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3、開戦に向けて

暗黒三皇子

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 四月の末、禁軍の半数は騎馬で陸路によりダルバンダル経由でソリスティア近郊に到着し、半数は帝国南部プーランタ河沿いの南方辺境騎士団の軍艦二十隻に便乗して海路ソリスティアに入った。だが恭親王は遠征軍の基地をソリスティアではなく海港都市シルルッサに置き、港に近い領主の別荘を借りて、そこを廉郡王の常駐する大将軍府に当てた。――龍種である廉郡王、郡王とアデライードとの接触を防ぐためである。

「ユエリンがそんなにケツの穴のちいせぇ男だとは思わなかったぜ」

 シルルッサに到着した廉郡王は、出迎えた恭親王に文句を垂れる。友人が新妻を隠しているのを詰ったのである。

「どうとでも。決まりだからな。……絶対会わせない」
「減るもんじゃねぇし、ケチケチすんなよ」
「いや、減る。絶対見るな」

 まあまあ、と二人の間を郡王がとりなして、早速旧交を温めるために、詒郡王はユリウス自慢の発泡白葡萄酒の抜栓にかかる。すでに慣れたものだ。
 弾ける泡の感触を楽しんで、満足げに唇を拭ってから廉郡王が言った。

「まあいいさ。とりあえずカンダハルの港を落とせばいいんだろう。作戦? 俺でもわかるような奴にしてくれよ? 難しいこと言われても、わかんねぇからよ」

 一応周辺の大領主の一人として、挨拶に来てみたユリウスは、廉郡王の言葉遣いの悪さに仰天する。

(たしかに顔は殿下に似ていて、身長や体格は大男のゾーイくらいで、女癖の悪さがダヤン皇子レベル。そして、自他ともに認める脳筋。ある種最強にして、最凶)

 ユリウスはつくづくと、どこか似ているところがあるのに雰囲気の違う三人の皇子たちを見比べた。――これが暗黒三皇子。たしかに、この三人が権力と財力と無限の精力にあかせて遊び回ったら、帝都といえどもぺんぺん草も生えない荒地になりそうだ。

「例の、イフリート公爵? だかの話もさっぱりわかんねぇしよ。何だよ、〈混沌〉の再現ってよ。頭イカれてんなあ?」
 
 廉郡王が大げさに顔を歪めるのに対し、恭親王が釘を刺した。
 
「それは極秘事項だから、迂闊うかつに喋るなよ?」
「わーってるって。俺らが頭おかしいと思われそうだもんな。意味がわからねぇよ。……最近、帝都でもよ、身分で官職が決まるのは不公平だ、て騒いでる奴等がいるけど、同類かね?」
「十二貴嬪きひん家の優遇に不満を漏らしているのか?」

 廉郡王が目を細め、発泡葡萄酒の弾ける泡を愛でながら言った。

「そうそう、もっと実力重視で平民を登用しろとかさ。確かに十二貴嬪家や貴種にも無能なヤツはいるけどよ、どんなに優秀でも魔力のない平民じゃあ、魔物が討伐できねぇじゃねえかよ。五百年前の内乱の時に龍種が絶えかけて魔物が溢れかえり、平民がどんだけ頑張ったところで魔物には勝てねぇって骨身に沁みてるはずなのに、喉元過ぎればなんとやら、ってやつかねぇ」

 凛々しい眉の眉尻を下げるようにして、ことさらに呆れたように言う廉郡王に、詒郡王も返す。

「ここ百年くらいは天下泰平で、魔物も辺境でたまに出る程度だし、聖騎士の有難ありがたみなんて知らないでしょ。ま、俺たちも好き放題やってるように見えるんだろうけど、元元たみくさの皆さんも結構欲深だよね? 上を見たらきりがないってのに」
 
 その言葉に廉郡王も肩を竦める。

「そーそー。市場で『王侯相将、いずくんぞ種あらんや』って標語スローガンを叫んでるやつを見たことがあるぜ。俺と平民おまえらじゃ種族ちゃうわいって、突っ込みそうになったわ。そん時、微行おしのびだったから我慢したけどな」
「そんな奴等がいるのか。――実力主義を取ったところで、身分差はなくならないと思うがな」

 恭親王が驚きに目を丸くすると、廉郡王が言う。

「裏で煽動している奴がいるみたいだが、なかなか尻尾しっぽを掴ませないらしい。救い主が現れて、平民の世を作るとかいう、邪教が密かに広がっているとか噂もある。暗部の奴等に探らせてはいるが、ゼクトの倅のユキエルはまだまだ未熟で、今一つ暗部を使いこなせていねぇんだ」
「そういうことなら、西の戦争はとっとと片をつけたいところだな」
「ま、俺は知らない土地に来られて幸運ラッキーだけど、早く片付けるに越したことはないな」
 
 三人の皇子たちの話を聞きながら、ユリウスはこれから攻めるカンダハルが難攻不落の「海の神獣ケートス」であることを思い出し、少しばかり不安になる。しかし、恭親王は全く脅威を感じていないらしく、木製のひじ掛け椅子に長い脚を組み、発泡葡萄酒のグラスを優雅に傾けながら自信満々で宣言する。

「なに、カンダハルを落とすのにはたいした時間はかからんさ。無駄に陣を張っても糧食が勿体ない。……そうだな、ふた月かからずカンダハルは落ちるさ」
「ふた月? 冗談だろ、カンダハルはこれまで一度だって陥落していないんだよ?」

 さすがにユリウスが食ってかかるが、廉郡王も詒郡王も面白そうに笑うだけだ。

「よし、賭けようぜ。カンダハルが落ちるのに二月かかるかどうか。どうだ?」
「じゃあ、俺はユエリンの言う通り、ふた月で落ちる方に賭けよう。何を賭ける?」

 詒郡王がお替わりを皆に注ぎながら言うと、廉郡王が豪快に言った。

「じゃあ、俺は落ちない方に、秘蔵の二十年物の蒸留古酒スタルカを賭けよう」
「お、いいねえ! 俺も蜂蜜酒ミードの逸品を寝かせてあるから、それだな。ユエリンは?」
「うーん、まあ、それなら私は……」

 まるで骨牌カルタの賭けでもしているような、不謹慎極まりない三人の皇子たちの会話を、ユリウスは茫然と聞いていた。だが――。
 
「ユリウスは? 落ちない方に賭けるんだろ? 何を賭ける?」
「ええっ? 僕も?!」

 当然のようにユリウスも巻き込まれて、恭親王はジュルチ僧正にもらったとびきりの馬鈴薯酒アクアヴィットを、ユリウスはヴィンテージの葡萄酒を賭けさせられていた。
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