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8、不完全なるもの

つがいの真贋

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 恭親王は不快感と嫌悪感で身を固くする。

「つまり、イフリート家は歴代女王を薬漬けにして、無理矢理ヤッてきたということなのか」
 
 その言いざまに、アタナシオスは少しだけ首を傾げる。

「まあ、言い方にもよりますがね。でも別段、悪いものでもありません。どうせ、女王は真のつがいである金の龍種と出会うことはできない。この薬を飲んでセックスすれば、その相手こそ自身の番だと刷り込まれてしまう。つまり、イフリート家の夫を運命の相手だと思い込んで暮らすことができる。ある意味幸せだと思いますが。……違いますか?」
「勝手なことを……!」
「まあ、人の事はどうだっていいのです。あなたはこの薬を飲んで私とセックスするんです。すると、薬の作用であなたは私のことをこそ、つがいだと思い込んでアデライードのことは忘れてしまう。――そうすれば、めでたくアデライードの中にある番の魔法陣が割れる。私の任務は完了です。ついでに好みのタイプのあなたとセックスできて万々歳」
「やめろ、史上最強に気色悪い!」

 だが、恭親王はあることに気づいて首を傾げる。

「必ず使うと言ったな。……ギュスターブは、それをユウラ女王には使わなかったのか?」
 
 その問いかけに、アタナシオスはまたまた紫紺の瞳を面白そうに見開き、微笑ませる。

「ユウラ女王にも、もちろん使いましたよ? ギュスターブに、この薬を用意するように命じられましたからね」
「ではなぜ……」

 ユウラ女王はギュスターブをつがいとは認識していなかった。だから、指輪をアデライードに託し、聖地へと持ち去らせた。あの公聴会の時、指輪は確かにギュスターブを弾いた。それとも、指輪の効力は女王が生きている間だけなのか。

 恭親王の問いに、アタナシオスは余裕を持った笑みを浮かべる。
 
「ああ、さっきも言いましたが、この薬は頑固なタイプには快楽と同時に苦痛をもたらすのですよ。あの女王は大変頑固な人で、死んだ夫に操を立て、ギュスターブを断固として拒絶した。それで結局、死期を早めたのですがね」
「苦痛?」

 恭親王は黒い瞳を見開き、アタナシオスを凝視する。

「この媚薬は、これから交わる相手を番と認識できれば、天上の快楽を得られる。その代わり――相手を番だと認識できない場合は、快楽と同時に、耐え難い苦痛も味わうのですよ。そう、脳から蕩けるような快楽と、骨から砕けるような苦痛とを、同時に」

 アタナシオスは長い指で小瓶を摘まみ、可笑しそうに笑った。

「ふふふ……たいていの人間は快楽に弱く、苦痛にはさらに弱い。初めは拒んだ者も、快楽と苦痛を同時に与えられて、優しく囁きかければ快楽に堕ちる。そうして心の奥にある番の場所を、容易く明け渡すのです。ですがごく稀に、どれほどの苦痛を与えられようが、相手に堕ちない者がいる。それは地獄のくるしみでしょうねぇ。……嫌いな相手に犯されて耐え難い快楽と、さらに耐え難い苦痛を与えられ続ける。たいていは、快楽に堕ちるか、あるいはあまりの苦痛に心を壊します」
「ユウラ……女王も?」」

 恭親王が驚愕の眼差しでアタナシオスを見る。アタナシオスはいかにも愛おしそうに恭親王の頬を撫でると、言った。

「ギュスターブが下手を打ったのです。夫を殺されて憎まれているのに、快楽を与え続ければいつかは堕ちてくると信じて疑わなかった。幼馴染の気安さを誤解していたのでしょうね――あなたは、そこまで頑なではないでしょう? 知っていますよ。あなたには以前に愛した女がいた。――秀女の、レイナ、でしたか。正室を拒み続けてまで、愛した女。あなたにとってアデライードは〈禁苑〉に与えられたつがいに過ぎない。そうでしょう?」

 アタナシオスの言葉に、恭親王は黒い目を瞬く。

「レイナ……? レイナのことを何故……」
「サウラの邸に潜入した女たちを、世話したのは私ですよ。情報だってみんな入ってくる。あなたが相当の遊び人だったことも、もちろん知っていますよ。さまざまの女を愛してきたあなたが、龍種の本能だからと言って、見かけが美しいだけの、力のない女に骨抜きにされている。この薬はね、龍種の本能などより強い。〈禁苑〉に押し付けられたつがいに、拘る必要はありません」
 
 くすくすと喉の奥で嗤うアタナシオスが不気味で、恭親王はますます身を固くする。自分の過去を調べられているのが不快で、アタナシオスから距離を取ろうと、寝台の上をいざりさろうとするが、それをさせまいとするアタナシオスががっしりと大きな手で彼の腕を掴んだ。

「離せ……やめ……」
「私はあなたを本能の呪縛から解放してあげようと言うのです。無力な女王に取り込まれ、その力を制御するために束縛されて、利用される。そんな人生はあなたには似合わない。あなたのこの美しい〈王気〉はもっと自由でしょう。この薬を飲んで私とセックスすれば、解放されるのです」
「勝手なことを言うな! お前をつがいだと勘違して生きるくらいなら、本能だろうが何だろうが、アデライードに利用され尽くした方が何倍もマシだ!」
「この薬の効力自体はそれほど長くはないのですよ。番の刷り込みを完成させるためには、繰り返し摂取しなければならない。でも、私の目的はあなたの心が王女から離れればそれでいい。番の魔法陣を破壊しさえすればいいのですから」
「いやだ、やめろ……!」
 
 アタナシオスが媚薬を口に含み、恭親王の顔に唇が迫ってくる。必死に避けようと顔を背けるが、大きな手で顎を捕まれ、強引に向きを変えられる。アタナシオスの力は信じられないくらい強く、魔力を制限されている彼では全く太刀打ちできなかった。抵抗も虚しく唇が塞がれ、熱い舌が唇を割って侵入し、同時に甘い匂いのするどろりとした液体が咥内に流れ込んできた。大きな両手で頬を包み込まれ、身動きも完全に封じられる。

 飲み込むまいと懸命に息を止めていたが、呼吸を求める生物の本能に負けて、彼はその薬を嚥下してしまった。
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