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6,夏至
真贋
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その日の夜までには太極殿はあらかた片づけられ、新帝の即位式が行われたという。
賢親王と皇后、そしてマフ公爵やゲセル公爵、ゾラの父フォーラ侯爵などの高官は、それぞれ厳重な監視つきで、どこかに幽閉されている。恭親王はあの後、アタナシオスと名乗った魔術師が抱きかかえて連れ去り、正傅のゲルも引きずられるように連れていかれてしまった。ゾラとトルフィンは若いのでただの聖騎士だと思われたのか、アートやテムジンら他の聖騎士たちと同じ、皇宮内の一角に、閉じこめられていた。
「あー、ケッタクソ悪い」
ゾラがべっと唾を吐き散らすをの、トルフィンが咎める。
「止めろってば。汚い。お前ひとりで使う部屋じゃないんだから」
その部屋にはだいたい二十人ぐらいの聖騎士がいた。ゾラ、トルフィン、アート、テムジンの四人は恭親王の侍従官であるから、その四人で固まって隅の方に陣取っている。
「さっき食事持って来たの、ゾラの友達? いったいなんで叛乱なんて起こしたのか、説明されたんだよね?」
叛逆したのは皇宮騎士団と帝都騎士団の一部の、下級貴族や平民出身の騎士たちだった。帝都騎士団時代のゾラの同期にも、叛乱に加わった者がいて、食事を運ぶついでにゾラを叛乱側に引き込もうと口説いていったのだ。
「話は聞いたけどよ、新しい世がどうのこうの、意味がわかんねぇの。ボクちゃん頭悪くってさー」
ゾラがことさら肩をすくめて見せる。
「なんかその……十二貴嬪家をのさばらせないとか、何とか言ってたけど」
「十二貴嬪家や貴種じゃねぇと出世できない今の世の中はおかしい、もっと実力で評価すべきだっていう、なんちゃら言う結社が騎士団内部で密かに結成されてたらしいぜ。んでその結社と、これまたなんちゃら言う教祖が起こしたホニャララ教がくっついて、どーたらこーたら言ってたけど、全く意味がわからねぇ」
「なんちゃらだの、どーたらだの、ますます意味がわからないよ。真面目に聞いてたの?」
「えーと、邪教の名前がハクション教で、結社が確か、クシャミ会?」
「ふざけないで、こんな重大局面で!」
堅い性格のトルフィンがゾラのやる気の無さを責めるのを、取り成すようにテムジンが口を挟む。
「邪教は白蓮教だろう。結社の方は帝都騎士団で結成されたものが皇宮騎士団にも広まったもので、雩泉会とか聞いたことがある」
「ああ、そーそー、そんなよーな名前だったわ、今思い出した」
「わっざとらしい……」
トルフィンがいい加減極まりない友人に顔を歪める。
「しかし、そう考えてみると、雩泉とか、泉神に関わりがありそうな名前だな」
「やっぱりイフリート家と関係が……」
年嵩のアートとテムジンは、ゾラとトルフィンのくだらない言い争いを無視してポソポソと話を続ける。
「実力主義の登用とか、貴種の特権への反発とかが、まさか高官皆殺しまでするとはな……」
「ふざけてやがる。あっさりイフリート家に騙されている皇太子が一番無能じゃねーかよ。真の実力主義だったら、あの大バカ野郎が帝位に即く方が間違ってら」
ぺっと、不快げに唾を飛ばしてゾラが嘯く。
「文官家の当主は皆殺しか?」
アートの問いに、トルフィンが顔を青くする。
「――もしかして、尚書令だったミハルのお父さんも?」
「太極殿では口にはしなかったが、クラウス家の紋章をつけた死体を、少なくとも三つは見た。ホストフル家も三人、ラバ家が二人。階で殺されてたラバ公爵は俺の母方のじーさんだ。今頃、帝都の十二貴嬪家の邸は大恐慌だと思うぜ」
十二貴嬪家は高級官僚のポストを独占しているけれど、それだけに幼少期から厳しく教育される。十二貴嬪家の本家であれば出世が約束されているわけでもなく、傍系でも優れた才識があれば推薦される。現にトルフィンの父の従弟も、傍系だが大司農の次官を務めていた。きっとあの人も――。
新しい世だか何だか知らないが、失政を行ったわけでもない高官たちを問答無用に斬殺する新政府は、ろくなもんじゃないとトルフィンも思う。
「何とか殿下を救けて脱出しないと――」
トルフィンがはあと溜息をつく。暗部がついているから、死ぬようなことはないと信じたい。
そんな二人に、アートが躊躇いがちに声を抑えて尋ねる。
「あのさ……さっき、乾坤宮で皇太子が言ってたさ、殿下が本物のユエリン皇子じゃないとか、太陽宮の沙弥だとか言うの、あんたたちは知ってたのか?」
トルフィンとゾラは顔を見合わせ、即座に首を振った。
「いや、俺たちも知らない。……たぶん、前の正傅のデュクトさんと、ゲルさんしか知らないんじゃないかな」
「本当だと思うか?」
テムジンに聞かれ、トルフィンは鼻の頭に皺を寄せる。あの一連のやり取りは、意味がよくわからなかった。――後から思えば、叛乱側は宮外から援軍が到着するまでの、時間稼ぎのために、あの話を持ち出したのだとわかる。殿下は全く動じていなかったから、たぶん、知っていたんだろう。賢親王殿下は必死に否定しようとしたし、皇后陛下は明らかに動揺していた。だから――。
トルフィンが返答に窮していると、ゾラが突き放すように言った。
「殿下は十二歳以前の記憶がないって言ってた。要するに余所から連れて来られて、右も左もわからねぇのを誤魔化すために、記憶がないってことにしたんだと思うぜ。言われてみりゃあ、後宮育ちの皇子が、カミキリムシの幼虫食ったり、蕎麦が好物だったり、あるわけねぇもんな。俺たちゃ、すっかり騙されてたってことよ!」
賢親王と皇后、そしてマフ公爵やゲセル公爵、ゾラの父フォーラ侯爵などの高官は、それぞれ厳重な監視つきで、どこかに幽閉されている。恭親王はあの後、アタナシオスと名乗った魔術師が抱きかかえて連れ去り、正傅のゲルも引きずられるように連れていかれてしまった。ゾラとトルフィンは若いのでただの聖騎士だと思われたのか、アートやテムジンら他の聖騎士たちと同じ、皇宮内の一角に、閉じこめられていた。
「あー、ケッタクソ悪い」
ゾラがべっと唾を吐き散らすをの、トルフィンが咎める。
「止めろってば。汚い。お前ひとりで使う部屋じゃないんだから」
その部屋にはだいたい二十人ぐらいの聖騎士がいた。ゾラ、トルフィン、アート、テムジンの四人は恭親王の侍従官であるから、その四人で固まって隅の方に陣取っている。
「さっき食事持って来たの、ゾラの友達? いったいなんで叛乱なんて起こしたのか、説明されたんだよね?」
叛逆したのは皇宮騎士団と帝都騎士団の一部の、下級貴族や平民出身の騎士たちだった。帝都騎士団時代のゾラの同期にも、叛乱に加わった者がいて、食事を運ぶついでにゾラを叛乱側に引き込もうと口説いていったのだ。
「話は聞いたけどよ、新しい世がどうのこうの、意味がわかんねぇの。ボクちゃん頭悪くってさー」
ゾラがことさら肩をすくめて見せる。
「なんかその……十二貴嬪家をのさばらせないとか、何とか言ってたけど」
「十二貴嬪家や貴種じゃねぇと出世できない今の世の中はおかしい、もっと実力で評価すべきだっていう、なんちゃら言う結社が騎士団内部で密かに結成されてたらしいぜ。んでその結社と、これまたなんちゃら言う教祖が起こしたホニャララ教がくっついて、どーたらこーたら言ってたけど、全く意味がわからねぇ」
「なんちゃらだの、どーたらだの、ますます意味がわからないよ。真面目に聞いてたの?」
「えーと、邪教の名前がハクション教で、結社が確か、クシャミ会?」
「ふざけないで、こんな重大局面で!」
堅い性格のトルフィンがゾラのやる気の無さを責めるのを、取り成すようにテムジンが口を挟む。
「邪教は白蓮教だろう。結社の方は帝都騎士団で結成されたものが皇宮騎士団にも広まったもので、雩泉会とか聞いたことがある」
「ああ、そーそー、そんなよーな名前だったわ、今思い出した」
「わっざとらしい……」
トルフィンがいい加減極まりない友人に顔を歪める。
「しかし、そう考えてみると、雩泉とか、泉神に関わりがありそうな名前だな」
「やっぱりイフリート家と関係が……」
年嵩のアートとテムジンは、ゾラとトルフィンのくだらない言い争いを無視してポソポソと話を続ける。
「実力主義の登用とか、貴種の特権への反発とかが、まさか高官皆殺しまでするとはな……」
「ふざけてやがる。あっさりイフリート家に騙されている皇太子が一番無能じゃねーかよ。真の実力主義だったら、あの大バカ野郎が帝位に即く方が間違ってら」
ぺっと、不快げに唾を飛ばしてゾラが嘯く。
「文官家の当主は皆殺しか?」
アートの問いに、トルフィンが顔を青くする。
「――もしかして、尚書令だったミハルのお父さんも?」
「太極殿では口にはしなかったが、クラウス家の紋章をつけた死体を、少なくとも三つは見た。ホストフル家も三人、ラバ家が二人。階で殺されてたラバ公爵は俺の母方のじーさんだ。今頃、帝都の十二貴嬪家の邸は大恐慌だと思うぜ」
十二貴嬪家は高級官僚のポストを独占しているけれど、それだけに幼少期から厳しく教育される。十二貴嬪家の本家であれば出世が約束されているわけでもなく、傍系でも優れた才識があれば推薦される。現にトルフィンの父の従弟も、傍系だが大司農の次官を務めていた。きっとあの人も――。
新しい世だか何だか知らないが、失政を行ったわけでもない高官たちを問答無用に斬殺する新政府は、ろくなもんじゃないとトルフィンも思う。
「何とか殿下を救けて脱出しないと――」
トルフィンがはあと溜息をつく。暗部がついているから、死ぬようなことはないと信じたい。
そんな二人に、アートが躊躇いがちに声を抑えて尋ねる。
「あのさ……さっき、乾坤宮で皇太子が言ってたさ、殿下が本物のユエリン皇子じゃないとか、太陽宮の沙弥だとか言うの、あんたたちは知ってたのか?」
トルフィンとゾラは顔を見合わせ、即座に首を振った。
「いや、俺たちも知らない。……たぶん、前の正傅のデュクトさんと、ゲルさんしか知らないんじゃないかな」
「本当だと思うか?」
テムジンに聞かれ、トルフィンは鼻の頭に皺を寄せる。あの一連のやり取りは、意味がよくわからなかった。――後から思えば、叛乱側は宮外から援軍が到着するまでの、時間稼ぎのために、あの話を持ち出したのだとわかる。殿下は全く動じていなかったから、たぶん、知っていたんだろう。賢親王殿下は必死に否定しようとしたし、皇后陛下は明らかに動揺していた。だから――。
トルフィンが返答に窮していると、ゾラが突き放すように言った。
「殿下は十二歳以前の記憶がないって言ってた。要するに余所から連れて来られて、右も左もわからねぇのを誤魔化すために、記憶がないってことにしたんだと思うぜ。言われてみりゃあ、後宮育ちの皇子が、カミキリムシの幼虫食ったり、蕎麦が好物だったり、あるわけねぇもんな。俺たちゃ、すっかり騙されてたってことよ!」
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