に清算できそうだと。なんでも、男がユイファに対して、蔵書を自由に見せてくれるなら、借財を肩代わりしてもいいと申し出たとか」
「なんだと……?」
百年ほど前に版木を使った木版印刷が発明され、書物の価格は大幅に下がった。それでもまだまだ高価な物である。木版以前の手書き写本はさらに価値が高く、好事家はそれを秘蔵する傾向がある。木版印刷以前の写本を多数含む蔵書を自由に閲覧できるというのは、本好きならばかなりの代価を支払ってもいいほど魅力的なことだ。高価な稀覯本をポンと買えるほどの経済力のある男ならばなおさらだ。だから男の申し出自体はそれほど奇異と言うほどでもない。
だが借財を肩代わりされてしまえば、ソールのこれまでの苦労は水の泡ということだ。
もう少しで、彼女が手に入ったのに。
「貴族の小童に出し抜かれたということかっ! 依頼の女は全て手に入れるというのは、ガセだったのか! 今までの金を返せ!」
スールーはいけしゃあしゃあと言い返す。
「身体だけでよければ、今すぐにでも攫ってきますよ。心から結びついた妻として手に入れたいとあんたが言うから、面倒な手をかけたんでしょう? それでも、俺は言ったはずです。心のことは保証しないと」
「どこのどいつだか知らんが、若造に奪われて、平気でいられるものか! その貴族の若造も始末しろ!」
「それは俺の仕事の範囲外でしょう。その貴族のおぼっちゃんは彼女に何の権利もない、ただの〈ご友人〉だ。それを殺したところで、彼女は手に入らない」
両手を上にむけて肩を竦め、端正な眉尻を下げるスールーに、ソールの怒りはますます燃え盛る。
「じゃあ、ユイファを攫ってこい! ついでにその若造も攫って、痛い目見せてやれ! それならお前の仕事だろう!」
「まあ、そうですけどね。……官憲に捕まらないようにするのは、ちょっと難しいと思いますけど。相手が相手ですから」
「とにかく既成事実を作ってしまえば、何とでも言いくるめてやる!」
「結局そういう方針ですか。洗練されてないなぁ」
「うるさい! つべこべ言うな!」
スールーはにやりと微笑むと、手配をすると言ってソールの前を辞した。そして一人になってぽつりと呟く。
「はー、放蕩息子の計画通りじゃねぇか。お偉方の策略ってのは、ほんと、たちが悪いねえ」
スールーは放蕩息子たちの指示どおり、かねての手筈に従って、配下に決行の指示を与えた。
ソールはスールーの言葉に、表情を曇らせた。瞳には明らかな嫉妬の光が宿っている。
「はい。かなり身分の高そうな、だがまだ若くて少年と言ってもいい年頃のようですが、頻繁にあの家に出入りしているとか」
男はユイファが売り出した稀覯本を高値で買い取った縁で、ユイファの夫の蔵書を見せてもらっているのだとか。男が援助したのかユイファの家の経済状態は好転したようで、近所に住む女を通いの女中として新たに雇ったが、その女がおしゃべりで、ユイファと少年貴族のことを外でしゃべっているらしい。女中によれば、男はとにかく美少年で、三日とあげずにユイファの家を訪れ、二人で書庫に籠っては調べものをしたり、書籍の整理のようなこともしているらしい。天気が良い日は二人で庭を散歩したり、ユイファが薔薇の手入れをするのを手伝ったり、雨の日は書斎で〈陰陽〉と言うゲームの烏鷺を闘わせたりと、親しく過ごしているが、あくまで節度を保っていて、傍から見ると仲のよい姉弟のような微笑ましい関係だという。
「いったいどこの貴族の者なのだ?」
「調べていますが、身分をやつしていてなかなか……。立居振舞や着ている物から見ても、最上の部類なのは間違いありません」
スールーの言葉に、ソールは歯噛みした。どんな男か知らないが、生意気な若造が!
「援助していると言ったな?」
「その点はまだ確認できていませんが、ユイファの方からマンジに連絡があって、借財を一気に清算できそうだと。なんでも、男がユイファに対して、蔵書を自由に見せてくれるなら、借財を肩代わりしてもいいと申し出たとか」
「なんだと……?」
百年ほど前に版木を使った木版印刷が発明され、書物の価格は大幅に下がった。それでもまだまだ高価な物である。木版以前の手書き写本はさらに価値が高く、好事家はそれを秘蔵する傾向がある。木版印刷以前の写本を多数含む蔵書を自由に閲覧できるというのは、本好きならばかなりの代価を支払ってもいいほど魅力的なことだ。高価な稀覯本をポンと買えるほどの経済力のある男ならばなおさらだ。だから男の申し出自体はそれほど奇異と言うほどでもない。
だが借財を肩代わりされてしまえば、ソールのこれまでの苦労は水の泡ということだ。
もう少しで、彼女が手に入ったのに。
「貴族の小童に出し抜かれたということかっ! 依頼の女は全て手に入れるというのは、ガセだったのか! 今までの金を返せ!」
スールーはいけしゃあしゃあと言い返す。
「身体だけでよければ、今すぐにでも攫ってきますよ。心から結びついた妻として手に入れたいとあんたが言うから、面倒な手をかけたんでしょう? それでも、俺は言ったはずです。心のことは保証しないと」
「どこのどいつだか知らんが、若造に奪われて、平気でいられるものか! その貴族の若造も始末しろ!」
「それは俺の仕事の範囲外でしょう。その貴族のおぼっちゃんは彼女に何の権利もない、ただの〈ご友人〉だ。それを殺したところで、彼女は手に入らない」
両手を上にむけて肩を竦め、端正な眉尻を下げるスールーに、ソールの怒りはますます燃え盛る。
「じゃあ、ユイファを攫ってこい! ついでにその若造も攫って、痛い目見せてやれ! それならお前の仕事だろう!」
「まあ、そうですけどね。……官憲に捕まらないようにするのは、ちょっと難しいと思いますけど。相手が相手ですから」
「とにかく既成事実を作ってしまえば、何とでも言いくるめてやる!」
「結局そういう方針ですか。洗練されてないなぁ」
「うるさい! つべこべ言うな!」
スールーはにやりと微笑むと、手配をすると言ってソールの前を辞した。そして一人になってぽつりと呟く。
「はー、放蕩息子の計画通りじゃねぇか。お偉方の策略ってのは、ほんと、たちが悪いねえ」
スールーは放蕩息子たちの指示どおり、かねての手筈に従って、配下に決行の指示を与えた。
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