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6,夏至

拘束

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 帝都騎士団と民衆が反し、皇宮に乱入した。

 予想だにしない展開に、賢親王も高官たちも言葉を失う。その場に皇太子の高笑いが響く。
 
「あはははは! ようやくだ! 時間がかかると思っていたが、手間取りおって!」
「内と外で――最初から呼応していたと言うのか!」
「十二貴嬪家の独占に、不満を持つ下級貴族や平民は多い! 騎士団で不遇をかこっている騎士どもが、こぞって皇宮に雪崩こむであろう! あはははは! 奴等の言う救い主とは、要するにわしのことよ! あははははははは!」

 恭親王は目を見開く。さっき叛逆した騎士が口走った「救い主」――邪教と、皇太子が繋がっていたとは!

「なんてことを! その邪教は天と陰陽を否定し、〈混沌〉の闇を招来しようとするイフリート家の教えだ! それを、よりによって皇太子であったあなたが!」
 
 恭親王が非難すると、皇太子は不快そうに顔を歪め、言った。

「やかましいわ! お前に何がわかる! 目の前に帝位という餌をぶら下げられ、何十年もお預けを喰わされるこの気持ちが! いつもいつも、父上がわしの廃嫡の機会を狙って監視していたのを知っていた! エリンに奪われるならいざ知らず、三十も年下のお前に奪われるくらいなら、この身が〈混沌〉の闇に喰われるくらい、何でもないわ!」
「あなた一人が喰われるならば勝手にしたらいい! あなたのやろうとすることは、この世界を道連れに、〈混沌〉の闇を招き寄せることだ! 龍種の長として陰陽を調和すべき身であったあなたが、天と陰陽に叛逆するなんて!」
「うるさい! こいつを捕まえろ! この贋皇子だけは許してはおけぬ!」

 皇太子が恭親王を指差して叫ぶと、騎士たちの背後に立っていた黒衣の男が、腕を上げてその指先から赤い光を発した。弾丸のように飛んでくる光を、恭親王は咄嗟に聖剣で弾く。だがその衝撃で彼は体勢を崩し、肩に止まっていた鷹は空に飛び立って避けた。周囲の騎士たちが怯んだその間隙に、恭親王をぐるりと取り囲むように赤い光の魔法陣が出現し、陣の周縁から赤い焔が立ち昇って、檻のように恭親王を閉じこめていく。

「殿下――!」
「ユエリン――!」

 焔の檻に隔てられてうろたえる聖騎士たちに、皇太子の配下の皇宮近衛が飛びかかる。

「ふはははは! でかしたぞ、アタナシオス! そいつは人質だ!――さあ、この国の後継者はわしだ! わしに逆らう者こそ反逆者だ! 一人残らず引っ捕らえよ!――はははははははは!」
「親父、イフリート家の魔術師まで引き込んで、この国を亡ぼすつもりか?!」

 廉郡王がいきり立つが、皇太子はさも可笑しそうに笑った。

「何を言う、この国はわしの力で生き返るのだ! 古い因習を捨て、新しい世が来るのだ! わしの手によってな!」

 一気に乱戦に陥るが、魔法陣の檻に囚われた恭親王は何もできず、呼び出していた聖剣も消えてしまい、狼狽する。

(魔力が――?)

「その中ではあなたの魔力は使えませんよ? 魔方陣の内部は私の支配下にある」
 
 魔法陣の外から、アタナシオスと呼ばれた男が言った。
 
「本当に美しい〈王気〉ですね。こんなに美しく、強い〈王気〉は初めて見ました。――ああ、あなた自身も大変美しいですけれど」

 優雅に嘯くアタナシオスの言葉に含まれる媚びと欲を感じ取り、恭親王は思わずぞっとして吐き捨てる。

「――黙れ、このホモ野郎が。私は男に興味はない」
「そういうつれない態度もグッときますね。――人には慣れぬ野性の獣のようで、手懐てなずけるのが楽しみですよ」

 アタナシオスがくくくっと喉の奥だけで嗤う。皇宮近衛一人を斬り捨てたマフ公爵ジューイが、その勢いのままに一歩踏み込み、剣を振り上げてアタナシオスに撃ちかかった。

「魔性が! 成敗してくれる!」

 ゾーイの長兄だけある巨躯から繰り出される剣撃は、男を一刀両断すると思われた。しかし、黒衣の男は即座に防御の魔法陣を展開し、ジューイの剣は赤い火花をあげて弾き飛ばされる。

 バチーン!
 
 剣を取り落とし、痺れる右手を左手で押さえているマフ公爵に、アタナシオスが余裕をもって言う。

「あなた方では私には攻撃できませんよ。私の防御の魔力は相当に強いのでね」
「魔性めが――!」

 ついで走ってきたゾラが魔法陣に踏み込もうとするのを、恭親王が慌てて止める。

「やめろ! ゾラ!――お前たちでは無理だ! 下がっていろ!」
「でも殿下!」

 恭親王はいつかの、アデライードが暴走させた魔法陣のことを思い出す。あの常識はずれの巨大さには敵わないものの、アタナシオスと名乗る男が繰り出す魔法陣の大きさは、マニ僧都の展開した魔法陣よりも大きく、威力も強いようだ。魔力で身体強化をかけたところで、ゾラ程度の魔力では黒焦げになるか木っ端微塵にされるか、どちらかだ。

 これだけ強大な放出魔力を使える相手となると、どうしても東の騎士は分が悪い。
 ここは、引くしかあるまい。――引いて、果たして再起があるのかはわからないが、この場で全滅するよりは、ましだ。

 恭親王は首にかけた金鎖を引きちぎり、神器を腰に下げたエールライヒの餌袋に入れると、魔法陣の光の檻の隙間を狙い、小袋ごとトルフィンに向かって放り投げる。

「トルフィン! エールライヒを頼む!」

 魔法陣の檻の隙間から飛んできた小袋を咄嗟にキャッチして、しかしトルフィンが呆れて叫んだ。

「殿下! こんな時に鷹の心配してる場合ですか!」
「大事な鷹だ! 気を付けろよ! 男が迂闊に触ると機嫌を損ねるからな!」
「漫才をする余裕があるとは――」

 黒衣の男が何か呟くと、焔は赤い光の帯になり、恭親王を包み込んで縛り上げていく。

「うわ――っ!」
「殿下――!」
「兄上――投降を……犠牲が大きすぎる――今は・・

 ギリギリと締めあげられながら、恭親王が兄の賢親王に言う。ちょうどその時、皇宮内に乱入した叛徒が、乾坤宮にも到達して一斉に雪崩れこんできた。その数を見て賢親王が唇を噛む。

「くっ……さすがにこの人数では――」
「兄上、これ以上は犠牲が……」
「わかった、ユエリン――すまぬ」

 賢親王は持っていた剣を自ら投げ捨てて、皇太子に叫んだ。

「投降する! 我らは剣を投げ捨てる。無駄な殺生はやめてくれ!」
「賢親王殿下?」
「でもユエリンがっ! ユエリン! ユエリンを放して! ユエリン――!」

 賢親王の背後に庇われていた皇后が、拘束されていく息子を目にして半狂乱になって、賢親王がその腕を掴んで押しとどめる。

「皇后陛下、だめだ! 落ち着いてください!」
「いやー! ユエリン! あたくしの子が――! 返してっ!」

 その間にも意志を持つようにしなる赤い光の帯は、ギリギリと恭親王に巻きついていき、ついに恭親王は魔法陣の上に膝をついて倒れ込んだ。
 苦し気に呻く友人の姿に、廉郡王が駆け寄ろうとして魔法陣の上に足を踏み出し、バチンと大きな火花に弾かれて吹っ飛んだ。

「うわあっ!」
「グイン!――アタナシオス、グインを傷つけるでない!」
 
 溺愛する息子を傷つけられて、皇太子は黒いフードの男を睨んだ。黒衣の男は軽く肩を竦めると、言った。

「やれやれ……どの人間も自分の子だけがかわいいと見えますな。――この青年は私がお預かりしますよ。好みのタイプですしね」
 
 そう言うと、アタナシオスは恭親王に向けて掌を開き、赤い光を恭親王に向けて発する。それは真っ直ぐに飛んで、恭親王を直撃する。

「ユエリン――!」
「殿下――!」

 赤い光に包まれた恭親王は、縛り上げられたまま、魔法陣の上にがくりと崩れ落ちた。
 魔法陣の上で動かなくなった恭親王を目にして、ゾラは逆上してアタナシオスに掴みかかろうとしたが、その腕をトルフィンが素早く掴んで、引き留める。

「待ってゾラ、殿下はまだ生きてる!」

 わずかながら胸の辺りが動いていて、恭親王に呼吸のあるのを確かめて、ゾラの頭が即座に冷えた。ここで暴走したら、ゾラもトルフィンもあっけなく殺されて終わりだ。――それでは主を救出する者がいなくなる。

 ――今は・・

 今は引いて機会を待て。――それが主の命令だ。二人は素早く顔を見合わせ、頷きあう。
 その背後から、賢親王のよく通る声が響いた。

「我々は投降する。無駄な抵抗はしない。剣を捨てる」

 賢親王の指示の通りに、聖騎士たちは一人、また一人と剣を捨てて両手を上げ、抵抗の意志のないことを示していく。ゾラもまた、いやいやながら剣を投げ捨てた。

 その様子を目にして、皇太子が嬉しさを抑えきれない上ずった声で宣言した。 

「皇后、いや、元・皇后と呼ぶべきかな。その女も拘束しろ。国母の地位から引きずり下ろすまで、幽閉しておけ。エリンもだ!――太極殿を片づけて即位式をするぞ! わしが皇帝になったからには、新しい世が来るんだ!」

 おおーっと皇宮騎士団の騎士たちが雄たけびを上げ、乾坤宮の外部からも歓声が聞こえてくる。
 皇宮は、皇太子ロウリンの手に落ちた。
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