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4、カンダハルの海戦
細工は流々
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城壁の上では、長官の逃亡によって戦意を喪失した西の騎士たちが、次々と武器を捨てて東の騎士たちに恭順の意を示していた。
恭親王の背後でその様子を見ていたユリウスは、騎士たちのあまりの脆さに愕然とする。
「……ちょっと、あり得ないくらい弱いんだけど。カンダハルが難攻不落って何の冗談だよ!」
投石器はただの目くらましで、カンダハルの城壁は大した損害を受けていない。よく見れば、城壁の上にいる騎士が五百にも満たない――守備隊よりもはるかに少数であるとわかるはずなのに。
密かに城壁内に侵入する関係で、大勢では踏み込めなかったのだ。投石器と火炎壺で敵を攪乱したのも、こちらの数の不利を悟られぬためであった。
「城壁内の本部の方は、もう少し骨のある将が守っているようだ。あっちはグインとダヤンに任せているが、味方の騎士にも多少の損害が出るかもしれないな。が、どっちにしろ、二千年間も難攻不落の要塞なんて、要するに実戦経験のない新兵と同じさ」
長官のロレンス男爵と違い、副長官のサ―ジェル準男爵はなかなかの人格者だと、調査報告にはあった。それゆえに二人の関係はもともとよくはなかった。難攻不落、というカンダハルの城壁を過信し、内部の連携がいまいちで、そこを突かれればあっさりと陥落する。
「めちゃくちゃ高価な新品の鎧を着たユリウスと、普段着のゾーイ、どっちが強い?」
「そりゃ普段着のゾーイだろ」
ユリウスは何を当たり前な、とダークブロンドを揺らす。恭親王がそのとおりと微笑む。
「カンダハルの城壁がいかに立派でも、最後の戦争の経験が四百年前ではね。喧嘩ってのは場数を踏んで強くなるものさ」
なんとなく納得のいくような、いかないような気分でユリウスが周囲を見回して、親友に尋ねる。
「で、あの腰抜け長官は逃がしちゃっていいの?」
「この前の海戦もそうだが、ロレンス男爵が逃げ出してくれたおかげで、あっという間に兵の士気が下がったんだよ。あいつに変に根性を出されていたら、ちょっとやばかったかもな」
西の騎士たちは技量は劣るとはいえ、冷静に対処されればこちらの人数の少なさに気づかれただろう。西の騎士たちの身柄を確保し、武装を解除する。恭親王が暗い海を眺めていると、城壁の中の階段から、廉郡王の侍従武官リックが顔を出した。かなりの返り血を浴びて、相当の激戦であったようだ。
「制圧したっす! 副長官は生け捕りにしたっす。……無傷、とはいかなかったっすけど」
「ご苦労。副長官が頭だったらこんな簡単には落ちなかったな。グインやダヤンに怪我は?」
「全く問題ないっす」
リックが縦にも横にも大きな体を揺らしながら恭親王に近づき、片膝をつく。横からゾラが声をかける。
「殿下、テムジンとアートから、弓兵の準備はばっちしだって、報告がきたっすよ」
「そうか、方角はどちらかな……」
「あっちの方じゃないっすかね?」
ゾラと恭親王が真っ暗な海を指さしているのに、ユリウスが尋ねる。
「そんな暗いところに逃げられたら、わからなくならない?」
「大丈夫。……派手好きのダヤンが華々しい舞台を用意してくれているから」
そんな話をしていると、ゾラが恭親王に一人の、がっちりした体つきの中年の男を引き合わせた。
「殿下、 ヴィオラちゃんのおやっさんが、どうしてもお礼を言いたいってさ」
恭親王とユリウスが振り向くと、例の妓女の父親らしい男が白髪交じりの髪をガシガシと掻いた。
「いや、娘を身請けしてもらって、感謝の言葉もねえずら。全部ゾラ様の言う通りにしたども、あれでえがったっすか?」
その素朴な物言いに、恭親王はこれ以上ないほどの優しい笑みを浮かべ、その労をねぎらう。
「いや、いいんだ。……例の細工はやっておいてくれたか?」
「そりゃあもう! だども、俺は字の方は自信がないっぺよ。んだから、ゾラ様にもらった紙のとーり、に書いておいたども」
「それでいい。ご苦労だった。……娘と、幸せにな」
美貌の貴人に直に労われて、おやっさんは顔を赤くして、大きく幾度も頷いた。
恭親王の背後でその様子を見ていたユリウスは、騎士たちのあまりの脆さに愕然とする。
「……ちょっと、あり得ないくらい弱いんだけど。カンダハルが難攻不落って何の冗談だよ!」
投石器はただの目くらましで、カンダハルの城壁は大した損害を受けていない。よく見れば、城壁の上にいる騎士が五百にも満たない――守備隊よりもはるかに少数であるとわかるはずなのに。
密かに城壁内に侵入する関係で、大勢では踏み込めなかったのだ。投石器と火炎壺で敵を攪乱したのも、こちらの数の不利を悟られぬためであった。
「城壁内の本部の方は、もう少し骨のある将が守っているようだ。あっちはグインとダヤンに任せているが、味方の騎士にも多少の損害が出るかもしれないな。が、どっちにしろ、二千年間も難攻不落の要塞なんて、要するに実戦経験のない新兵と同じさ」
長官のロレンス男爵と違い、副長官のサ―ジェル準男爵はなかなかの人格者だと、調査報告にはあった。それゆえに二人の関係はもともとよくはなかった。難攻不落、というカンダハルの城壁を過信し、内部の連携がいまいちで、そこを突かれればあっさりと陥落する。
「めちゃくちゃ高価な新品の鎧を着たユリウスと、普段着のゾーイ、どっちが強い?」
「そりゃ普段着のゾーイだろ」
ユリウスは何を当たり前な、とダークブロンドを揺らす。恭親王がそのとおりと微笑む。
「カンダハルの城壁がいかに立派でも、最後の戦争の経験が四百年前ではね。喧嘩ってのは場数を踏んで強くなるものさ」
なんとなく納得のいくような、いかないような気分でユリウスが周囲を見回して、親友に尋ねる。
「で、あの腰抜け長官は逃がしちゃっていいの?」
「この前の海戦もそうだが、ロレンス男爵が逃げ出してくれたおかげで、あっという間に兵の士気が下がったんだよ。あいつに変に根性を出されていたら、ちょっとやばかったかもな」
西の騎士たちは技量は劣るとはいえ、冷静に対処されればこちらの人数の少なさに気づかれただろう。西の騎士たちの身柄を確保し、武装を解除する。恭親王が暗い海を眺めていると、城壁の中の階段から、廉郡王の侍従武官リックが顔を出した。かなりの返り血を浴びて、相当の激戦であったようだ。
「制圧したっす! 副長官は生け捕りにしたっす。……無傷、とはいかなかったっすけど」
「ご苦労。副長官が頭だったらこんな簡単には落ちなかったな。グインやダヤンに怪我は?」
「全く問題ないっす」
リックが縦にも横にも大きな体を揺らしながら恭親王に近づき、片膝をつく。横からゾラが声をかける。
「殿下、テムジンとアートから、弓兵の準備はばっちしだって、報告がきたっすよ」
「そうか、方角はどちらかな……」
「あっちの方じゃないっすかね?」
ゾラと恭親王が真っ暗な海を指さしているのに、ユリウスが尋ねる。
「そんな暗いところに逃げられたら、わからなくならない?」
「大丈夫。……派手好きのダヤンが華々しい舞台を用意してくれているから」
そんな話をしていると、ゾラが恭親王に一人の、がっちりした体つきの中年の男を引き合わせた。
「殿下、 ヴィオラちゃんのおやっさんが、どうしてもお礼を言いたいってさ」
恭親王とユリウスが振り向くと、例の妓女の父親らしい男が白髪交じりの髪をガシガシと掻いた。
「いや、娘を身請けしてもらって、感謝の言葉もねえずら。全部ゾラ様の言う通りにしたども、あれでえがったっすか?」
その素朴な物言いに、恭親王はこれ以上ないほどの優しい笑みを浮かべ、その労をねぎらう。
「いや、いいんだ。……例の細工はやっておいてくれたか?」
「そりゃあもう! だども、俺は字の方は自信がないっぺよ。んだから、ゾラ様にもらった紙のとーり、に書いておいたども」
「それでいい。ご苦労だった。……娘と、幸せにな」
美貌の貴人に直に労われて、おやっさんは顔を赤くして、大きく幾度も頷いた。
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